嫉妬(香奈)
その日、あたしはバイク小屋で佑樹が登校してくるのを待っていた。
あたしが登校ついでにバイク小屋を覗くと、佑樹の[しるばー]がまだ停まっていなかったから、彼が来るのを待って一緒に行こうと思っていたんだけど……。
遅いなー。今日はどしたんやろ?
ケータイの時計を見ると、もう朝のホームルームまで10分を切っている。普段の日でも、佑樹は20分前には登校している。雨の日はいつもより早く出るから、30分前には着いているのが普通なのに。
――ざあぁぁぁぁぁぁ…………
再び強くなってきた雨がバイク小屋のトタン屋根に降りそそぎ、騒々しい雨音を立てる。
まさかと思うけど、雨でスリップして事故っとるとかっちゃうよなぁ?
佑樹が事故に遭った場面を想像して、心臓がわしづかみにされるような恐怖を感じて慌てて首を振ってそんな考えを頭から追い出そうとするが、一度考えてしまうとどうしても悪い方に悪い方に考えが向かってしまう。
佑樹君が死んじゃったらどうしよう。
佑樹は、今のあたしにとってたった一人の友達だ。彼がいなくなったら、あたしはまた独りになってしまう。
走れなくなった時、友達だと思っていた子たちはみんなあたしから離れていった。高校に入学して、佑樹と仲良くなるまであたしは独りだった。ずっと平気な振りを続けてきて、そのうち自分は独りでもかまへん、友達なんかいらんって思うようになっていたけど、そうじゃなかった。寂しいことを認めたくなかっただけだった。
佑樹と一緒にいるのは楽しい。もう、独りが平気な振りなんてできない。
あたしはケータイを取りだして佑樹にコールした。呼び出し音が虚しく鳴り続け、やがて機械的なメッセージが再生される。
『……この電話を、留守番電話センターに転送します。30秒以内でメッセージをどうぞ』
あたしは、不安な思いを抱きながら、それでも一応メッセージを吹き込む。
「……ゆ、佑樹君。あたし、香奈やけど。……その、なかなか来おへんから心配なんやけど、事故……とかっちゃうよね? 1限目までに来んかったら沙羅さんに電話するよ?」
通話を切ってからも、あたしはしばらくケータイの光る画面を見つめ続けていた。
本鈴五分前の予鈴が鳴ってはっと我に返る。心配だけど、今のあたしがここにいてできることはない。あたしは、後ろ髪を引かれる思いでバイク小屋をあとにした。
朝のホームルームが始まり、窓際の自分の席からちらちらと外を窺っていると、バイク小屋の方から佑樹がリュックを雨避けがわりに頭の上に乗せて走ってくるのが見えた。その姿を確認してほっと胸を撫で下ろす。
その佑樹と一緒に、ショルダーバッグを頭上に掲げた女子が走ってくる。
誰やろ? 佑樹君の知り合いかな?
疑問符が浮かんだ瞬間、その女子が水溜りに足を取られて派手に転んだ。
うっわぁ……。
思わず目をつぶってしまった。思いっきり水溜まりにダイブしちゃってる。あれじゃ下着までびちょびちょやろなぁ、と同じ女子として同情する。
佑樹がすぐに立ち止まり、投げ出されたショルダーバックを拾い上げて彼女に駆け寄る。彼女に手を差し伸べて立ち上がらせ、左肩に二人分の鞄を担ぎ、右肩を彼女に貸して支えながらゆっくりと校舎に歩いてくる。
「…………」
むー、なんやろ? なんか胸の中がもやっとした。
客観的に見ても佑樹は当然のことをしただけだ。なのに、なんでこんなに嫌な気持ちになるんやろ?
二人の姿はもう校舎の陰に入って見えない。
佑樹はそれからしばらくして、ホームルームが終わる直前に教室に入ってきた。
「すいません。連れが転んで怪我したもんで保健室に付き添っとって遅ぉなりました」
びしょ濡れの佑樹の姿を見て、担任は一瞬言葉を失い、小さくうなずいた。
「……ん、分かった。席につけ」
「はい」
自分の席に向かう途中の佑樹と一瞬目が合う。佑樹はちょっと困ったように肩を竦めて笑ってみせたが、あたしは何故だかその笑顔にむっとしてしまって、ついっと目を逸らしてしまった。
次の瞬間、はっと我に返って佑樹に向き直ったら、彼はもうあたしから視線を外して自分の席に向かっていた。
あたしはその時、猛烈に後悔した。
なに今の? あたし今、なんでこんなことしとんの? 絶対感じ悪いって思われたし。
なんでなん? 佑樹君が転んだ女の子を助けて保健室まで付き添ったのは当たり前のことやし、もしその場にあたしがおっても佑樹君と同じことをしたはずやのに、なんでこんなに苛々しとるん?
佑樹君は大切な友達やのに。ずっと親切にしてくれて、あたしのために色々面倒なことを引き受けてくれて、それでも嫌な顔一つせずに付き合ってくれている彼に、あたしはなんで理由もなくあんな態度を取っとんの?
……あたし、厭な子や。
香奈は部活バカだったので初恋まだです。




