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天然仙人の気ままな異世界行脚  作者: ブルブルァ!!
5/7

とてもさりげなく

 仄かに流れる風は肌を優しく撫で、細やかな陽光は母の抱擁のように安らぐ暖かさをくれる。

 黒耀は今まで自覚してはいなかったものの、地球では秋であったのにこの世界では春の陽気さが世界を包んでいた。

 湿気も程よく、確かに昼寝日和と言える天候に違いない。異様にポチの眠る率が高い気がしていた彼は季節が変わった影響だったのか、と少女が気持ちよさそうに木陰で眠る目の前の光景を眺めながら考える。


 つまりは現実逃避である。



「クヨウ、何をぼうっとしている。もう一度言うが、これが我らの長老だ」


「やめろアズル、お前の悲しい妄想に俺を引きこもうとするな」


「妄言など一度も吐いておらぬわ馬鹿者」


「そうよアズル、自分の哀れでちんけな幻想を他に押し付けたらダメよ?」


「アビアよ、ここぞとばかりにクヨウの話に乗るな。話が進まんだろう」



 まったく此奴らは、とこめかみを押さえながらアズ竜改めアズルと呼ばれることになった彼は小さくため息を吐く。それには負うことを一切予想していなかった疲労と苦労が入り交じっていた。

 現在、彼らが舞い降りた村の端から歩いても二十分ほどで着くはずの場所にあるこの樹の下に辿り着くまで、優に一時間以上の時間が経過している。

 その原因は多々あるが、例として挙げるならば、アビアと黒耀によるアズルに対する的確な弄り、子供達と遊ぶ体長四十センチ程の子竜を見てその場から動こうとしない黒耀、何処からともなくスケッチブックと木炭を取り出して子竜の様々なアングルの高速スケッチを書き上げる黒耀(無論その間動かない)、アビアにねだられポチの寝姿もスケッチし渡す黒耀(絶対にその場から動こうとしない二人)、見慣れない人物が絵を描いているのを見て近寄ってきた子供達が自分達の絵をねだり全て描き上げる黒耀(誘導を諦め、疲れを癒すように子竜を抱くアズル)等だろう。

 子竜を見た時点で己が道を行き始めた黒耀を、アズルが止めることが出来なかったが故の現状であった。無理に動かして黒耀の機嫌を損ねたら料理(キーカード)が食べられないという危惧があったかどうかは彼しか知らない。


 なお黒耀に触発されてか、二人は呼びやすいということでアズル、アビアと呼び合うことになり、アズルはともかくアビアはどことなくテンションが上がってアズルをからかうことが多くなったことも時間がかかった要因の一つだろう。



「だがアズル、俺にはこんな幼い少女が長老などと言われても納得出来ないんだが」


「仕方がないだろう、竜の人化した姿は各々で決まっているのだ。長老の人化した姿はその年端もいかない人間の物から何千年経とうと変わらん」


「は? 何千年? この子何歳なんだ? というか、それだとアンタらは何歳になるんだ?」


「長老の年? ……ふむ、我よりはるか昔に生まれたことしか知らんのでな、詳しくは知らんが……一先ず万を超えておろう。

 我は五千程で、アビアは五千に届かぬくらいであろうな」


「そうね、それくらいだと思うわアズルお兄ちゃん」


「誰がお主の兄か、誰が」



 会話を続ける二人を他所に、黒耀は本格的に己の異世界における常識の無さに苦笑を浮かべる。

 目の前の二人の見た目は二十前後、木陰で眠る少女は十前後。普通の人間がこの三人を見て五千歳を超えている、もしくはそれに近いなど誰が思うだろう。

 しかも少女の方が大人の見た目の彼らの二倍、もしくはそれ以上を生きているのだから不条理としか言い様が無い。何にしても桁が違いすぎた。

 皺の無い若々しい肌。艶があり枝毛や癖など有りそうもない髪。種類は異なれど誰もが認める美貌。

 それが何千年経とうと変わらないとは、若作りに勤しむ人々に喧嘩を売っているに違いない。



(人間基準で考えたら駄目ということか、流石ドラゴンだ。……いやまぁ俺も正確には人間じゃないらしいが。

 しかし、あれが長老……見えないな、全然)



 後二、三歩歩けば傍まで近づける距離にいる少女は黒耀達がいくら喋っていようと一切目覚める様子が無く、ただの子どもにしか見えない。

 ただし、子どもの前に容姿端麗な、という前置詞が付くが。


 服装は神官服のようなゆったりとした物で統一されているのかと思いきや白のワンピースを身につけており、麦わら帽子を胸の前で抱きしめながら瞼を降ろしている。おそらく今まで見てきた全ての竜が持つ金色の瞳が瞼の下に隠されているのだろう。

 丸い輪郭は子供らしさを際立たせるも目鼻立ちは整い、笑顔がとても可憐であることを予想させる面立ちをしていた。健やかに育てば見目麗しい娘に育つことが難なく想像出来る程である。

 しかし、話によればそれは訪れることの無い未来であるようで、それは少々残念な話に違いない。薄着故に分かることだが、黒耀の眺める限り現時点でも〝くびれ〟が有るように窺えるため、容姿と相まって好事家には人気が出そうだが。



「ああ、お主はまだ近づかぬ方が良いな。寝ぼけて噛まれるのは嫌であろう?」


「アズル、アンタは俺にあの子が長老だと信じさせる気はあるのか?」



 寝ぼけて噛んでくる少女。このフレーズだけを聞いてその少女が長老などと信じることが出来る人間は稀有だろう。

 しかし、すぐにそういえば美味そうな匂いが体からするという話を思い出し、それが原因かと思い至ったところで、ふと何かが引っかかった感覚を黒耀は覚えた。



(美味そうな匂いに、寝ぼけて噛む? そういえば何処かで似たようなことがあったような……)



 妙な繋がりを感じたワードに対し、黒耀は自分が噛まれる方面の記憶を洗い出していく。

 母親? 否、汗の染み付いた衣服を嬉々として嗅がれることはあっても美味そうな匂いとは一言も言わなかった。

 父親? 気色悪い。

 住職? 恐らく嗅いだ事が無い。恐らく。

 身近な人物から順に記憶を巡らせていき、該当部分を探していく。

 そして辿り着き、思い出した。



『ん~、なんでこんなに〝甘い〟の? くーちゃんお姉ちゃん誘ってる? しょうがないなぁ、じゃあお互いに初めてを交換きゃふっ』



 そしてすぐに悪い思い出だったと記憶を殴り飛ばす。

 しかしそれではダメだとは自覚しているため、黒耀は感情を切り捨てて事実のみを記憶から採取する。

 中学に上がるか上がらないかという年齢時に高校生の従姉妹に夜中押し倒されたという事実はいらない。けれど何かを察知して助けに来た母親には遅まきながらに黒耀は感謝をしつつ、別のことに思考を促す。


 〝甘い〟という表現は味ではなく匂いであり、それを何度も何度も何度も何度も何度も言われ続けたことは黒耀の記憶にも残っている。しかしそこまで思い出したいことではないため記憶の片隅のゴミ箱に投げ捨てていた。

 そしてその中から記憶を拾い上げる際、一緒に匂いを頼りにして追いかけてくる恐……もとい従姉妹から〝隠れきった記憶〟もついてきた。



(なるほど。いつもは気にしていないし、あの人から逃げる時以外は〝垂れ流し〟だから忘れていたな。だが美味いと甘いは別物なんだが……まぁ物は試しだ)


「ん?」


「あら?」



 アズルとアビアから何かに気づいたような二様の声が上がり、黒耀はその反応から自分の試行が何らかの結果を成したことを察する。



「どうだ? 匂いは消えたか?」


「……ああ、消えたな」


「妙な気配も消えたわね……いえ、消えたというより自然に溶け込んだ、と言った方がいいのかしら?」



 一体何をしたのか、と聞きたげな視線が黒耀に集められるが気にするなという意味を込めてぞんざいに胸の前で手を振る。


 黒耀が行ったこと。それは彼にとっては造作も無いことだったが、紛れもない、常人には出来ない一つの技術だった。

 精神統一と運動時に行ってきた仙気の操作。そして見つかる訳にはいかないかくれんぼという名の仙気を体に全て閉じ込め周囲の雰囲気と同化させる隠形訓練。

 これらの行為を十年以上繰り返すことで、体内の仙気を操作することに関する黒耀の技術は長い修練を積むことで仙人となった者達と同等以上の物となっており、彼はその技術で仙気を体内に隠した。


 元来、数十年の修行の果てに仙気を宿した仙人と幾つかの修練を積んできたとはいえ十数年の人生しか経験していない黒耀が同等の操作技術を持つことは無い。

 では何故同等なのか、という問いには前提条件が違うため、と答えよう。

 黒耀は潜在的に本来人間の子として持つことはない仙気を多大に有しており、その時点で大きなアドバンテージを持つ。

 生まれてから数年間はそれを鍛えることは無かったが、太極帳からポチを開放するという命を賭けた〝荒行〟は黒耀に仙気という力が体内にあることを完全に認識させるに至った。

 仙気を持つようになること。そしてその仙気を認識すること。

 この二つを成すために仙人という存在は黒耀の人生以上の年月を修行に費やす必要があり、それを偶然にも手に入れることになった彼が残りの年月で精神統一や運動中の仙気操作や恐怖を火種にした死に物狂いの隠形訓練により、技術をも手に入れたのである。


 なお、黒耀はこの仙気のことをケパによって修正されるまでは中国拳法でいう気のような物だと思っていたが、扱いは類似していても質は圧倒的に隔絶されている代物である。

 気は人間にとっての生命エネルギーが変質した物、もしくは抽出物であり、仙気は仙人にとっての生命エネルギーそのもの。

 気が大量にあろうとも物を食べねば生きていけない人間と仙気が大量にあれば生きていく上で摂食行動が必要無い仙人。

 このような言い方をすれば仙気の方が特別と思えるだろう。実際、人間でも仙気を持つことが出来れば物を食べなくともいいのだが、仙気は仙人しか持ち得ない物であるため特別以外の何物でもない。


 まぁしかし、いずれにせよ原因が仙気という勘が確信に代わり、これからは出来る限り隠していく方針を黒耀は決める。



(ん? となると、昨日と今日の蜥蜴達は俺の匂いに釣られたのか? まぁ全部食材やらに使うから、無駄な殺しにする気は毛頭無いが……何分、量が多いんだよなぁ)



 匂いに関して一段落付いた所で、黒耀は異世界に来てからの睡眠時間を抜いた今日までの一種の〝殺戮(狩り)〟に思いを馳せる。

 昨日から今日まで襲いかかってきた蜥蜴達は〝数百体〟。もしかすれば四桁に及ぶかもしれない獲物は、一人でどうにかするには量が多すぎた。

 料理の研究は母親に仕込まれているために苦でもなく、〝太極帳を介せば何十倍何百倍もの効率を見せる〟ものの、正直毎日食べると飽きることが明白だった。

 美味いは美味い。が、続けて口にするには限度がある美味さ。それが蜥蜴に対する黒耀の評価である。



「……お主、本当に何なのだ? 冒険者か旅人にしては明らかに身なりがそれではない上に、その隠形は暗殺者の(たぐい)にも勝るぞ。

 もしや本物の暗殺者か?」


「そんなどうでもいいことは置いておいてだな。アズル、一ついいか?」


「我らとしては暗殺者を里の中に入れておきたくは無いため重要なのだが、あえて置いておこう。なんだ?」


「いや、置いちゃダメじゃない」



 アビアのツッコミと黒耀の身分は他所に、二人は話を続ける。



「この里は宴や祭り関係の行事はあるのか? するのであれば何時だ?」


「宴? そんなものはしようと思えば何時でも出来るが……そうさな、基本春の始めと秋の終わりに竜も住民も含めて、基本馬鹿騒ぎよ」


「そうか。じゃあ大量の蜥蜴を提供するから盛大な肉祭りをしないか? 幾つかは珍しい酒も提供しよう。なんなら果物も出せるぞ」


「いいですね、それ」


「確かに酒もあるのは良いが、お主に何の益がある? 肉も酒も果物も出す。お主には損が大きいと思うが」


「細かいことは言わずとも良いと思いますが? (わたくし)は美味しい物が食べられれば幸せです。ついでに甘い物もあれば食べたいですね」


「そうねぇ、美味しい物を一杯食べられるのはいいことね」


「いや、お主らは何を気軽なことを……」


「いいのよ、気重なことはアズルがやれば」


「アズル? アンズォルゲアのことですか? いいですね、その呼び方。では(わたくし)もアズルと呼びますね。ついでに(わたくし)の分の気重なこともアズルに丸投げしますね」


「長老よ、無責任なことは言うな」


「あら、半ば副長老のような物じゃない、貴方」


「だからと言って責任の丸投げなど許しはせん……クヨウ、さっきからお主は喋っておらんが、どうした?」



 話を持ちかけてきた黒耀の様子が先程までと変わっていることに気づいたアズルは問いかけ、〝三人〟の視線が彼に集まる。

 その様子を眺めた彼はただ苦笑し、目線を大分下に下げながらゆっくりと口を開く。



「いや……あまりにも自然に話に入ってきて、アンタらが一向に気づかないのが面白くてな」


「そうですね、修行が足りませんよねぇ。久しぶりにお相手しましょうか? アズル? ネルキュアビア?」


「「……………」」



 黒耀の視線の先にいる少女を目にし、二人は見事に動きを止める。

 それとは対照的に、少女は可憐な微笑みを浮かべて被っていた麦わら帽子の縁を右手で掴み、左手でワンピースのスカートを摘んで僅かに上げ、黒耀へと軽く頭を下げた。



「はじめまして、竜の里アルゼルフの里長をしておりますベルオターリアと申します。

 出来ることなら貴方の名前を聞かせてもらってもいいでしょうか?」



 頭を上げた少女は細めた金色の瞳を黒耀の紅の瞳へと向ける。

 黒耀は静かに視線をぶつけ合い、決して逸らしはしない。されど心中で大いに警告音が鳴り響き、背筋を冷たい物が這っていく。

 敵対してはならない。

 黒耀が今までの人生で初めて覚えたその感覚は彼へ絶え間なく緊張を与える。

 昼寝をしていた少女はまさに〝寝ていた〟のだと彼は確信する。

 彼女はただただ無邪気な微笑みを浮かべながら静かに口を開く――




「――教えてもらえないのであれば、異界の仙人さんとお呼びしますけど?」



 その声音には、一切の疑念も含まれていなかった。


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