表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

証人尋問

 翌日の放課後。俺達はいつもと同じように入廷し、いつもと同じように着席し、いつもと同じように開廷した。

 いつもと違うのは、法廷の真ん中、裁判長の目の前の椅子に、ひとりの女子生徒が座っているということ。その子は、原告である山本さんでもなく、被告である田中さんでもない。

 今回、弁護部が当時のことを法廷で話してくれないかとお願いした、証人である鈴木さんだ。

 その鈴木さんは緊張した面持ちで立ち上がる。法廷内で喋っている人間はただの一人もいない。誰かが咳払いをすれば、その音だけが響く。呼吸することすら躊躇われるほどの静寂だ。


「宣誓。良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、また、何事も付けくわえないことを誓います」


 それだけを言って着席する。彼女の手には、一枚の紙。そこに今彼女が言った文言が書かれており、その下に、彼女のフルネームのサインと捺印が押されていた。


「ではまず、私から質問させていただきます」


 俺はようやく立ち上がり、座っている鈴木さんの傍に寄る。


「先程裁判長が言われたように、この場で事実と異なる証言をした場合は、偽証の罪に問われる可能性があるので気をつけてください。ああ、ちなみに偽証の罪とは、宣誓した証人が虚偽の陳述をするということです。罰として、三日以上十カ月以下の便所掃除が待っていますので」

「……はい」


 脅すつもりは毛頭ない。これは純然たる事実だからだ。ここは誰かを疑う場ではなく、真実を追求する場。嘘が無い、というのが前提に置かれている。


「さて、鈴木さんは原告である山本さんや被告である田中さんとはどのようなご関係ですか?」

「友人です。みんな同じクラスで、よくご飯を一緒に食べる仲です」

「今回、この事案が発生したのは確か昼食をみんなで一緒に食べている時、でしたよね。その時の様子をお教え願いますか?」

「はい、田中さん、山本さん、佐藤さん、そして私の四人で昼食をとっていました。山本さんは休日に見た映画の話を興奮した様子で話していたのを覚えています」

「どのような内容ですか?」

「あまり理解できませんでしたが、とにかく感動したと」


 淀みのない質疑応答。それは当然だ。なにしろ鈴木さんに対し、どのような質問をするかということを伝えてあるし、その答えもすでに知っている。この場に置いての質問の意味は、矛盾点などを追及するのではなく、その当時なにがあったのかを詳細話してもらうことにある。

 その中で、原告に有利になるような質問を取捨選択して行い、解答を得るという作業である。

 また、証人は事実しか言ってはならないし、こちらも事実しか言わせてはならない。さっき言った通り、偽証に問われてしまっては本末転倒も甚だしい。だからこそ、証人には事実のみを言ってもらい、こちら側が原告に有利になるような解答を得る必要があるのだ。


「まあそうですよね。実際私も今回問題になっている映画をわざわざ映画館に見に行きましたが、とても感動する内容でしたし、泣いているお客さんもいました」


 そう、わざわざ見に行ったのだ。たいして興味もない映画を休日に井上と二人で。もちろん部費から落ちることはない。


「今回問題になっている映画は『全米が泣いた』と謳われるほどに感動するものであり、世界中の人々を感動の渦に巻き込んだとも言えます。普通の感性の持ち主ならば感動するわけですが――山本さんが感動したと興奮気味に話していた時に、田中さんはどのような反応を示しましたか?」


 そう聞くと、少し考える仕草をして、


「そうですね……。『あんなので感動するの?』と言ったのを覚えています。その後に『どこで感動するの』と山本さんに対して聞いていました」

「その発言を受けた山本さんはどのような反応を?」

「感動する場面の説明をしていました。というか、最初から説明しないと感動の度合いが伝わらないとか言って、映画の最初の場面から話し始めました」

「最初からですか。大変ですね」

「はい、私と佐藤さんは映画を見ていませんでしたので、私達に説明するという意味も込めていたのだと思います」

「でもそれは昼休憩の出来事ですよね。時間が足らなかったんじゃないんですか?」

「そうですね。五分くらい説明していたと思いますが、詳しく説明したいという想いが先にきすぎていて、感動の場面までは到底辿りつけないと感じていました」

「そしてどうなりましたか?」

「痺れを切らした田中さんが、山本さんの説明を遮って、おそらく映画の矛盾点や実際には映画でしかあり得ないであろう場面を指摘するなど、映画を酷評し出しました。それに怒った山本さんは『全米が泣いたんだから!』と大きな声で映画を擁護しました」

「ほう……!」


 と、俺は重要なことを今言った、という風にみんなに映るように感嘆の声をあげる。


「ということは、もしかしたらクラス中の視線が集まったのではないのですか?」

「はい。集まりました」

「そのクラス中の視線が集まった状態で、どうなりましたか?」

「田中さんが山本さんに対して、まるで感動したことを小馬鹿にするように、『全米って割と簡単に泣くよね』と言いました」

「なるほど……。つまり田中さんは、クラス中の視線が集まった中で、山本さんを辱めたわけですね。分かりました、質問を終わります」


 言い終わり、俺は自らの席に着く。

 こちらの尋問はなにひとつ問題なく終わった。鈴木さんは予定していた通りの解答をしてくれたし、弁護部としてなにを裁判長に伝えたかったということも伝えられた。

 たまに、こちらが弁護している人が有利になるように、話を土壇場で脚色して話す人がいるのだが、こういうことをされてしまうと計算が成り立たない上に、検察部に矛盾を指摘されかねない。こと法廷において、矛盾を指摘されてしまうことは、敗北へと繋がってしまうほどに、強烈な印象を裁判長に与えることが出来るのだ。だからこそ、今の鈴木さんの冷静で丁寧な対応は素晴らしかった。


「続いて検察部、質問を」

「はい」


 検察部エースの岡崎が短く返事をして立ち上がると、法廷内に緊張が走るのを感じた。

 傍聴している人は皆分かっている。弁護部が用意した証人に対して弁護部が質問する場合は、何を質問されるか分かっているが、検察部が質問する内容は知らされていない。ここからが証人の正念場だ。


「こんにちは、検察部の岡崎です。それでは質問させていただきますね」


 軽く笑って、丁寧に挨拶をする岡崎。果たして、あちら側のエースはなにを思ってそんなことをしているのだろうか。なにか考えがあってのことだとは思うが、その程度で状況を検察部有利に運ぶことはできない。また、もし考えもなくただ単に礼義的にやっているのだとすれば、それはそれで理解できない。ここは全てが形式に則って動いている場所。礼儀など、入る隙間はどこにもない。


「まず最初に、田中さん山本さん鈴木さん佐藤さんの四人が同じクラスであるということは分かりましたが、鈴木さんと山本さんとの関係をお聞きしたいと思います。はい、もしくはいいえ、でお答えください」

「はい」


 座ったままちらりと岡崎を見やる鈴木さん。


「鈴木さんと山本さんは高校で知り合ったのでしょうか?」

「いいえ」

「では、中学で知り合ったのですか?」

「いいえ」

「では小学校ですか」

「……はい」

「ふーむ……。それはつまり、山本さんと鈴木さんの付き合いはとても長いというわけですね。私にもそういった友人がいますが、いつも助けてもらっています。例えば――そう、庇ってもらったりとか」


 それを聞いた鈴木さんは、むっとした表情で岡崎を見上げる。なにかを言いたげな顔をしているが、すぐにどうせなにを言っても無駄だろう、という表情に変わり、相槌を打つこともせずに前を見る。こういったドライなところが鈴木さんの特徴だ。証人には持ってこいの人選であったと、自分で自分を褒めたいくらいだ。


「それでは続いて質問させていただきます。先程鈴木さんは、田中さんが山本さんをまるで小馬鹿にするように『全米って割と簡単に泣くよね』と仰いましたが、残念ながら私には理解できませんでした。『全米って割と簡単に泣くよね』という発言は、単なる感想であると私は思ったのですが、どこがどう、山本さんを小馬鹿にした発言なのでしょうか。お答えください」

「…………」

「どうしました?」


 鈴木さんはなかなか答えない。じっと俯いたまま、熟考している。

 それを岡崎は暫し、なにも言わずに待っている。そして、ようやく顔を上げる鈴木さん。


「発言内容というよりも、態度や言い方が小馬鹿にしているような印象を受けました」

「どのように?」

「覚えていません」

「覚えていない……?」

「はい」


 困惑する岡崎に対し律義に、はいと返事をする鈴木さんは、どこか開き直っているような感じだ。


「覚えていないのに、小馬鹿にしたと?」

「そういう印象を受けた、ということでしかありませんから、どのようにと問われましても、答えることはできません」

「そんなことが通るとでも?」

「知りません」

「…………」


 ぷい、と顔を逸らしながら言う鈴木さん。

 うわ……。俺が質問する時にあんな態度の証人は嫌だなあ、という典型だ。原告有利の発言をするわけでもなく、覚えていない部分を思い出そうとするわけでもなく、なお且つ微妙に反抗的。やりづらいことこの上ない。


「……質問を終わります」


 特にもう聞くことはないのか、あっさりと席に着く岡崎。まあ俺でもそうするだろう。なにしろ、これ以上突っ込んだ質問をしたところで、おそらく覚えていないの一点張りだからだ。

 今回の事案が発生したのは今から一週間程前のこと。裁判になるくらいのことだから覚えているのが普通、というわけにもいかない。事の大小に関わらず、原告が訴えたいと思わないと裁判にならないのと同じで、訴える必要はないと思ったのならば裁判にはならない。要は、同じような境遇にあったとしても、訴えたいと思う人間と訴える必要がないと思う人間がいるということ。なにを許せて、なにを許せないのかということは、人それぞれにあるのだ。当時のことに関して言えば、鈴木さんにとっては単なる日常のひとこま、友達同士のちょっとしたじゃれあいとしか、捉えていなかったという訳だ。


「弁護部側の証人、席へ戻りなさい。次に検察部側の証人尋問を行います。検察部側の証人、前へ」


 裁判長の指示した通り、鈴木さんはしゃきっとした態度で証人用の席に戻り、それに続いて検察部が用意した証人が前へと出る。

 そして鈴木さんと同様に宣誓を済ませ、着席した。

 今回検察部が用意した証人の名前は遠藤くん。山本さんたちと同じクラスの男子生徒だ。


「検察部、質問を」

「はい」


 質問の順番は、証人を用意した順だ。ちなみに今回は証人が一人ずつだが、基本的には何人でも構わない。そして質問する人間だが、弁護部検察部の代表として裁判に出ている人間ならば誰でも可能。つまり質問する権利は俺だけではなく井上にもあるということ。さらに必要があるのであれば、裁判長が直接質問することもできる。


「それでは遠藤君に対して質問させていただきます。遠藤君は山本さんおよび田中さんと同じクラスで、当時教室に居たというわけですが、どのような会話をしていたか覚えていますか?」

「は、はい。確か映画の話で盛り上がっているのを少しだけ聞きました。ただ、内容は詳しく知りません」


 おどおどとした態度。あきらかに緊張が見てとれる。


「山本さんおよび田中さんに対し、遠藤君はどのような印象を持ちましたか?」

「……山本さんが中心となって映画の話をしていたと記憶しています。田中さんは……、その話を黙って聞いていました」

「なるほど。では次に、田中さんが『全米って割と簡単に泣くよね』と言った場面についてお聞きしますが、その発言は聞かれましたか?」

「はい……。田中さんがそう言ったのを聞きましたし、その後に山本さんが大きな声で『全米が泣いたんだから』と言いました」

「その時遠藤君はどう思いましたか?」

「なにをそんなに大きな声を出しているんだろう、と感じました」

「つまり――遠藤君は、田中さんが山本さんを小馬鹿にしたという風には映らなかったわけですか」

「はい。誰がどう聞いても、小馬鹿にはしていなかったと思います」


 それを聞き届けた岡崎は裁判長の方を向く。


「以上で質問を終わります」

「ふむ、続いて弁護部。質問を」


 俺はひとつ息を吐いて立ち上がり、座っている遠藤君の横に立つ。

 さあ――ここからが本番だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ