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尋ね人、その乙女は

 傷だらけで帰宅したツツジをひと目見て、同居人のラクトは一体何があったのかと彼に詰め寄った。

 手当てをしながら事の顛末を聞き、腫れた頬を冷やすツツジに、次からは気をつけるように言ってため息をつくと、ラクトはまじまじと少年の顔を眺める。


 こればかりは本人に世渡り上手になってもらうしかない。

 大勢の人が集まる場所で生活した時間が短いツツジには、王都という全く違う環境に放り込まれた事は少し厳しいのかもしれない。だが思った所でもう遅い。

 ここに来てしまったからには、本山から与えられた任務を全うするだけだ。


 かつて旅商人の父につき、幼い頃から多くの地を見てきた国境の魔術師ラクトと、知識だけは蓄えてきたツツジ。

 魔術師たちのまとめ役である五老が選んだ自分たちのコンビが悪いとは思わない。おそらく動くのはラクトで、得た情報を基に考察する役目を与えられたのがツツジなのだろう。


 しかしツツジ・ナハという少年は、これまでの環境が少々特殊すぎた。


 本山で落ちこぼれ、カル・デイラの魔術師ケムリのもとで人とふれあう機会も極端に少ないまま数年を過ごした彼にとって、グランディス国の王都ツキサでの生活が、そう簡単に馴染めるものではないのは明らかだった。

 ツツジの能力以前の問題として。

 彼は果たしてこの荒くれ者の集う土地に馴染む事ができるのか。

 ラクトの頭痛の種はその一点に尽きる。

 いくら近所のオバチャンたちに気に入られようと、怪しい商店で儲けようと、彼が街に馴染めなければよそ者のままだ。

 それでも構わないが、こういうトラブルに巻き込まれ続ける事だけは避けてもらいたい。

 聞けば事の収束の代償か、見知らぬ少女の舎弟にされたというツツジが学ぶべき事は、魔法や街での買い物や店の営業の方法ではなく、もっと別の事のような気さえするラクトだった。


 そんなツツジが、律儀にも「約束をしたから」という理由で外出をしたのは二日後の午後。

 ばかばかしい、無視をしておけと言っても、助けてもらった恩があるというツツジ。真面目が過ぎるのか、融通がきかないのか。

 どちらにしろ、くれぐれも気をつけるように言ってツツジを見送ったラクトはこの数日で何度目かの大きなため息をついた。



 月に一度開催される武闘大会。

 その会場である闘技場の正面に位置する中央広場は、いつも以上の人でごった返していた。

 丁度大会が終わり勝者が決まった後の時間だった事もあり、今日の決勝戦の感想を興奮気味に話す人々の間を縫うようにして、ツツジはオカリの姿を探す。

 大勢の人の中から、彼女を見つけ出すのはツツジにとっては気の遠くなるような作業に思えた。会えない可能性のほうが高いのではないかとすら思える。


 一度見たらはっきりと印象に残る、華奢な身体に自信に満ちた紅梅の双眸を持つ少女。

 また会おうと言った彼女の言葉に嘘はないように見えたし、その口調は適当な口約束ではなく、確定事項としての響きを持っていた。

 なんとなく中央広場へ来れば無条件でオカリと再会できると思っていたが、どうも難しいようだとツツジが考えを改めはじめた頃、広場のざわめきを打ち消すように、銅鑼の音が響きわたった。

 驚いて周りの人々を見れば、彼らは一様に同じ方向を見ていて、その視線を追った先立つ一団でツツジの目は止まった。


 軍服を思わせる揃いの服を着た男たち。


 手早く演台を組み立てる二人の青年の後ろで、きれいに整列しているその他大勢。彼らから少し前に出たところに、銅鑼を持った男と、ひときわ偉そうに並んだ男たちを見ている髭の男がいた。

 何も知らないツツジですら「何かが始まる」と察する事ができる。

 演台が組立て終わると、その左右にそれぞれ三人ずつ男が並ぶ。

 両端の二人は、一対の翼と交差する剣が描かれた大きな旗を掲げていた。

 旗の縁を飾る房は落ち着いた金。重厚感のある旗がわずかに揺れ、再び銅鑼が鳴らされると、直立不動だった男たちが一糸乱れぬ動きで腕をあげ、敬礼をした。

 それを待っていたように演台にあがった髭の男が、よく通る声をはりあげた。


「我々はフリューゲル、第一部隊である。今回の武闘大会も大変な盛り上がりを見せたようで、大変喜ばしく思う。常に言う事ではあるが、我らグランディスの民は、武術国の名に恥じぬ技術と精神を持つ義務がある。参加者の皆皆においては更に精進され、観戦する諸君らも彼らの闘いを前にして己の勇気を思い出された事と思う」


 威圧感のある声で、男の演説は続く。

 周りの人々はその話を熱心に聞いていて、彼らの視線を独り占めしている演台の男は、やがてどこそこの地域で魔獣が現れ、巡回中の部隊がその魔獣を仕留めたという話を始めた。


 あの一団は、魔獣を狩っているのか?

 

 男の演説にツツジの表情は一気にこわばる。

 魔獣は人里離れた場所に住み、基本的に人前に姿を現す事は滅多にない。

 しかしここ数年で、人間の前に現れる魔獣の数がぐんと増えた。

 その話はツツジも知っていた。

 今回彼がこの国に派遣される事になった理由にも、魔獣被害の増加は深く関わっているのだから。


 フィラシエルの魔術師が魔獣を使いこの国に攻めてくる。すでに攻撃は始まっている。

 魔獣の出現が急に増え、かの獣が国民を襲い始めた。それが何よりの証である、という考えがグランディス国に広まり定着しつつある

 魔術師たちにそんなつもりは毛頭無い。そもそも、魔術師であろうと魔獣を従える事などできやしない。

 それでも魔法を扱うという点において、グランディスの人々にとっては魔術師と魔獣は同じなのだ。

 彼らには扱うことのできない魔法という技術。不可解な技を使うものたちが、グランディスの人間を襲っている。


 重要なのはその一点のみ。


 元々、グランディスからの魔術師に対する風当たりは良いとは言い難い。それがここへ来て魔獣の増加と共にさらに悪い方向へ向かっていたのだが、男の演説にツツジは少し納得した。

 とても高い知能を持ち、恐ろしい見た目をしているものの基本的には温厚な性格を持つ魔獣は、人を襲う事は滅多にないと言われる。だがそれは、こちらが何もしなければ、の話である。

 この国の人々は魔獣に手を出したのだ。

 魔獣には手を出してはいけない、という考えのフィラシエル国ではあえて魔獣を狩ろうとはしない。

 この国では、人間は魔獣に害をなすものだと認識されてしまったのだ。

 放っておけば自ら森へ帰るであろう魔獣は、グランディスの人々を敵だと思っているに違いない。


「だから、魔獣が国民を襲い始めたんだ…」


 魔術師のせいでもなんでもない。この国の人々が招いた結果だ。

 ぽつりと呟いて、それでも確認は必要だと、ツツジは思い切って近くにいる二人組の若い女性に声をかけた。


「すみません、あの方々は魔獣退治をしているんですか?」


 見知らぬ少年からの急な問いかけに、女性は少し驚いたような顔をしたので慌てて「先日この街に来たばかりで」と付け加えると、女性は納得したように頷いて自慢げに微笑んだ。


「彼らはフリューゲルと言って、この街の自警団よ。いいえ、もうツキサだけじゃないわね。王都の外の街までも見回りをして、魔獣の脅威から私たちを守ってくださっているの」

「元々は王国騎士団からの下請けなんだけどね、もうそんなの関係ないわ。だってお城を守っているだけの兵士や騎士たちよりも、直接に魔獣や悪漢と戦うフリューゲルのほうがずっと勇敢でいらっしゃるもの」

 熱の籠もった声でそう言った女性は、見てごらんなさい、と演台に目をやる。

「紺の制服に、白銀の翼の紋章。今やこの街の誰もが憧れているわ。それにゼンリ様の素敵な事といったら! このお声を聞くためなら、私屯所の掃除婦にだってなっていいわ」


 どうやら、ゼンリというのが髭の男の名前らしい。

 最初に答えてくれた女性が、うっとりとした表情の友人に苦笑を向ける。


「フリューゲルにはオカリ様がいるじゃない。掃除婦になれたって、あなたじゃあオカリ様の足下にも及ばないわよ」


 何気なく放たれた女性の言葉に、ツツジの胸がはねる。

 それは彼女と同じ名ではないか。

 昔話の英雄と同じ色を持つ、女の子。


「オカリ様…?」


 何も知らないふりをして首を傾げると、少しいじけたような顔をしていた掃除婦希望の女性は目を輝かせた。


「オカリ様は、フリューゲルの象徴よ。聖女とでも言うのかしら。あの方が来てから、フリューゲルは活気づいて今のように大きくなったわ。オカリ様がいるだけで、団員の方々の士気もあがるってものよ。まあ見ていなさい。ゼンリ様のお話の次はオカリ様があそこでお話されるから」


 彼女の言葉に、ツツジはゼンリが降りようとしている演台のほうを見た。オカリというのは、もしかしなくても、一昨日の少女ではないのか。

 ゆっくりと演台を降りたゼンリと入れ替わるように、今度は彼と対照的に華奢な身体の少女が前に進み出る。

 すらりと長い手足を惜しげもなく露出させた、淡い色の動きやすそうな服。決してお行儀がいいとは言えない格好だが、彼女からは、はしたなさや下品さは感じられない。


 彼女が演台の上に立つと広場が一気に湧く。


 彼女を歓迎する歓声に、広場を見渡した少女は笑顔で応えた。

 午後の陽光を受けて輝く、淡い金髪。ほほえむ瞳は、紅梅の赤。一度見たら忘れられない意志の強い瞳が優しい色でくまなく人々を見る。

 整った顔がこちらを向いたとき、「自分を見つめてくれたのではないか」と錯覚するような視線で。


「こんにちは」


 澄んだ声が響いた。

 その声は、先日ツツジを助けてくれた彼女のもの。ほほえむ顔も、ツツジを助けてくれた少女と同じ。

 予感が決定的なものに変わった。

 壇上の少女は「こんにちは」というありきたりな挨拶のひとつだけで広場の人々を魅了し、再び沸き上がる歓声に、ツツジは言葉を失う。

 オカリを見つめるツツジに、フリューゲルを信奉しているらしい女性は頬を薄く上気させて声をかける。


「ほら、あの方がオカリ様よ! 美しくて強くて聡明な、私たちの勝利の乙女!」


 たいそうな肩書きを付けられたオカリは、ゼンリとは違う言葉で武闘大会出場者を労い、優勝者を称え、続けて魔獣を狩った団員の活躍を誉め称える。

 そして新たに団員を募集する旨を告げた。 


「私たちは、さらなる平和のために、共に戦う仲間がほしいのです。私たちの住むこの国を、魔獣やその他の、未知なるもの達から守るために戦う気持ちがあるのなら。これから迫り来る脅威に打ち勝つためにも」


 私にはみなさんの力が必要なのです。

 高らかに言い放った声に答えるようにざわめきが広がり、次いで広場はこれまでよりも大きな歓声に包まれた。

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