困った贈リ物
私の歪んだ妄想の世界。
初めから彼に猫耳など無く、それどころか彼という人物すら存在しない。
私は毎日、毎日、毎日何も無い場所に向かって話し掛けていた。教室で、廊下で、何も無い空に向かって。私には見える。私だけにしか見えない。
全ては、私の脳が見せていた幻。
――――というのが、ここ最近の私の妄想。
二年になってクラス替え、そして席替えがあって猫耳を頭に乗せた彼が私の隣人になってから約半年。私はありとあらゆる想像を捏ね繰り回した。
日々、可笑しな行動をする彼に妄想はドンドン加速し最終的には自分の頭の病気まで疑ってしまったのだ。
実は既に脳外科を受診している。その結果、異常無かったが今度は心の病気の疑い。
それに比べたら彼らの語った事実など許容範囲内。気楽に聞ける。
異世界から見聞の為に留学して来た猫耳王子様 ?
まだまだ。
私の今までの妄想に比べたら、ずーーっとスタンダード。王道だわ。
むしろ良かった。
――良かった、本当に・・・・・・私の頭が無事でっ !
これで私が正常だった事が分かったのだ、二人にお礼を言いたい位だ。
でも、そもそも、この人達が居なければ病気の心配なんてしなくて済んだんだから、お礼を言うのは可笑しいよね。
「あまり驚いていませんね」
「ああ。思ったより肝が据わっている」
あまり動揺しないすず子が二人は意外だった様で正座をしたまま小声で呟き合っている。
驚いてはいるのだ。けどそれ以上に私の頭が無事だった事が嬉しいだけ。
他人の事より、まず自分(の頭)。
「猫島君は、猫柳君の御つきというか従者なわけね」
「はい。本名はシマと言います。ですが今後の混乱を避けるために今までと同じ、猫島とお呼び下さい」
相変わらずの「です」「ます」口調で、にこやかに告げる。にこやかだが彼の笑顔は何処かうそ臭い。この顔で言われると、混乱を避ける為じゃなくて、単に私に呼ばせたくないと言う風に勘繰れる。・・・たぶんその予想は間違ってはいない。私は他人の機微に目ざといから何と無く感じるのだ。猫島君は私を良く思っていない。
「私はヤナギだ。私の事は本名のヤナギとよーーー」
「猫島君、貴方達の事は分かったけど如何して私はこの世界に ? 家のリビングにいた筈なんだけど」
猫耳の秘密が解消された今、今度は自分が行き成りこの世界に飛ばされた訳が気になった。
猫柳が何か言っているがすず子の耳には入らない。
「中原さんはこちら、このフェーリス・シルウェストリスに来る前『猫が好き』と言う言葉を口に出しませんでしたか ? 」
猫が好き ? そんな事言っただろうか ? あの時は確かリビングで台所に居るお母さんと妹の誕生日プレゼントの柄の話をしていた筈。ネズミとネコどちらの方が良いか・・・・・。
「ああ。そういえば言ったかも」
『私だってネコ(柄)の方がまだ良いよ』みたいな事を言った気がする。
「それです。中原さんが「猫が好き」という言葉を発すると、この世界に転送される様に召喚の陣を仕掛けてあったそうです」
「そんなぁ」
何気ない一言でそんな危険な物が発動するなんて、おちおち話も出来ない。とりあえず御風呂やトイレは無言で入らなければ ! もし最中に・・・・と考えると恐ろしい。
「いちを聞いて置くけど、誰の仕業」
「勿論、うちの王子です」何を今更と、きっぱり言い切った。
予想していた答えに、深い溜め息が自然と漏れる。
なぜ私をこの世界に ? なぜ私に構うの ? いったい何がしたいの ?
私を・・・どうしたいの ? なぜ ? なぜ ? なぜ ?
学校での猫柳はすず子に接する時意外は冷静沈着、少しの事では動じないクールな人で常に女子達の注目の的だ。友達も華やかな人が多く最近では生徒会からの誘いも有るという。
そしてこちらに戻れば本物の王子様。生まれながらに人の上に立つ人種なのだ。今だって沢山の兵士達が主の邪魔をしないように静かに猫柳の命令を待っている。
そんな人がどうして教室の隅っこに居る私なんかに構うのか。
暇つぶし ? 分からない。私の背がもっとスラリとしていて鼻が高くてモデルの様に綺麗だったら別の見方も出来たのだけど。
ふと気が付くと手元が見えずらい。傾きかけていた夕日の位置が先程よりも低くなっている。話し込むうちにだいぶ時間が進んでしまった様だ。もはや森の奥は闇の色一色。
――――訳を聞いたら直ぐに家に帰してもらわなきゃ。今ならまだ妹の誕生日に間に合う。
すず子は近くの木の下で後ろを向いて何やらゴソゴソやっている猫柳に近づく。柔らかい下草が沢山茂っている場所なので靴を履いていない足の裏にポワポワとした感触がくすぐったい。
「へくちっ」
突然くしゃみが出た。鼻がムズムズする。
可笑しいな、風邪をひいた感じはしないんだけど。
「ねこーーー」
「ネズ子 ! ! これを受け取ってくれ」
「 ! ! 」
バサッ !
鼻を押さえながら声を掛けようとすると彼は行き成り、すず子に大量のバラの花を押し付けて来た。いったい何本あるのだろうか ? すず子の細い腕では抱え切れない程の量。全部深い赤で一本一本とても高価そうだ。とてもすず子の小遣い位では賄え切れないだろう。
八部咲きの柔らかい花弁の描く曲線は常人が美しいと証するだろう。
でも、どんなに高価で綺麗な花でも私には厄介な物で――――、
「へーっくちっ ! へくちっ、へくちっ 」
バッ、バラは駄目なのっ ! くしゃみが止まらなくなる !
すず子には体調の良し悪しで変わって来るが、バラ科のアレルギーが有ってバラに近づくとくしゃみと鼻水が止まらなくなるのだ。
家族や友人達は承知していてすず子にバラ科の植物は近づけないのだが、猫柳はその事を知らない。
鼻を押さえるすず子に気付かず、耳をパタパタと忙しなく動かしながら猫柳が捲くし立てる。
「お前は今日誕生日なのだろう。 私も祝ってやろうと思ってな。どうだ ? 嬉しいか ? 吃驚したか ?」
さぁ、私を褒めろ ! 見るからに偉そうに耳を反らせすず子の返答を待っている。
「へくちっ ! うぅぅ・・・・誕生日 ? 」
鼻をハンカチで覆い必死にくしゃみを我慢する。
彼は妹と私の誕生日を間違っている。大体、彼に自分のプライベート事項は教えた事が無い筈だ。
押し付け返す訳にも行かずバラの花を成るべく顔から放し持つ。口を開こうとすると花粉が気管に入り込むのだろうか、くしゃみを誘発する。
――――これでは声が出せないじゃない。
すず子の眉根がよる。
「殿下、中原さんはあまりバラがお好きではないようですよ ? 他の物の方が良かったのではないですか ? 例えば、金券とか ? 」
「それは幾らなんでも味気ないだろう」
「いいえっ、お米券やビール券などは幾ら有っても困る物ではありませんよ。もしもの時の金券です」
「だが、この書物には花が良いと、しかも赤いバラがベストだと記して有ったのだ」
猫柳は制服の懐から、ずるるっーと本を取り出した。コンビニでも何処でも売っている雑誌に見えた。
あんな物まで・・・やっぱり不思議なポケットが ?
「ええぇと、『男性自身』12月号 ? 女性が喜ぶプレゼント特集・・ですか。はぁ、まぁなんでも良いですが、この雑誌のタイトル・・・・・無性に気持ち悪いです」
「ああ。お前もそう思うか ? 何故だろうな・・」
ああもう嫌・・・・・・。
誰か助けて。この人の話を聞きもしない生き物から私を解放して !
やっとの思いで怪鳥から逃げ出した森の中、人食い鳥よりも厄介な猫耳男達に捕まりすず子は今度こそ心から願った。
――――神様っ ! 私を速く家に帰して ! !
「へくちっ」