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プロローグ

小さい頃から走ることが大好きだった。


息を止めて一気に一〇〇㍍を駆け抜ける時の風を切り裂く感覚が大好きだった。

 

一番でゴールに飛び込んでテープを切った瞬間の快感。


応援してくれていた友達や先生や家族の喜ぶ顔、誇らしげな顔が見たくて、誰よりも早くゴールを駆け抜けるためにたくさん練習した。

 

その甲斐あって、あたしは中学二年で県の代表選手として陸上の全国大会に出場して、中学生女子の日本記録更新という結果を残すことが出来た。

 

県内外の陸上の強豪高校からひっきりなしにスカウトの声が掛かり、あたしは中学三年の夏前には早々とスポーツ特待生として県内の強豪校への切符を手にしていた。

 

走ることが呼吸することと同じくらい当たり前だったあたしにとって、陸上は自分の全てで、それのない生活など考えられなかった。





中学三年の夏の大会。


あたしは、自分にとって中学最後の公式戦となるこの大会で有終の美を飾るためにこれまでになく燃えていた。

 

体調のリズムもこの日に合わせてピークコントロール済みで、今日は自己新、すなわち新日本記録が出せそうな、そんな予感がしていた。


練習の時の未公認記録でならすでに何度か自己新を出せている。

 

期待に高鳴る胸を抑え、自分の順番が来るのを待つ。


応援席に目をやれば、部活の後輩たちが、【香奈先輩、目指せ新日本記録!】とでかでかと書かれた横断幕を広げて黄色い声で応援してくれているのが見えた。

 

去年、日本新記録で優勝したこの大会で、不様な走りを見せるわけにはいかない。

 

やばい。あたしちょっと緊張してるっぽい?

 

その場で何回か屈伸を繰り返し、大きく深呼吸をして気を落ち着かせる。


いよいよあたしの走る番がやってきた。

 

スターティングブロックを調整して、クラウチングスタートの体勢を取る。


余計なことは考えずに、ただまっすぐに100メートル先のゴールだけを見据え、息を整える。

 

ピストルの握る係員の手が上がり、あたしは腰を上げ、息を止めた。


――パァンッ!

 

ピストルの合図と同時にスタブロを蹴って走り出す。

 

10メートルぐらいでトップスピードに達したあたしの隣のコースで、あたしに二、三歩先行しているのは、幾度となくあたしと優勝争いをしてきた自他共に認めるあたしのライバルだ。


この中学最後の公式戦であたしに勝つために必死で頑張ってきたことは、その背中越しにビリビリと伝わってくる気迫から明らかだ。

 

でもいける! 

 

じわじわと追い上げ、50メートルぐらいでついに隣に並ぶ。


そこでさらに踏み込んで一気に抜き去ろうとした瞬間、右の足首でなにかがブチッと厭な音を立てて切れた。


何が起きたのか理解する前に、踏み込んだ足から力が抜け、バランスを崩して転倒し、受身も取れぬままそのままゴロゴロと転がる。

 

あたしの横をライバルたちが次々に駆け抜けていく。


あたしが両手をついて半身を起こした時、二位になるはずだったあの娘がゴールテープを切ったのが目に入った。

 

右の足首がジンジンと痛み、自力で立ち上がることもできない。

 

応援してくれていた人たちの浮かべる落胆の表情、担架を持って駆け寄ってくる係員、競技場の喧騒、それらすべてが涙で霞み、輪郭が崩れる。


 



この日、あたしの陸上生活はあっけなく終わった。

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