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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

青に誓って

作者: 日室千種

 大陸で最も広大な平原に、雪が散らつき始めた。

 背後に横たわる大森林は、戦火に焼かれ、瘴気に病み、見渡す限りの骨の森となって灰色にと沈黙している。

 かつて、川は澄み、実りが溢れ、命という命が生を謳歌していた聖なる森で、避暑に来て母と散策をしたのはいつだったか。

 若くして女王となった、ならざるを得なかったモンタナーシュは、雪の子が宿り始めた睫をそっと拭き取り、身体をマントで覆い直した。形式的な物とはいえ、銀の鎧を付けていると、冷えた金属が一層身の熱を奪う。

 私の兵たちは、どれほど疲弊していることか。

 だが、もはや周囲にある物は、戦の火、のみ。

 身体を温める火も、甲斐甲斐しく身の回りの世話をしてくれる侍女たちも、遥か背後の骨の森の中だ。

 ここは最後の前線。我が身を癒すものは、ここには連れて来られなかった。だが、ここが崩れれば、その愛しきものすべてが、根こそぎ失われる道しかない。

 モンタナーシュは、白い息を吐きつつ、ぐるりと自軍を見回した。雪は細かく儚いが、さらさらととめどなく降っている。だれもかれもが仄白く、鈍く光る穂先を天に突きつけ、整然と、だが熱い血の滾りを身の内に燃やして、立っている。

 冷え切っていた身体の、腹の底が、じんわりと暖かい心持ちになった。同時に、心地よく身が締まる。

 これが、我が兵たち。モンタナーシュが、母から受け継いだ、愛し誇るべき精鋭たちだ。

 彼らを見つめていた温かな大地の色の目が、すぐ背後で旗騎士が掲げ持つ、自国の旗を見上げた。


 母なる大河、モンタナウ川の水の色にちなんだ青に、銀の条が三筋入り、その深く豊かな色を際立たせている。

 大陸随一の長い歴史と、由緒正しい神聖王国の名を冠する、愛すべき我が国。

 物心ついてから、母へ愛を請うのと同じに、愛を請い、また愛し、その道行きを少しでも明るく照らす光たらんと、血を吐く思いで努力をしてきた国の、その象徴だ。

 これを、汚すようなことがあってはならない。

 国のすべての命運が、若き女王の細い双肩にかかっている。


 目に焼き付けるように見つめ。

 心を決めた女王は、視線を転じた。

 はるか平原の向こう、同じく白い雪に降り籠められながらも、おどろおどろしく黒い一軍が布陣している。

 折しも雪はその勢いを増し、頭上に雲の切れ間はなく、地上の虫けらのような人間たちを圧迫する暗雲が、平原を薄闇へと沈めて行った。

 女王は、右手を振り上げた。日の光はなく、輝きも失せた銀の手甲に、兵たちの焼けそうに熱く真剣な視線が集まってくる。

 すべての兵たちの命運を、モンタナーシュは、胸の内で、祈った。


「開戦する! 全軍前進!」


 女王の宣言に呼応して、世界中に響き渡るほどの、雄叫びが上がった。











 地響きを上げて進んでくる薄白い人間たちに、甲高い口笛を吹いたのは、身の前半分の肉がない男だった。口には歯しかないのに、器用なものだと思う。

 周りでは、身の程知らずにも向かってくる敵に、発狂しそうな喜びを感じているらしい。古い協定で、これまではこちらからは手出しができなかったのだ。興奮のあまり、多くの兵たちはよだれを垂らし、あげく隣の兵に襲いかかるものまでいた。

 そういう衝動とは縁のないネイラは、そっとその喧噪をやり過ごすべく、限界まで気配を殺した。だが、周囲は兵たちでひしめいている。時々飛び火してくる拳や肘は、仕方なく、剣の柄でいなしておいた。

 だが、同じく気配を殺した大柄な身体がいつの間にか隣に来ても、いつものようにその場を立ち去るわけにもいかず。ネイラはぐっと眉間に皺を寄せ、ひたすら、近づいてくる敵の足並みを眺めていた。


「いいのか? 同族の敵に回って」

「くどい」


 ネイラは、人間だ。

 だが、夫は上級オーガだった。身の丈は見上げるほどで、鎧のように固く見事な体格と、険しい岩のような顔立ちながら、優しい男だった。そして、強かった。傭兵としてオーガ討伐に来たネイラたちを殲滅させ、だが、戦闘中に迷い込んだオーガの子供をかばったネイラだけは殺さずに、連れ帰って妻としたのだ。

 オーガの一族は、強さを尊崇する。夫は、一族の若い長だった。夫を愛したネイラは、傭兵時代にその身に叩き込んだ剣技をもって、一族内での地位を確立した。

 だが、子供には恵まれないまま、夫は、まさにこの平原に赴いて、帰らぬ身となった。切り裂かれた身体からは、なにものが夫を弑したのか、何もわからなかった。だが死に際に固く掴んだために、死後もなかなか手を離さなかった、一振りの剣。それを、誰にも渡したくない。その想いで、ネイラは対立する候補者を叩きのめし、夫の年若い甥を一族の長として押し上げた。

 その甥が、数年経って、いっぱしの口を利くようになり、集落にとどまれというネイラの言うことも聞かず、こうしてなぜか隣にいるのだが。


「何故、長のお前まで来る。部族間会議では、50人規模の集落からは一人の参戦でいいことになっていただろう。戦端が開いたら、抜け出して帰って、集落を守れ」

「ネイラもいい加減、覚えろよ。成人したオーガにとって、大事なのは集落よりも妻や夫だ。俺はお前を妻に選んだ。だから、俺がここにいるのは、当然なわけだ」

「頭がおかしい」


 ネイラは、躊躇なく、切り捨てた。

 オーガの夫に連れ去られた時、故郷には息子と娘と、夫がいた。戻れぬと悟って、受け入れてから、十年をかけて情を持った。その相手が死んで、八年。もはや、老いが身近になってくると言っていい年だ。鍛錬のおかげで身体は動くが、手入れしない顔は皺が目立ち始めている。

 この前途の明るいオーガの若者が、自分を気にかける理由が、心底わからないのだ。

 俺だって、理由はわからないけどな、食らいつきたいのは、あんただけだから仕方ない。そう、この義理の甥は呟くわけだが。


 不意に、乱暴に引き寄せられ、万力のような力で固められて、口を食われた。

 噛み切りはしないが、そのまま持って行かれそうな、オーガの口づけ。

 意識も吸い込まれそうになって、ふと行き場をなくして掲げられた夫の剣が目に入った。ごつくて、重くて、まるで美しくもない無骨な剣。その使い込んで黒ずんだ柄の根元に、まるくこちらを見つめる、青い石。

 透明度の低い、だけど優しい温もりのある、青い真宝石だ。

 毎晩手入れをしながら、お前の目の色に似ていると、飽きもせず同じことを、だがいつも恥ずかしそうに、言っていた、あのひと。


 ぐっと相手の舌を噛んで振り払った、まさにそのとき。

 人間の軍と、魔物の軍との、先陣同士が、刃を交えた。

 気合いと、絶叫と、歓声と、狂気のような笑い声と。

 でたらめな大音声とともに、黒い兵たちが走り始める。

 後続に踏みつぶされないためには、その流れに乗るしかなかった。


「ネイラ! 死ぬなよ!」


 必死に懇願する声を、聞かなかったかのように。











 目の前で、人間が、魔物が、切り裂かれ、貫かれて、吹き飛び、死んで行くのに、ホーリィは、がたがたと震えていた。

 平原は、つい昨日まではとても静かだったのに。

 ともかくも辿り着いたことに安堵して倒れ込み、死んだように眠っている間に、周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 いや、昨日まで、本当に平原は穏やかだったのだろうか。

 ホーリィがいるのは、平原のほぼ真ん中にひょろりと一本立つ、木の根元だ。そこには子供の遊び場と言われてもおかしくない出来映えの、簡素な石組みの祠があって、ホーリィの記憶の中では、そこに花が絶えることはなかったのだが。

 昨日、その祠の狭い隙間に入り込み、荷物で蓋をして、すっかり寝入ってしまったのだ。そこを今改めて見ても、枯れた花すらもなく、背中の方でゴロゴロしている何かを摘んでみれば、明らかに小動物の骨だった。

つまはじきにされる生活ではあったが、ここらに暮らしていた頃は、平和で美しい領地だったはずなのだが。人目を避ける旅の途中、遠目に見た集落には煮炊きの煙も人影もなかった。

いったい、どうしたのか。ホーリィの胸が、ちくちくと痛む。

 薄汚れた荷物は、いい目くらましになって、祠に誰かが入っているとは全く思われないらしい。

 殺し合いに夢中の兵たちは、脇目も振らずに武器を振り回している。

 片方は、白い鎧の人間たち。片方は、革だったり黒かったりする鎧の、豚に似たり骸骨だったりする、魔物たちだ。

 だが、それだけではないようだった。

 ホーリィは目を開けたり閉めたり、さらにはごしごしと擦ってみた。

 雪が降っていて、平原は宵のような暗さだ。時折雷が鳴って、稲光がこの恐ろしい戦を照らし出す。命のやり取りの一瞬を切り取れば、人間も魔物も悪鬼のような顔をして、互いの急所だけを息も荒く突き刺していた。

 戦場というものの姿。

ホーリィの目には、けれど、少し違うものが見えた。


「なに、あれ。真法陣?」


 平原を埋め尽くす悪鬼たちの足下に、靄が大蛇を形どったような、薄ぼんやりとした太い丸帯が見えるのだ。その表面に絶えず揺らめく文字を浮き上がらせながら、巨大な螺旋を描き、何重にも平原を輪で埋め尽くしている。

 まだまだ乏しい知識ながら、ここに帰って来るために学んだことが、それを意味あるものとして見せてくれた。

 それは兵たちの意識を刈り取り、闘争本能のみを残すような、精神干渉の陣だ。

 だが、おそらくこれほど大規模な陣は、歴史上存在しないのではないだろうか。


 なんのための、と訝しんだ目の前で、人間が人間に襲いかかった。

 軍勢は、蠢いている。先ほどまでは、下級兵士同士の戦いの場であったようなのに、そこにいて襲われたのは、白い馬に乗り、青い旗を背後に控えさせた、綺麗なお姫様だった。その折れそうに細い首を腕で挟んで馬から引き摺り下ろしたのは、こちらも女だった。

 人間だと、思った。獣じみた耳も、尾も、むき出しになった骨も、爛れた肉もない。

 けれど、人間にしては、恐ろしく強く、速かった。

 お姫様を守るどの騎士も動く間もなく、姫はあえなく女に踏みつけられ、祠の傍らで首筋に刃をあてられた。

女の手が、青い石と柄を、ぎりりと握りしめた。


「兵をお引きなさい、女王よ。魔物たちは、古の協定に縛られる。人間たちが手を出さなければ、魔物たちから手を出すことはできないのです」


「世迷い言を言わないで。ここら一体に瘴気を満たし、人間の住めぬ地を広めようとしたのは、魔物たちでしょう」


「違います。我々も、この平原の毒には困っていたのです。確かめもせず、まず開戦とは、短慮ななさりよう」


「人間の身で、魔物の肩を持つのですか。ですが、短慮ではない。我が国相手に、宣戦布告の文書が送りつけられてきたのです。魔物たちも、一枚岩ではないということか」


「……魔物は、文字を書きません。魔力を持つ故に、文字を書けばすべて真法になる。なにより、彼らの慣習として、伝達に文字は使わないのです。それは、魔物からの文書ではない」



 ホーリィは、切迫したこの会話を聞いてはいなかった。

 なぜなら戦場のけたたましい騒音が酷かったし、なにより、女王と女とを取り込もうと、真法陣が唸り声を上げていたからだ。

 靄のように漂い形を変え、不可視の触手を伸ばした真法陣は、だが二人よりも先に、周囲を飲み込んだ。女王を人質に取られて動けなかった騎士たちが、異様な唸り声を上げて、じりじりと包囲を狭めてくる。その無防備な背中に、笑いの止まらなくなった魔物が取り付き、混戦の渦が二人をも押しつぶそうとした時。

 ガラン、と、重たい金属音がして、ホーリィの視界を青がよぎって、消え失せた。

 女王が愕然とした表情で、その青を振り返る。

 旗を持ち、主の背を守り、いついかなるときにも、たとえ自らの死に際してでも、決して旗を地に付けてはならない旗騎士が、母国に唯一棹しかない、建国以来の神聖なる青旗を、手放した。

 剣を引き抜いた旗騎士は、旗の上を泥靴で踏み越え、主を踏みつける敵を斬りつけた。

 これを、目にも留まらぬ速さで防いだオーガがいた。だが、無理な体勢を強いられ、オーガの槍は折り取られた。とっさに、女が女王にあてていた剣をもぎ取り、体制を整えて二激目を逸らす。その後、三合打ち合えたのは、騎士の実力が高かったからに違いない。

 オーガは、並のオーガではなかった。巨体は巌のような筋肉に覆われながらもしなやかで、俊敏に動く。ましてその動きは、正式な剣を学んだかのように隙なく、整って、見事だった。

 騎士は機動力に圧倒的に劣った。

 地にめり込むほどに重たい旗を投げ捨ててもなお、俊敏とは言い難い。

 それはまた、足下に倒れ込んだまま動けない女王を守るためでもあるのだろう。


「セオ、なぜ」

「私が守るのは、旗ではありません。御身です。御身こそ、我が国の象徴」


 女王は、はっとしたように身を起こし、周囲を警戒しながら剣を抜いてわずかに下がった。

 女はと言うと、放心したように、オーガを見ている。オーガの、手元を、か。

 女王が退いたことで、騎士の強さが増した。力と俊敏さで劣る分を、遠心力と狡猾さで埋めている。

 そして最後の斬り合いで。

 オーガの剣が、騎士の腿を刺し貫いた。騎士の剣は、オーガの腕を半ばまで切り、その手に持った剣の柄、青い石を砕いて落とした。


 悲鳴が、洩れた。

 モンタナーシュから。

 ネイラから。

 ホーリィから。


「どうして、こんな穢れが」

 ホーリィは痛む胸を押さえて、祠の中でうずくまった。狭い中を無理に動いたせいか、もともとおざなりな造りは、ごろりと石を落とす。

真法陣が、金切り声を上げた。

「もういないの? ここに。帰ってきたのに」

 閉じた目に浮かぶのは、大切なともだち。青く優美な、美しいともだち。

 彼に会うために、そのために、死ぬほど辛い思いだってして、ここに、二人の場所に、帰ってきたのに。


「クルーン」


 音にもなっていない呼び声に、呼応するように、真法陣が弾け飛んだ。











 平原にいた誰もが、殴られたような衝撃を受けた。

 風も気配もなく、突然、頭の中を何かが通り抜けて行ったようだ。

 訳が分からず立ち尽くす人間と魔物たちが、ふと見上げた暗澹たる空に。

 その災厄は、あった。




 竜だ。

 いや、竜の、成れの果てだ。

 鱗で覆われるはずの身体は焼け爛れ、汚物のように体表で泡を吹いている。眼球は濁り、爪も牙もどす黒く、吐き出す息は、まさに瘴気だ。

 人間が初めて見る、そして魔物たちもまた初めて見る、おぞましい存在だ。


「あれが」

「瘴気の原因」


 モンタナーシュとネイラが、得心したように呟いて、竜に向き直った。騎士がモンタナーシュを庇い、オーガはネイラと肩を並べた。

 ここからは、人間と魔物が共闘して、竜へと立ち向かう、最終戦争となる。

 それは、平原の全兵卒が共有した認識であり。


 そのまま祠の背後に、落ちるように降り立った竜が、いくらか弱っているようなのを好機と見て。

 人間たちは、弓兵は矢をつがえ、槍兵は穂先をそろえて盾の横に添えて構え、混戦には役立っていなかった、攻城用の投石機も遠くから狙いを定めた。

 魔物たちは、竜の巨体に穴をあけるべく、巨槍や鉾を構える、拳に魔力を込め、遠距離攻撃用の真法陣を展開した。

 平原の安寧のため、彼らを脅かす存在の抹消のため。


 彼らは一斉に、竜を襲った。




「クルーン!」




 叫んで飛び出したのは、子供かと思うほどに小柄な娘だった。

 珍しい銀色の髪が左右に跳ね、娘は奇跡のようにすばやく竜に駆け寄ると、醜く爛れた身体を抱きしめて、ありったけを、展開、した。

 降り注ぐ矢は、失速してすべて地に落ちた。

 槍の穂先は折れ曲がり、盾は弾き飛ばされた。

 投石は天高くで砕け散った。

 巨槍も鉾も、固い巌にあたったように、宙で跳ね返った。

 魔力は吸い取られ、散り散りになった。

 真法陣の効果は相殺され、陣は消滅した。

 たったひとりの娘に、すべてが防がれた。



 竜と娘を取り囲み、数多の兵たちは、静まり返る。



『ホーリィ』

 竜が、泣いた。



 地に落ちる矢の一本が、ホーリィの腕に突き立った。

 折れた槍の穂先が、ホーリィの足を地に縫い付けた。

 投石の破片はホーリィの額を割った。

 この地に戻るために、無理矢理入れられた魔術院で、死ぬ思いをして習得した数多の真法。だがそれは、いまだ充分に使いこなせるものではなく。

 そして、身の内の力が尽きたホーリィは、息をするのも辛いほどに、疲れきった。

 それでも、伝えることがあった。



「クルーン、ごめんね。帰って来るの遅くなって、ごめんね。エルフの血が混ざってるのがばれて、領主様が無理に学校に行けって。でも、私頑張って、でも、遅くなって。

 


——————会いたかった、クルーン。

 私の、青い竜」



 閉じ込められた、窓もない独房のような部屋で、涙ながらに恋いこがれたのは、青。

 緑のそよぐ草原と深く豊かな大森林を、覆い包む、青い空。

 天上にあるという宮殿まで見通せるほどに透き通った、どこまでも深い、空。

 そこを悠々と泳ぐように飛ぶ、ホーリィのすべて。輝かしい、青い竜の、優しい姿だ。



 ビキッと音がして、骨が覗くまで爛れた竜の額に、亀裂が入った。

 ドロドロの体表が、固く薄い膜が割れたように、破片をいくつもいくつも落としていく。

 その隙間から光が溢れ、地から立ち上る稲妻のように空を貫き、暗雲は溶けるように消え去った。

 立ち上る光が消えると、雲の隙間から目映い陽光が射し、竜の巨体を、煌めく青に彩った。

 瞳もまた、蒼い。爪と牙は白銀で、香気すら漂うよう。

美しい竜が、そこにいた。


 竜は、その巨大な顎を、がつりと噛み合わせ。

 ペッと、歪な形に折れ曲がった木偶人形を吐き出した。


「私の心の弱さにつけ込んだ、山向こうの国の真法師の使い魔だ。我が招いたこととはいえ、忌々しい。

術は返しておいた。瘴気も持って行こう。ーーだが、詫びぬ。ホーリィを私から奪ったのも、人間、そして、ホーリィと私を天涯孤独にしたのは、オーガだ」


 このとき、女王が対話をできたのは、さすがの度胸だった。


「その娘御は、どうされます。人の手当を、あなたができるのですか」

「口出し無用。ホーリィとて、エルフの血を引いている。放っておいてもらおう」


 そして、恭しいほどに丁寧にホーリィの身体をくわえこんだ竜は、飛び去り。

 人間にも魔物にも、甚大な被害を出した凄惨な戦ながら、時に切ない恋の歌の題材ともなる、青の戦役は、幕を閉じた。



 そして平原には、今日も涼やかな風が吹き。

 いつか、その背に小さな娘を乗せた竜が、空に溶け込むように飛ぶ日が来ると、人々は伝えている。



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