罪の名前
「猫柳君なんかっ・・・・猫耳なんか・・大、大、大嫌いっっ ! ! 」
自分の口から耳障りの悪い音が出てから、はっとした。
この国の王子だという人に言って良い内容じゃない。周りを見ると、控えている兵士達の顔色が皆一様に渋く青い。
それはそうだろう。自分たちが仕えている貴人に向かって暴言を吐き、耳猫族のアイデンティティーである耳を嫌いだとのたまったのだ。
――――い、言い過ぎたかな・・・・。
何と無く猫柳君の方が見られない。で、でも、本当のことだもん。私は悪くない・・よね ?
日が傾き、かなり暗くなった森の中は微妙な空気が漂っていた。
冷やりとした夜の気配が森の奥からじわり、じわりと迫ってきている。虫の羽音、動物の鳴き声が不気味に響く。
その微妙な空間で唯一人、場違いな笑顔の猫島が無言で立ち尽くす猫柳の肩をポンと叩く。
「はははっ、振られてしまいましたね。でも、しょうがないですよ、なにぶん住む世界が違いますし。さぁ、その話は一旦おいて置いて、暗くなる前にアルゴルへ向かいましょう」
「そうだなしょうがない。前々からネズ子は猫が嫌いだと言っていた」
「ええ、諦めが肝心です」
「いや ? 何を諦める事がある ? 私はどんな戦況でも諦めたりはしない。だいたい、ネズ子の猫嫌いについては手を打ってあるのだ」
ショックを受けた様子も無く、かといって怒った様子も無く、何故か彼は闘志に燃えていた。
それを見たすず子は、呆れながらもホッとしていた。
自分の言動が誰かに影響を及ぼすのは何処か落ち着かない。それが不の感情なら、尚更だ。
「・・・・・・・本当に、しつっこいですね」
苦々しく口元を笑みの形に歪める猫島。
「世の中には諦めて良い事と、悪い事がある。これは諦めてはいけない部類だ。私が私で無くなってしまう」
何を諦めるって言うの ? 私を猫好きにするって言う事 ? そんな事の為に、ここまでするの ?
・・・・・馬鹿。なの ? 思わず頭の中身を疑ってしまった。前々から何を考えているのか分からない人だったけど、こうして正体を知った今も、さして前と変わらない。
猫島と話をしていた猫柳がすず子の方に向き直り、視線を合わせて口を開く。
森の入り口から傾きかけた夕日が差し込み猫柳が茜色の中に浮かぶ。逆光の中、それはとても神々しくすず子の目に映った。
強い意志を感じる目。
いったい何が彼をそこまでさせるのか。
「ネズ子。先ずは私の用意した物を見てくれ」
おもむろに例の不思議ポケットが有る辺りから、ずずっーーと「用意した物」を取り出す。
薄茶色のそれは、垂れ耳の付いたカチューシャ。
「良く見ていろ・・・・・・」
「 ! ! 」
彼がソレを自身の形の良い頭に装着すると、何と猫耳の方だけが揺らめき掻き消えた。
薄茶色の彼の髪と良く似た色の垂れた耳。
「まっ、まさかっ ! 犬っ・・・・犬耳っっ ! ! 」
「そうだ ! そのまさかだ。これは(卑しい)犬耳シリーズ:ラブ式零参 ! 耳猫族で有りながら(糞卑しい)犬耳になれると言う屈辱的魔道具。開発に72時間掛かった。ちなみにその間、寝ていない」
参 ? じゃあ壱と弐はどこに行ったのか ? と言う事は置いておいて、良く見れば彼の目は充血していて赤い。
犬耳カチューシャの為に三日徹夜 ? すず子は頭痛がしてきた頭に手をあてる。
この生まれながらの黒い場所など何処にも無い様な王子を可笑しな凶行に走らせるのは一体何なのか ?
「殿下、三日も徹夜したんですか ? 毎日節電を御願いしているではありませんか。唯でさえ電気料が値上がりしていて大変ですのに。それと、その変な物は早々にお取り下さい。皆に示しが付きません。大変な事になりますよ ? 」
最初は口煩い母親の様に、後の方は王子付きの従者の顔で言う。
すず子達を取り巻く兵士達は皆、顔色が青を通り越して白くなってしまっている。中には、口をぽかんと開けている者もいた。
それはそうだろう。耳猫族の王子殿下が頭から犬耳を生やしているのだ。彼らの口ぶりから察するに犬は嫌悪の対象らしいし。
――――まずい ! コレは不味い。わ、私でも分かるよ ! ?
「猫島君の言う通りだよ。外した方がいいよ・・・・まずいって・・・」
周りの兵士さん達の様子が気になる。
「いや、外さん。まずはこの国に、そして私に慣れて貰う。これを外すのはそれからだ。・・・・少しずつで良い、ネズ子。私は何時までも待つから・・・・」
まるでこの場にすず子と自分しか居ない様に振舞う。戸惑う兵達や、いさめる従者の存在など頭に入っていない。
この時、猫柳は一国の古き血を継ぐ王子でもプライドの高い騎士でもなく、同じクラスの隣の席に座る女子に恋する唯の男子高校生だった。(頭に何か付いてはいるが。)
すず子がもう少し自分に自信を持っていたのなら、その縋る様な瞳に恋情の色を見い出せていたかもしれない。
しかし、今の彼女は自信も恋に関するスキルも足りていず猫柳の真意を推し量る事が出来なかった。
力不足の結果、その場の上辺だけを見るしかなく戸惑いばかり大きくなっていく。
――――私を猫好きにしたい筈なのに、どうして犬耳を ?
戸惑うすず子。
――――お前に好かれる為なら糞卑しい犬耳を付ける事など雑作もない。
諦めない猫柳。
食い違う二人の真意がお互いに伝わる前に、厳しいが抑揚の無い声が闇の迫る森にこだます。
その声はすず子の戸惑いも揺るがす驚きの内容を紡いだ。
「兵よ。ヤナギ‐アルトレオ殿下を拘束せよ。これは陛下の勅命である」
「なっなんと ! しかしながらっっ 」
「拘束っ ? 殿下を、でありますかっ」
どよめきの上がる兵士達。
困惑の大きさが、事の異常性をすず子にも知らしめた。
「速くせよ。この勅書が見えぬのか」
取り出したるは王、自らが認めた直筆の書。すなわち王命の書。
公式の時にのみ使われる羊の皮をなめした羊皮紙を掲げ、けっして大きくは無いが有無を言わせぬ声色で辺りにはべる兵士達を追い立てる。
「拘束せよ。罪状は不敬罪。我が国、我が王に、我が民族。それらに対する不敬の罪」
思わぬ罪の名が、思わぬ人の口から発せられた。
「何故だ・・・・・」
すず子は罪人になった猫柳と同じ疑問を勅書を掲げる彼にぶつけた。
「ど、どうしちゃったのっ ? 猫島君っ ! 」
ヤナギの幼馴染であり、王子付きの従者でありクラスメイトである彼は、いつも通りの笑っていない笑顔で告げる。
「ね ? 大変な事になったでしょ ? 」
猫柳君は性格だけ見ると犬柳君。