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天然仙人の気ままな異世界行脚  作者: ブルブルァ!!
7/7

桁が違う

「……慣習?」


「簡単に言えばそうなる」


「里の外から見込みがありそうな人が来た時にする歓迎の宴の前座の一つ、と言えば聞こえはいいかしらね?」


「むぅ、聞こえも何もそれしか意味が無いんですけど?」



 気分を害したと分かりやすく伝えるように膨れる柔らかそうな頬。

 先程まで被っている麦わら帽子の迷子を祈願していたにも関わらず、思わず機嫌を取ろうと行動に出てしまいそうになるようなアルゼルフが里長、ベルオターリアの所作。

 少し前であれば反応して何かしらのことをしていただろうが、黒耀は彼女のそれが見た目を利用して相手の感情をコントロールする手段の一つに見えてきていた。

 この里を訪れて二時間も経っていないが、早くも馴染んできていると言っていいだろう。


 だがしかし、これが計略というのであればむしろそれに乗ることも一興。

 手練手管の一つと見抜いた上でそう判断した黒耀は自分で作り保存していた自信作の飴玉が入っている瓶を太極帳から取り出し、半透明の薄桃色の飴玉を一つ摘みベルオターリアの前に持ってくる。

 彼女はそれを見てきょとんとした表情をするが、何かを手渡そうとしていることは察したらしく胸の前で手の平を上に向ける。

 黒耀は落とさないよう丁寧に飴玉を手の平へ乗せ、乗せられた少女はそれを見て首を傾げた。



「? これは?」


「飴という名のお菓子だ。これは甘い味だな」



 この世界に飴は無いんだろうか、と些細な事を思いながら瓶の中から薄緑色の飴玉を取り出し、黒耀は無造作に己の口へ放り投げる。

 唾液により溶け出しても粘着性は無く、程よい甘みと風味が口の中を巡ってゆく。

 黒耀はやはり良い出来だと自画自賛しつつ、今度飴細工でも挑戦してみようかと思案する。


 過去、彼は一度従姉妹に頼まれて関節フル稼働のフィギュアを作ったことはあるものの、その作業は妙な神経を使うためにそれほど気に入らなかった。

 しかも下着や服まで作り上げ見せられたアニメ姿と同等レベルに仕上げたというのに頼んできた従姉妹から向けられる微妙そうな視線がなんとも言えない感情を沸き立たせるため、それ以降は一切作っていない。


 しかし、何かを刻む彫刻の類はすんなりと進行するため黒耀自身が気に入っていた。

 自由研究用に彫刻刀を用いて作り出した木製の樹の彫像を見て「なんだこの生命の息吹は」と何処かの老人が涙を流して譲ってくれるよう懇願してきたため譲ることになり自由研究には出せず、結局ゾンビ映画の墓から湧き出てくる数多のゾンビという一シーンを彫刻で再現して完成品を見た下級生に泣かれるという出来事は小学生高学年時の良い思い出である。

 死の匂いが染み付いていると言われても、材料は木材と映画の一シーンとしか言い様が無かった。


 なお、その際に作品を見たクラスの女子がホラー物に目覚めるという良かったのか悪かったのか分からないイベントが起きていたが、極めてどうでもいいことである。

 黒耀はその女子とは中高共に同校に通っており、彼女が監修する文化祭のお化け屋敷はお披露目となる一日目前半に十八禁認定され以降は十八歳以上しか入れないという事態に陥るが些細なことに違いない。

 ちなみに、黒耀は彼女と尽く同クラスで小道具係を数年間務め、脈動する臓器や何かが生々しい物を粗雑に咀嚼する音、何故か背後から座っている体勢のままついてくる日本人形がゴールに近づくにつれて血の涙を流し始め髪が乱れていく仕掛け、暗闇を進み妙に柔らかい物を踏んだと思えば女子どもの断末魔の如き絶叫が響き渡りその先で首をギロチン台で断たれた女と子どもの人形等を用意した主犯と見られていたが特に学生生活に支障は無かった。

 有ったとしても演劇部による誘拐未遂くらいである。



「あめ……お菓子ですか。随分綺麗で、食べるのが勿体無いくらいなんですけど……」


「一度騙されたと思って口に含んでみるといい。危ない物だと思ったら吐き出せばいい」


「いえ、別に毒物の類と思っているわけじゃありませんよ? ただ珍しい食べ物だと思っただけです。

 (わたくし)達竜種の上位種は基本的に金属ですら消化しますし、食べてはいけない物は本能で悟れます」



 ドラゴンはつくづく常識で計り知れない生物であることが判明し、黒耀は驚くことに飽いてきた。

 感覚で察知するというわけでもなく、知識として修めている故に避けるというわけでもない。

 ただ生誕の際から持ちあわせる本能のみで毒物かどうかを悟るなど、薬物系の暗殺者にとってドラゴンは難易度の高い相手にも程がある。

 しかも金属を消化するとは鉄の胃袋どころの騒ぎではない。一体どんな胃液を持ち合わせているのか黒耀は興味が湧いてきていた。

 言葉そのものを信じるとするならば、胃液を人間に吐きかけるだけで大惨事になることが予想に難くない。

 おそらく普通の硫酸以上の威力を発揮するだろう。



「……そういえば、ちょうどよく吐かせていい機会と対象に恵まれたんだったな」


「我を見て何を不穏なことを抜かしているのだ、お主は。……まぁいい、それよりもそのあめとやらは美味いのか?」


「ああ、アズルの好みに合うかどうかは知らんが……アビアもいるか?」


「ええ、お願いするわ」



 もはや黒耀に対する美味い物を持っているという信頼が生まれ始めているアズルが遠回しに飴をくれと催促し、それを理解した黒耀が視線で興味を注いでいるアビアの分も含めて飴を取り出す。

 黒耀から渡された物を食べることに抵抗が無くなっているせいか飴を躊躇いなく口にするアズルを不思議そうにアビアとベルオターリアが眺め、すぐにそれに追随するように二人も口にする。

 結果、二人は瞳を輝かせるという顕著な反応を見せることになった。

 アズルは真っ先に噛み砕いたせいで歯に詰まったらしく、悪戦苦闘している。



「これは美味しいですね、いつも口の中でころころさせていたい感じです」


「ええ、いい感じの甘さだわ」


「お気に召したようでなによりだ。ちなみに、大きさによっては何かの拍子に喉につまらせることになるから時と場合を考えて口に含まないといけないぞ」


「大丈夫よ、その時は身体を竜に戻せばいいんだから」



 ドラゴンが屋内で喉が詰まった場合の惨事が目に浮かぶようだった。

 しかし場が一度仕切り直されたことを悟ると、そのことに関して言及することなく黒耀は話を本筋へと戻す。



「ところで、さっきは慣習とか言っていたが、いきなりドラゴンと戦わせられる旅人なんて気の毒としか思えないぞ?」


「言ったでしょ、前座よ前座。例え若くてもドラゴンが本気なんて出したら地形が変わることがほとんどなんだから、里側は本気なんて出さないわよ。

 ある程度健闘したら尾を切って宴の肴にして、宴では旅人を酒漬けにする勢いで煽るのよ。

 大抵ドラゴンと戦った後は興奮状態だからどんどん飲むわね」



 言外に気の毒な旅人が目の前にいるぞと伝えるがそれは飴とポチを堪能している女性に一蹴され、同時に酒をかっ食らわせられることが判明する。

 無論黒耀は酒を持ってはいるが二十歳に到達してはいないため、実質一口二口ほどしか酒を飲んだことがない。

 故に酒に対する耐性がどれほどの物かは知らない。もしかしたらとんでもない酒乱であることもありえるが、彼は今回のことを良い機会だと思うことにした。


 酒に関しては空気を読んで飲まねばならない時が来るだろうし、この世界の文化レベルが低いということは同時に成人年齢も下がっている可能性がある。これは地球の「未成年だから飲めない」というやんわり拒絶発言は効力を有しないことだ。

 となれば、先に酒を飲んだ際の自分の行動というものを知っておいて損は無い。

 記憶が飛ぶタイプか、飛ばないタイプか。

 酔うと吐くタイプか、吐かないタイプか。

 飲むと眠るタイプか、眠らないタイプか。

 そもそも酒に強いか弱いかを知るにも都合が良い。酒に弱く、倒れたとしても村人がいるため世話をしてもらえるため気兼ね無く酒を飲める。

 竜が酔った相手の身ぐるみを剥ぐようなことはしない、という仮定で成り立つ信頼には違いないが。



「そうか……だがアズル、アンタはいいのか? 俺と戦えばほぼ必然的に尾を切られるんだろ?」


「ん? まぁそうだが、別に構わん。痛覚を遮断するなど容易であるし、尾も次の朝には生え変わっているだろう」



 黒耀のドラゴン関連知識に新たに加わる痛覚制御と再生能力。

 まだ再生能力であればプラナリアなど再生する生物のことを知っている為に理解しやすいが、痛覚の制御などどうすればいいのか見当もつかない。

 そんな存在と戦えとは異世界初心者になんたる仕打ちかと思えるが、正直な所黒耀に不満は無かった。


 本格的に彼の中でのドラゴンという存在が規格外染みてきはしたものの、つまりは地球では出せなかった渾身の本気という物を出しても問題は無いということでもある。

 自身の実力を全ては知らない黒耀にとって、飲酒と同じく己の限界という物を知る良い機会だった。

 そこでふと先程までの会話の中にあった〝上位種〟という単語のことを思い出した黒耀は、それを発言した少女へと問いを向ける。



「そういえば竜種の上位種というのはなんなんだ? 下位種でもいるのか?」


「ええ、いますよ? 彼らは喋れませんし身体も小さく、知能も獣並です。

 (わたくし)達は彼らを下位種と呼んでいますが、外の人々はワイバーンと呼称しています。

 区別の仕方は単純に〝黄金の瞳〟を持っているかどうか、という簡単な物でいいですよ。持っている個体を(わたくし)達は上位種と呼んでいます。

 下位種から上位種になる、またはその反対は有り得ません。上位種から下位種が、下位種から上位種が生まれることもありません。

 彼らは一度に数個の卵を産む上に適応能力が高いので思っていなかった場所に大量発生することがありますから、クヨウさんが旅をする最中は気をつけた方がいいかもしれませんね」


「ワイバーンか……分かった、覚えておく。ところで、さっきからずっと疑問に思っていたんだが……ドラゴンの肉って美味いのか?」


「最高級のお肉の一つです、宴の主菜にはおあつらえむきと言っても過言じゃありません」


「ワイバーンは?」


「ドラゴンよりは落ちますけど、美味しいですね」



 この世界の蜥蜴近縁は美味いんだろうか、という失礼な疑問を抱きつつ黒耀はワイバーンと遭遇し襲撃してきた際は出来る限り狩ることに決める。

 食おうとしてきたのだから食べてもいいだろう、という解釈である。文句を言わせる気は毛頭無かった。

 そもそも美味い食べ物が相手から訪れるのだから、手に入れるに越したことはない。


 ちなみに、ドラゴンとワイバーンの味を言う際の少女の瞳が爛々と輝いていたのを見て竜種が共食いを気にしないことは自ずと悟っていた。

 というか自分がドラゴンの肉を食べたいがために主菜にドラゴンの肉を選んでいるのではないか、という疑惑が浮上したが決して口には出さない。

 なんとなく自分が黒紫の巨大な龍に飲まれる図が想像出来たためだ。



「今失礼なことを考えませんでしたか?」


「食い意地が張っているという事実をきちんと受け止めなさい」


「何故(わたくし)は説教を受けているんでしょうか。後食い意地なんて張ってませんもん」



 ぶぅ、と子供らしく頬を膨らませる一万以上歳。

 年齢を無視すれば和めることに気づいて心中で和む黒耀。

 年甲斐無く何をやっているのかと少女を見るアビアとアズル。



「今度は橙色をやろう」


「あ、色で味が違うんですね。これも美味しいです」



 また飴を献上され笑顔で舐め始める一万以上歳。

 何処が食い意地張っていないのか不思議そうに見る黒耀。

 自分達には飴をくれないのかとそわそわするアビアとアズル。

 異世界仙人は着実に竜を餌付けしていた。



「さて……そろそろ案内をしてもらおうか」


「「え?」」


「え?」



 一応良いタイミングだと判断してそう言った黒耀だったが、それに対する対応が噛み合わなかった。

「飴は?」という意味でアビアとアズルが、「案内無し?」という意味で黒耀が首を傾げたため、その場に妙な空気が流れだす。

 食欲の業故に彼らの間で確実なすれ違いが起きる中、黒耀は確認のためにアズルへと問いかける。



「案内をする前に長老に会う……という話だったよな?」


「……………そうだな、何かこういう物が見たいという希望はあるか、クヨウよ」


(溜める必要のある言葉だったか、今のは?)



 特にアズルが一度何かに気づいたかのようにほんの少しだけハッとした顔をしてすぐにキリッとした顔になったのが黒耀は気になった。

 しかしそれが案内と監視の役目を忘れていたために行った仕草だとは気づかない。

 そして問題が無いような態度を取るも実は心中で焦っていることにも気づかない。

 なおアビアは素知らぬ顔でポチを撫でており早々にアズルを見捨てていた。酷い。



「見たい物か……仔ドラゴンを見たい。愛でたい。撫で回したい」



 そして黒耀の欲求も振れない。揺るがぬ真摯な眼差しをアズルへ向け、素直な心中を吐露する。

 スケッチ時には結局触れておらず、それにより溜まっていた欲望をこの場で吐き出していた。

 我欲に燃えるその瞳は情熱と紛えやすく、その視線を受けたアズルは良い目をして何を言っているんだと反射的に言いたくなった。

 けれどそれをなんとか堪えた彼は、ゆっくりと、そして確実に黒耀へと無慈悲な言葉を言い放った。



「……言っておくが、我らの里にいる竜種の最も小さい仔はあの子ども達と遊んでいた仔だけだ」


「なん……だ、と……!?」


「それほどか!? 感情の起伏をあまり見せないお主が両膝を地に付かせる程のことか!?」



 黒耀は絶望の真実に直面した悲劇の主人公の顔で力無く膝を落とした。

 ぎりぎり、本当にぎりぎり両手をつけない程の力は残っていた。

 もし子ども達の中に居た子竜が居なければ、彼は四肢を大地に放り出していたに違いない。



「何故だ、何故俺にこのような残酷な現実を見せる……神か、あの毛玉のせいか……!!」



 その頃とある世界を覗いていた毛まみれの神は「ボク!? ボクのせい!? 出現場所初見殺し以外でランダム希望したの君だよね!? ね!?」と独りで叫び慄いていた。

 完全な腹立ち紛れの八つ当たりであり、実際には害を及ぼされることは無いことなど分かっている。

 だが黒耀の腰にある物騒な代物のせいで気が気ではなくしていた。

 ちなみに、黒耀は子竜に集られるのを夢見ていたのだが、敢え無く玉砕した。



「? クヨウさんは竜種の仔が見たかったんですか? 基本的に竜種の上位種は繁殖能力が低い上に一度に基本一個した卵を産みませんので、早めに番を見つけての長い人生でも四、五個産むくらいです。

 ですからあの仔の年頃に出会えたのは幸運と言っていいですし、そう嘆くことではないと思いますけど。

 卵も一年では孵りませんし」


「……そう、なのか?」


「そうですよ? (わたくし)としては、竜の里が作られた頃に子どもとしてやってきた方達には早めに仔を成して欲しいんですけどね。

 二千歳程の方達がすでに番を見つけ仔を成しているというのに、何故こうも奥手なのかと……相手はいると思うんですけど」



 「そのことをどう思いますか?」という問いと共に視線がアズル、アビアと順に向けられ、二人は視線を逸らす。

 思い切り期待する目をしていたが、それが何を期待しているのか、黒耀は分からないことにした。

 しばらく四人の中に無言が居座り、それはベルオターリアが小さな溜息と共に視線を逸らすまで去ることはなかった。



「……まぁ、それはいいです。

 ところでクヨウさん、この世界のことは何処まで知っているんですか?」


「……ほぼ知らないな。魔法があるくらいの情報しかない」



 場が切り替わったことを悟った黒耀は嘆くことを止め、立ち上がりながらベルオターリアの問いに答える。

 この男、絶望からの切り替えが早かった。

 だがさりげなくアビアからポチを受け取り、その背を撫でる手は今まで以上に優しげだった。



「そうですか。なら色々と知らなければならないことは多いですね。

 この世界の通貨のことや国のこと、情勢等も知っておいた方がいいでしょう。

 色々と後でどうにでもなると考えていると、痛い目を見ることになりますよ」



 子どもを窘めるようなベルオターリアの言葉に、黒耀はそれはそうだと頷く。

 ケパから説明を受けるのは拒否したが、それはこの世界のことはこの世界の中で知る方がいい、と考えたためだ。

 決して黒耀自身が情報は無駄だと考えているわけではない。

 むしろ情報を揃えることを是としていた。



「分かっている、情報は色々なことに使えるからな。

 礼儀云々は気にしないにしても、常識関連は覚えようと思っていた」


「国に関わるというのであれば礼儀は知っておいても損は無いと思いますけど?」


「俺は気の向くままに旅をする気でいるからな、一々国のゴタゴタに巻き込まれても面倒なことこの上ない。

 旅をするにしても、名が広まりそうな時には偽名を使って顔を隠すつもりだ」


「顔を隠す、ですか……それはどのようにする気なんですか?

 何かそれに適う仙術を使えるんですか?」


「いや、俺はその仙術とやらはまだ使えないし使えるかも分からないが、一応これがある」



 黒耀は自然な動作で胸の辺りに手を添え、軽くジャケットを押す。

 瞬間、ジャケットはその姿を大胆に変じさせた。



「……こんな感じだな」



 黒耀の声が変質し、少々低音下すると共にくぐもった物になっていた。

 集中しなければ彼の物とは分からない程度の変化。

 これだけならば聡い存在はすぐにでも気づきそうだが、見た目は一層様変わりしている。

 頭から足までを黒のローブで隠し、顔は陰となり見えるのは顔に張り付いた顔下半分の黒布のみ。

 そう、真っ黒照る照る坊主もとい、完全な不審者が出来上がっていた。



「完全に暗殺者ではないか!!」


「失敬な。ただ陰鬱とした空気を漂わせているだけだ」



 下された格好の評価が気に食わぬとでも言いたげに黒耀が己で評価を述べるが、多くの人間がアズルの評価の方を支持するだろう。

 少々顔を上げた際にフードの隙間から覗く鋭い紅の煌く眼光など恐怖をそそるに相応しく、暗闇の先で目にすれば背筋が寒くなるに違いない。

 決して日が落ちてからは近くに居て欲しいと思えない存在が顕現していた。

 闇夜に浮かぶ紅い眼光など子どもが見れば泣き叫ぶに値する。



「えっと……先程の感覚は魔力ではありませんから、それは宝貝ですか?」


「ああ、俺が〝霞衣(かい)〟と呼んでいる〝布〟の宝貝だ。

 好きな形に変わってくれる上に汚れを落としたいと思えば落としてくれて重宝している」



 何の気も無しに性能の一部を語る黒耀だったが、無論これはそれだけの代物ではない。

 そもそも汚れなど〝付かせない〟ことが出来るのだが、それは流石に傍目から見られていて違和感が生じると判断して付かせるように〝している〟のである。

 実を言えば今黒耀が着ている服の下着以外が霞衣で構成されており、ローブの下はハイネックのノースリーブシャツとズボンに差し替わっているが、何一つ見えはしなかった。

 なお、それらの全てが黒いのは任意である。決して仕様ではない。

 そしてポチは暗闇になったため眠りが深くなった。



「……(わたくし)、その材質を知っていると言ってしまったんですけど」


「別に間違いじゃないぞ? 質は元の世界の物と同一にしていたからな」


「ふぅん、それが宝貝ねぇ……というか、貴方どこまで黒い服が好きなの?

 それじゃ暗殺者と言われてもしょうがないと思うけど」


「色を選ぶのは面倒なんだ。黒が楽でいい」


「ああ、そこはずぼらな方なんですね」


「まぁな。そういえば、なんでアズルとかが着ている服は意匠がそっくりなんだ?

 一人ワンピースで年齢も見た目も違うのはいるが」


「さりげなく仲間外れ感を演出しないでください……それはですね、単純に昔の里の民の服装に影響されているんです」



 ベルオターリア曰く、竜の里を作った際に集めた人間達は竜種の上位種を崇めており、神のように扱っていたとのこと。

 それが影響して〝竜に選ばれた〟と勘違いした里の民達は、自分達は竜の神官であるとして神官のような服を作りそれを着ていたらしい。

 そしてその姿を幼い頃から見てきたアズル達は人化の際にはその頃の神官服に完全に影響された服になり、竜の仔らは里の民ではなく結局竜を見るため似たような服を着ているようだ。



「……その頃の長老も神官服だったのか?」


「いえ、(わたくし)は自由でしたよ?

 村娘風に貴族令嬢風、たまに神官服風、踊り子風の服も着たりしていましたね。

 ……まぁ結局の所、崇められるんですけどね」



 「人の意識を変えるのに百年以上費やしましたよ」と懐かしそうな顔をして語る少女。

 見た目からして精々が一年程前のことを思い出しているように見えるが、それが数千年前のことであることを見た目からどうして計り知れようか。

 存在が詐欺であると言ってよかった。



「服の意匠は何処の竜の里も大体同じです。

 一時期は年に何度も交流することがありましたけど、今では数年に一度という感じですかね」


「……何処の、ということは竜の里はアルゼルフ以外にもあるんだよな?」


「ええ、もちろんです。

 でもクヨウさんが行けるかどうかは……いえ、あの森を無傷で突破していますからそういう心配はいらなさそうですね。

 基本的に竜の里は秘境にありますから、何の情報も無しに見つけ出すのは結構難しいと思いますよ。

 アルゼルフはまだ見つけやすくて来やすい立地ですけどね」


「そうなのか?」


「そうですよ? 西の森の蜥蜴、北の山の狼、東の谷の鳥、南の湖の魚。

 平均して同一の戦闘力を有していますので一定上の力を持つ人であれば普通に来られる場所ですからね、ここは。

 良い移動手段や野宿道具が揃っていれば言う事なしですけど……クヨウさん、そういえば貴方はこの世界の広さも知らないんですよね?」


「まぁそうだな」


「……クヨウさんが来た世界の長さの単位は?」


「メートルだ」



 何を言う気なんだろうか、と首を傾げて黒耀は彼女の言葉を待つ。

 そもそも世界が異なるため単位を聞いても数字や概念が異なる場合がある。

 異界の住人であるロリコン仙人と硬派不良から聞いているのかもしれないが、彼らの居た世界と黒耀の居た世界が異なることもあるだろう。

 もちろん同じということもありえるため一概に否定する気は無いが、と考えた所で、彼女は徐に口を開き――



「ではあのお二人と同じ世界から来られたのかもしれませんね。

 ならば初めにクヨウさんには言っておこうと思います。

 この世界、というか星は円周で言えば五千万キロメートルとなっていて、貴方の星の常識は通用しない部分があると知っておいてください」


「……は?」



 黒耀の顔の角度を、さらに地面と平行に近くさせた。


 五千万キロメートル。

 竜の里が長老、ベルオターリアが言の葉として紡いだ距離。

 それは優に、太陽の円周の十倍を上回る物だった。

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