贈りたい。贈れない。
猫柳は基本、人の話を聞いてくれない。
何度、正しても私の名前は「ネズ子」のまま。
「へくちっ ! 猫柳君っ、だからね私は」
ムズムズする鼻を押さえながら「速く家に帰りたい」と何度も訴えているのだけど相変わらずの彼は人の話を聞いていない。
さすがに私もキレそうだよ・・・・・・・
彼との会話は忍耐を使う。けれどその忍耐の在庫も切れつつあった。
「家に、へくちっ」
「ネズ子が我がフェーリスシルウェストリスに初来国した祝いに城砦アルゴルから本城キトゥンブルーにパレードなどはどうだろう・・・最初は小規模に三千人位で 」
「ねこやなーー」
「そうだ ! 我が国を知ってもらう為にも、各地を巡るツアーなどを組もうか ? 見所が有り過ぎて私では選べんからツアー会社を召喚しよう」
「・・・・・・・・・・」
駄目だ・・・・・聞いてくれないよ、この猫耳。
何故だかテンションを上げている彼は、これからの計画を楽しそうに語っている。
すず子は思う。猫柳はすず子と一緒に遊ぶから楽しいのではなくて、すず子で遊ぶから楽しいのではないのか。「すず子と」ではなくて「すず子で」。言葉は似ているが意味は全然違う。
結局、私の都合や意見なんてどうでも良いのだ。
・・・・・・どうしようか、このままだと彼に押し切られズルズルと言い成りになってしまいそう。成るべく速く帰って妹の誕生日パーティの用意を手伝わなきゃならないのに。予約しておいたケーキを取りに行くのは、すず子の役目なのだ。家族だけのささやかな催しだけど、大事な事。
この、訳の分からない国の巡礼ツアーになんて行っている暇は無い !
アレをしよう、コレをしようと計画を組み立てる猫柳の横で、すず子は目に入ったバラを見て思い出した。
そうだ・・・・陽子にプレゼント渡さなきゃ。
当日驚かそうとクロゼットの奥に隠して置いた妹へのプレゼント。今日渡すのと明日渡すのでは感動が全然違うはずだ。
絶対に今日中に帰らなきゃ、陽子きっと待ってる。
友達は多いけど、何処か冷めた所がある妹。直ぐ人の事を馬鹿にする生意気な奴だけど、私からのプレゼントを毎年楽しみにしているのを知っている。安物のどこにでも有りそうな物だって分かっているのに。
去年の誕生日の、小生意気だが嬉しそうにしていた顔が思い浮かんだ。
――――陽子、待ってて。
心を強く持って彼に向き直る。
「ね、猫柳君。私帰るから。今すぐにっ、へくちっ ! 」
「ネズ子 ? 」
「か、帰る」
めづらしく強い口調のすず子に、やっと猫柳が気付いたが、しかし―――――、
「すみません中原さん。あちらの世界に今すぐ帰るのは無理なのです。ですね ? 殿下」
猫島が申し訳無さそうに告げ、主に確認をする。
「ああ。まず術師を呼んで転送の陣を発動させるエネルギーを溜める必要がある。そうだな・・二~三日で、事足りるだろう」
「ええぇ ! 二、三日 ! ? 」
そんなに待っていられない ! 陽子の誕生日は今日なんだよ ! ? 其れが終わったら直ぐクリスマスがあるし ! 単身赴任のお父さんだって帰って来る。久しぶりに会えるのを楽しみにしていたのに !
「そ、それってどうにもならないのっ ? 魔法が使える世界なんでしょ ! ? もっと手っ取り早くパパパッと ! 」
「無理ですよ。魔法というのはそんなに万能な物ではありません。精々、犬を燃やしたり。犬を爆発させたり。犬を細切れにする位しか出来ませんね」
「ひっ」
「おい止めろ。そんな説明ではネズ子が怯えるだろう。だが、魔法が万能でない事は本当なのだ。残念ながら、犬の缶詰を作るくらいしか――――」
「やっ、止めてよっ」
缶詰 ! ? 犬の ! ? そんなもの作てどうするのっ !
猫島の直接的な表現より、猫柳の犬の缶詰発言の方が意味深な分恐い。
「良いではないか。魔力が溜まるのを待つ間、私自らこの国を案内してやるぞ」
「そんなぁ・・」
「学校も休みだし、何の問題も無いだろう ? あってもどうせ些細な事だろう。ならば、そんな事は忘れてこのフェーリスの旅を楽しめ」
「ささい・・・・・・ ? 」
「ネズ子は山と海ではどちらの方が好きだ ? 我が国は国土こそ小さい方だが山あり海あり退屈はさせないぞ。きっとお前も好きになる筈だ。そうしたら、その時は」
「ささい・・・・・・ ? 」
「ネズ子 ? どうした ? 」
すず子を自国に連れ帰るという念願が叶った猫柳は浮かれていた。誰より好かれたいと思っている筈のすず子の顔色が解らなくなる程に。
「酷い・・・・酷いよ・・・・」
妹の誕生日から正月は家族四人で静かに過ごすのが年末年始の中原家の約束。
お父さんが帰って来て、お母さんはパートを休んで、何時もは部活やら友達と遊ぶのに忙しい陽子も家に居て四人で静かに・・・・・
「ネズ子 ? 」
「ね、ネズ子じゃないっ ! 私はすず子っ ! ! もっ、もう全然人の話を聞いてないっ。ねぇっ、私帰りたいの ! こんな所に居たくない ! どうして連れて来たの ! ? だいたい私、今日誕生日なんかじゃないっ ! ! 」
バサッ !
すず子は腕に抱えていたバラの花束を近くの藪に放り投げた。
辺りに飛び散る赤い花びら。上品な芳香も、今の荒々しいすず子の心の波を鎮めてはくれない。むしろ、忌々しく癇に障る。どんなに高価なものでも全ての人が有り難がるとは限らない。
ひどい ! ひどい ! ひどい !
些細だ何て ! 私はずっと楽しみにしていたのに。ずっと待っていたのに !
いつも、いっつも訳の分からない事ばっかりしてっ。
大事に思っていた物を蔑ろにされた様で酷く傷ついた。彼はすず子の事情など知らないのだからしょうがないのだが苛立つ気持ちを抑えられない。目の前がバラの赤とは違う怒りの赤で染まる。
バラを離して開放された手を強く握り込むと、手のひらに爪が刺さって鋭く痛んだ。
そして猫柳は困惑した目で、怒りに震えるすず子の薄い肩を見ていた。
「猫柳君なんか・・・・・・猫耳なんか・・・大、大、大っ嫌いっっっ ! ! ! 」
言った。言ってやった。
でも・・・・・・・・・・・・言い過ぎた ?