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阻止するための不確かな計画

「とうとうこの時が来たわ」


 五日後に魔獣狩りに出る第三隊に同行しろ。


 ゼンリからそう告げられたオカリは、彼の部屋を退室してから低く呟いた。

 オカリの初陣になるその命令に、てっきり彼女は明るく喜ぶのだろうと思っていた。

 だが、予想外に冷静な反応にツツジは肩すかしをくらった気分で頷き「ずいぶん急ですね」と答えた。


 オカリに言わせれば、命令から五日も間が開くのはかなり珍しい。

 普段は次の日の出発だとか、もっと急な時はその日のうちに出る事すらもあるという。


「魔獣だって生きて動いてるし、ずっと同じ場所にいるとは限らないでしょ? だから知らせが来たら、なるべく早くその町へ向かうものなの」


 そう説明するオカリの唇が弧を描く。


「楽しみね、ツツジ」


 らんらんと光る紅梅の瞳に、ツツジは一瞬ぞくりとしたものを感じた。



 ツツジの帰宅早々に、ラクトはどうするのかと問いかけた。

 彼の質問が、まさに今日の昼に決定した魔獣狩りの行軍についてだという事はすぐにわかる。


 大々的には公表されていないはずなのに、なぜもうすでにラクトがその事を知っているのかと少し不思議に思ったが、彼のもとには情報通のご婦人方が集う。

 おおかた、彼女らの誰かが知っていて、ラクトに教えたのだろう。

 苦々しい表情のラクトに、ツツジは力なく首を振った。


「行くしかないです。僕には、断る正当な理由が見つけられませんでした」


 殺生するところを見たくないだとか、魔獣を狩る事は良くない事だとか。

 それは通じない理由だ。

 さらに言えばフリューゲルの方針の真逆の考えでもある。

 何より、オカリの付き人なら、彼女に従い共に行く事を拒否したりはできない。


「幸い、供人の僕は戦力に入ってません。いざとなれば戦線から逃げる事も可能でしょう」

「…おまえ、本当に逃げられると思いよるとか?」

「うっ…」


 疑いのまなざしを向けられたツツジは返答に詰まる。

 他の人間が目の前で戦っているのに、背を向けて走れるのか?

 口ではなんとでも言えるが、自分の性格を加味して出てくる答えはわかりきっていた。


「無理、ですね…」


 自分だけ逃げ出すなんてできない。

 そういう時に限って出てくる謎の勇気で居座ろうとするだろう。


「で、でも。現場にいたら何かできるかもしれません。隙をついて魔獣を逃がすとか!」


 それができれば、オカリたちの任務は失敗だが、魔術師としてのツツジは役目を果たせた事になる。


「魔獣を狩る、という行いが良い事なはずありません。この国ではそれが正義でも、僕は納得できないし、受け入れられない。ラクトなら、わかってくれるでしょう?」


 フィラシエルの魔術師たちにとって、魔獣は敬うべき動物だ。

 決して狩猟するような相手ではない。

 もし自分が同行する事で、今回狩られるはずだった魔獣を助けることに繋がるのなら。


「それに、フリューゲルがどんなやり方で魔獣を捕らえているのか知ることができれば、今後何かの役に立つがもしれません」


 魔法を使う獣。

 彼らを殲滅せんとするフリューゲルを妨害する日は必ず来るはずだ。

 その時に彼らのやり方を知っているのといないのでは、大きな差が出る。


「正直不安しかないですが、僕がどう思っていても、色々考えてみると、今後のためにも行ったほうがいいような気がするんです」


 グランディスに来るとき、自分を背に乗せてくれた黄金色に輝く魔獣を思い出す。

 このままでは、彼らにも危険が及ぶ日が来るかもしれない。

 あの日初めて触れた魔獣の、空を駆ける金色の背の上はあたたかく、遮るもののない空の上を行くのは爽快ですらあった。


 魔獣使いという仲介があってこその事だったが、それでもツツジにとって魔獣は全く関係のない相手ではなくなっていた。

 鋭い牙と爪を持つ、温厚で利口な獣。

 彼らがその怒りをこちらへ向けて攻撃してくるならば、物理的な武器しか持たない人間など太刀打ちできないだろう。


 それを、フリューゲルは狩るのだという。


 恐ろしい考えだと思うし、無理に決まっていると声を大にして叫びたい。

 無理だ、行きたくない。

 できる事なら今からでも同行を断りたいくらいだ。

 しかし、「とうとうこの時が来た」と低く呟いたオカリを思い出すと、絶対に彼女を一人で行かせてはいけないという予感がした。

 危うさが色濃く揺らめく紅梅の瞳は、彼女が無謀な行いをするように見えて。


「―――なんでこんなに心配してるんだ?」


 思わず呟いた言葉。

 オカリはツツジの心配など必要ないほど、じゅうぶんに強い上に、基本的に自分が中心だから、振り回されるのはいつもツツジだ。

 逆に心配してもらいたいくらいなのに、気がつけばいつもオカリの事で頭を抱えている。


 ツツジから見れば、オカリの生活は自身を台風の目にして周囲を巻き込みながら回っている。

 アクシデントや面倒事も全部飲み込んで噛み砕き、そんな物はなんの問題もないと言い切るのだ。

 どっしりと構えているようで、どこか目が離せない不安定さは、彼女が台風だから。

 いつ消えるかもしれない旋風、どちらに進むかもはっきりしない、半ば力任せに突き進んでいる日常。


 それが壊れる瞬間が恐ろしいのだ。

 誰かに言えば、ばかばかしい考えだと言われるかもしれないけれど。


「心配するとは、仲良うなったけんやろ。ツツジの話だと、フリューゲルのお姫さんはだいぶ危なっかしか女のようでもあるし。心配する事は何も悪か事じゃない」


 ツツジの言葉を見透かしたようにそう言うと、ラクトは続ける。


「お姫さんを心配する事と魔獣狩りに同行する事はまた別の問題やけん。行かん方が良か事だけは確かばってん、お前が行くしかなか、って言うなら、行かんばいかん。俺も止められるなら止めるとこやけど、下手はできんし」


 とにかく無事で帰ってくる事を優先させて考えろ、とラクトは壁に立てかけてあるバドミントンのラケットを顎でしゃくった。


「そのためにも、媒介だけは持って行け。目立つとしても、だ。魔術師だとバレないなら、逃げても良かし、逃がしても良か」


 どうせ行く奴らの中で最弱なのはお前に決まっているのだから。


 締めの一言にツツジは言い返す余地もない。

 それでも魔法さえ使えるのならフリューゲルの団員たちにも負けないと小さく言い返す。

 が、ラクトのほうは解りきっている答えに興味は薄かったらしく、そういえば、と少し意地悪な笑みを浮かべた。


「ツツジ、初めての外泊やけんってお姫さんに手ぇ出したりするなよ? それこそ、ここいらのオバちゃん達ば喜ばすだけやけんね」

「はあ!? 何言ってるんですか!?」


 予想外の言葉に「ある訳無い」と即答したツツジ。しかしラクトはどこか楽しむような目つきで首を振る。


「あるかもしれんけん、肉屋も靴屋もパン屋も俺に期待した目で聞いてくるっちゃろうが」

「聞いてくるって…何をですか」


 嫌な予感を感じつつも念のため聞いてみるが、その答え、聞きたくないような気がする。


「オカリちゃんとツツジちゃんに何かあったら教えてね、って」


 どのご婦人かは解らないが、誰かの真似をしたラクトの口調にツツジは頭を抱えた。

 問題外だ。


「言っておきますけど! そんな事は絶対無いですし、万が一にも何かしようとしたら僕がオカリさんに返り討ちにあって終わるのが関の山ですから!!」


 そもそも、何か起こるわけがない。

 オカリにとって自分はただの子分で使いっぱしりなのだから。

 くだらないと小さく言えば、そうと言い切れないのが男女の仲だから、未だに井戸端会議のご婦人方はお前達の展開に期待しているのだ、とにやにや笑いで返された。


「それに、心配な女を見守るとも立派な男の仕事やろ?」

「だから違いますってば!」

「あぁもう、気をつけて行ってこいって事さ!」


 少しむきになって言い返すと、わしゃわしゃと頭を撫でられた。その手に師の事を思い出した。

 ケムリならば、何と言ってくれただろうかと。


 次の日、ツツジがフリューゲルの魔獣狩りに同行する事をしたためた報告書が作成さた。

 ラクトはツツジの出発を待たずにそれをダケ・コシに向けて送った。

 送り主と受け取り主を簡単に特定されないようにと、回りくどい経路で運ばれる報告書がツツジの出発までに本山に届く事は無い。

 逆にツツジの帰宅までに五老から何らかの返事が来るのかも定かではない。

 

 何より、今の時期のダケ・コシは昇位試験の準備で多忙を極めているはずだ。

 五老も例外ではないから、早急な返事は期待しないほうがいい。

 ラクトの読みの通りに、彼の報告書がダケ・コシ本山に届いたのはツツジが出発した数日後だった。

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