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襲撃(香奈)

昼休み。


あたしと佑樹はいつものように一緒にお弁当を食べながら筆記試験の問題集に取り組んでいた。今日は佑樹があたしの席までやってきて、近くの人の椅子を借りてあたしの向かいに座っている。


もう朝のわだかまりはすっかり解消してるけど、ほんとになんやったんやろ、あれ?

 

もうひとつ気になるのは佑樹の左の頬。まるで平手打ちでもされたみたい……というかどう見ても手形に赤く腫れ上がっている。


訊きたいんだけど、めっちゃ訊きづらい。いったいなにがあったんそれ?

 

あまりに気になるもんでついつい目が行ってしまう。


「なぁ、さっきからちらちら見とるけど、俺の顔になにかついとんの?」

 

怪訝な顔をしながら頬に手をやる佑樹。


「あ、いやその、そのほっぺたどうしたんかなぁって」


「ほっぺた? ……ああこれな。ん、まあ、ちょっとな」

 

言われるまで忘れていたようで、思い出し苦笑いではぐらかす。


「なにがあったん?」


「いや、まあ気にすんな。気になるやろけど気にすんな」


「いや気になるし。てか単刀直入に聞くけど誰にやられたん?」


「うーん。人には誰しも触れられたくない過去の黒歴史っちゅうもんがあんねん。……ちなみに今朝、タイショーにも訊かれたけどな。俺が香奈ちゃんを怒らせて張っ倒されたんやろって」


「ひどいっ! なんであたしが犯人扱いされとるわけ!? ……てゆーか、その前にタイショーって誰?」

 

話をすりかえられたのには気付いたけど、これは聞き流せない。


「ああ、香奈ちゃんは知らんのや。タイショーは乃木のあだ名。明治時代に乃木って陸軍大将がおったからその人にあやかって」


「……誰がつけたん? そのマニアックすぎるあだ名」


「日露戦争あたりで乃木大将が出てきたあたりで自然にそうなったな」


「ふーん。でっ、なんであたしが佑樹君をぶったことになっとんのかな?」

 

佑樹はちょっと困ったように笑い、言いにくそうに歯切れ悪く言った。


「……んー、それがやな、どうもクラスの連中の目には俺と香奈ちゃんが付き合っとるように映っとるらしいんだわ。だから、その、痴話喧嘩ってやつ?」


――ドキンッ

 

心臓が一回飛ばして打った。


つ、付き合うとな!? 付き合うとはつまりあれやよね。男女交際なわけやよね? あたしと佑樹君が。


一瞬で顔が茹で上がるのが分かる。


いやいや、佑樹君は友達やしっ。そもそも今のやって、佑樹君から付き合ってくれって言われたわけやなくて、クラスメイトがそう勘違いしとるらしいって話で。


でも、周りの目から見たら付き合っとるように見えるんかな。それならあたしは別にその……。

 

うわぁ! なんか意識しちゃったやん。どうしよ。


「ゆ、佑樹君は、それ聞いてどう思ったん?」

 

あぅ……。声が露骨に上擦ってる。


「そりゃ一瞬驚いたけどな、言われてみればそう勘違いされても仕方ないかなーって。だって、それまで教室内ではほとんど会話しなかった俺らが急に一緒に弁当食べるようになったわけやし、みんなは俺らの事情なんか知らんしな」


「そう、かもね。……佑樹君は、そんな風に勘違いされてること、どうなん? 嫌やった?」

 

あたしってば、いったい何を訊いとるんやろ?

 

佑樹は鼻の頭をぽりぽり掻きながら微妙に目を逸らして答える。


「嫌とかどうとかやなくてな。まあ、勘違いしとる奴には勝手に勘違いさせときゃええかなって感じかな? むきになって否定するんも逆効果っぽいし、俺と香奈ちゃんが友達なんは俺らが分かっとればええことやし」


「…………」

 

むぅ~? なんか質問への答えと違うような。お茶を濁されたというか、はぐらかされたというか。


いや、その前に、あたしはいったいどんな返事を期待しとったんやろ?


「そんな周りの噂より、今は筆記試験に備える方が大事。もう試験は明日なんやで」


「そ、そうやね」

 

なんか変な方向に進みつつある会話を強引に軌道修正して、先に食べ終わった佑樹が問題集をめくる。あたしも慌ててご飯の残りをかっ込んだ。


「よし。これなんかどや。『右腕を車体の右側の外に出して水平に伸ばしたときは、右折の合図だけの意味である』○か×か?」

 

もぐもぐ……。右手を水平に伸ばすのは右に曲がる合図だから。ゴックン。


「○」


「ハズレ。答えは×」


「ええっ!? なんでなん?」


「こいつは引っ掛け問題や。右折だけじゃなくて、U-ターン転回と右車線への進路変更も含む」


「あう……」

 

やられた。まったくもってその通り。まんまと引っ掛けられた。ってか交通法規の問題集って引っ掛け問題多すぎやし。


「じゃ、次な。『霧のときでも、クラクションを使うと騒音になるので使わないようにする』これは?」

 

今度はじっくり考える。


「これは、×」


「正解。理由は?」


「その、危なそうやったら使ってもええんちゃうかな? と」


「大正解! 『危険防止のため、必要に応じてクラクションを使うべき』やるやん。絶対引っ掛かると思ったんやけどな」


「へっへー。ワンアウトでバッターが一塁に進みました」


「おおうっ。そんなら、俺の必殺ムービングボールを受けてみろっ。『原動機付自転車は、前方の信号が赤であっても同時に右向きの黄色の矢印が表示された時は、矢印の方向に進むことができる』どや?」

 

あは。こういうノリの良いところ好き。


えっと、右折信号が出とるんやから……。


「○」


「スットライク! バッターアウッ! これでツーアウト一塁。もう後がないぞー」

 

してやったりと言いたげな速水君のしたり顔。


「えええええっ!? なんでなん? 右折信号出とるんやろ?」


「黄色の矢印って所が落とし穴やな。黄色の矢印は路面電車専用。原付も車も進めない」


「ろ、路面電車なんてあたしらの地元にはないやんっ! 見たこともないしっ!」


「それな! やっぱこの問題ムカつくよな。俺も前にこれで引っ掛けられた時に同じ反応したわ」


「……そうなんや」


佑樹君もあたしと同じ所で間違えたんかぁ。へへ、ならいいや。


「よし、じゃあ次……」

 

佑樹が次の問題を出そうとした時、教室の入り口の方から乃木君、いやもうタイショーでいいや。の当惑気味な名古屋弁が聞こえてきた。


「え? 祐樹って速水のこときゃ? あ、うん。おるけど……」

 

ん? と佑樹が首を巡らせて教室の入り口に目を向ける。当然あたしも。タイショーと話しているのはジャージ姿のすごい美少女だった。


あのジャージの色からして二年の先輩みたいやけど、誰なんやろ?

 

彼女は教室内をきょろきょろ見回して、あたしたちの方を見てにっこりと魅力的な笑顔を浮かべ、そのまま、あたしたちの方にとことこと歩いてきた。


「やあ祐樹。来ちゃったよ! 今朝はありがとねー」


「ああ響子さんか。今朝は災難やったな。あれから大丈夫やったん?」


「ほんとに参ったよー。ブラやショーツまで濡れちゃったからねー。着替えがあったからよかったものの、この通りジャージ姿さ」


「……あんましそうゆう単語は人前でぽんぽん口にせん方がええな。反応に困るわ」


「そういう単語って?」


「そのニヤニヤ顔はわざと訊いとるやろ。そういうのをセクハラって言うんやで?」


「うーん、祐樹は手強いなぁ。顔を赤らめるとかそういう可愛い反応を期待してたんだけど」


「やっぱり故意犯か。この野郎」


「あ、あたし一応女だから野郎じゃないよ。そこんとこヨロシク。ちなみに女性を罵倒する際の人称代名詞としては『あばずれ』、『ビッチ』、『メス豚』、『クソアマ』なんかがあるから、状況に応じて使い分けてくれたまえ」


「そっちの方が意味的に酷いやろ。もうええわ。そもそもそんなスラング使わんし」


「ふふふ。祐樹はなかなか紳士だね」

 

……なんなんこの人? 佑樹と普通に名前で呼び合ってるし。しかもなんか際どい会話をしてるし。




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