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そろそろと、前へ

 帰りのホームルームが終わり担任が教室から出ると部活へ急ぐ運動部生や、これから遊びへ行こうかと誘い合う生徒の声で途端に騒がしくなる。

 私はそのざわめきの中、鞄にペンケースやノート、教科書を詰め込む。どうせ明日も使うのだから教科書などは置いていっても良いかと思うのだが、どうにも入学当時教えられた校則が頭から離れない。馬鹿真面目。と言うか、融通が利かない。

 帰り支度を済ませ教室を出てから、今朝、友達と一緒に帰る約束をしていたのを思い出した。その子は別のクラスで棟が違い、教室が遠い。今朝、約束した時は教室へ迎えに行くとも来いとも言っていなかった。なら昇降口の下駄箱の辺りで待っていれば良いか。帰る時には絶対にあそこへ寄るのだし、行き違いにならないですむ。

 重い鞄を持って、階段を下りた。


 下校する生徒達をぼんやり眺めながら壁にもたれて片山さんを待った。さっき片山さんと同じクラスの子達が帰って行ったから、暫らくすれば来るだろう。



「あれ ? 中原さん。誰かと待ち合わせ ?」

 

 同じクラスの内藤さんに声を掛けられた。

 下校する生徒が粗方昇降口から排出され終わっても、片山さんは姿を現さなかった。待ちくたびれた私は、そろそろ此方から迎えに行ってみようかと思っていた矢先だった。


「うん。片山さんと一緒に帰ることになっているんだ。行きたいお店があるんだって」

「ふぅん。・・・・片山かぁ。でも中原さん、教室を出てから結構時間経ってるよね ? あいつ何をもたもたやってるの ? まさか・・・・」


 彼女は片山さんとも知り合い。何でも中学が一緒だったらしい。だから親しみを込めてなのだろう、何時も言葉に遠慮が無い。

 その彼女が、顔をしかめ何か言い掛けた。まさか、なに ? と、続きを促そうとすると、噂の人物、片山さん本人が階段を降りて来た。学校指定の鞄は持ってはいず、可愛いマスコットの付いたバッグを持っている。

 そして行き成り目の前で手を合わせた。


「ごめん ! 今日キャンセル ! ちょっと用事が出来ちゃった」

「そうなの ? 別に良いよ。気にしないで」

「ほんとごめんね。後で埋め合わせするからさ ! 」


 詫びの言葉を重ねていた彼女が、急に昇降口の外の方へ目をやり、軽く手を振る。その先には茶髪の男子の姿。

 ああ、なるほど。用事と言うのは彼の事か。私は納得した。でも、隣でそれを見ていた内藤さんは納得しないようで眉をしかめ口を開く。目は呆れたように半眼だった。


「片山あんた、女友達より男を取ったな ? 」

「えへへへへっ。だから、ごめんってば。だってしょうがないじゃん。彼氏、今日突然部活が休みになったって言うんだもん ! 」


 片山さんは悪びれない笑顔で言う。そんな幸せそうな彼女を呆れた目で見ていた内藤さんは、焦れたように手でしっしっと追いやった。


「はいはい。さっさと行きなさいよ。友情より男を取る裏切り者は」

「えー、酷い ! 内藤ちゃんだって彼氏持ちでしょ ? 私の気持ち分かるでしょぉ」

「うるっさい。わ、私の事は関係無いでしょ」


 内藤さんに彼氏がいるのは初耳だった。でも気遣いの出切る人だし、背が高くって美人だし、意外ではなかった。やっぱりなと言う感じだ。

 それからも軽い言い合いを止めない彼女達に、私は「まぁ、まぁ」と割って入る。では、約束は後でにしようね。と、何とか場を収め、この場をお開きにする。私には何かと、こう言うシチュエーションが多い。攻める側にも受ける側にもならない。どっちつかずのポジション。突っ込みまくり、キレまくるのは猫柳君と居る時だけだ。

 すると、それまで内藤さんに駄目出しをされて剥れていた片山さんは、彼氏の「早くしろよ」の声に途端に目を輝かせ、そちらに向って走って行った。


「あいつさ最近、彼が出来たらしくって、浮かれているんだよ。実は私もこの間ドタキャンされたばっかりなんだ。まったく頭くるっ。明日会ったら文句の一つでも言ってやんなよ ? 中原さん舐められちゃ駄目だからね」


 余程根に持っていたらしい彼女は尚も腹立たしそうにしていたが、私に今後のアドバイスをすると「ああ、ヤバイ。遅くなった」と早足に去って行った。彼女もまた片山さんと同じ様に誰かを待たせているのかも知れない。

 二人が去った後、一人になった私は又ぼんやり。壁にもたれ外を眺めた。明るい外には仲良さそうに手を繋ぎ、片山さんが帰って行く姿が逆光になって見えた。


 正直、彼女達が羨ましい。

 羨ましいと言っても彼氏がいる事が、ではなくて。相手の気持ちを素直に受け止められる事が。勇気がある事が。

 私には無理だ。とにかく自分には自信がない。


――――彼女達は恐くは無かったのかな・・・・。後で嫌われたら、なんて考えたりしなかったのかな・・・・。


 そんな事に思いを端ながら、重い鞄を持って壁から離れた。


  ◇


 何だかそのまま帰る気がしなくて駅前のターミナルで、繁華街へ向うバスに乗ろうかと迷う。でも結局、自宅方面行きの何時ものバスに乗り込んだ。

 一人でぶらぶらしていて、もし片山さんとばったり鉢合わせしたら少々気まずい。一人で来るほど楽しみにしていたのかと気を使われるのも嫌だし。

 でもそれならば彼女に会わないで済む所なら良いかと、人気の無いバスに揺られながら考えた。そして、自宅から2バス停前で下車。

 数分程静かな住宅街を歩くと、お洒落で落ち着いた家の間に現れる可愛らしい向日葵の看板。私が頻繁に買い物に来ていたヒマワリベーカリーだ。


「こんにちは」


 木目調のドアの取っ手を引いて恐る恐る中に入る。ドアベルがカラコロとコミカルに鳴った。


「やぁ、すず子ちゃん。何だか久しぶりだね」

「うん。ごめんなさい。冬休みだったから」


 子供向けの某アニメに出て来るパン工場の小父さんにやたらと似ている店主が頬を艶々させ私に笑い掛ける。

 その顔が元気そうで私はホッと胸を撫で下ろす。もしかしたら小父さんは猫耳達によって異世界フェーリスに連れ攫われたのではないかと考えていたから。だから何時もの変わらない笑顔に安心したのだ。


「良かった・・・・」

「うん ? 何がだい ? 」


 思わず出た独り言に小父さんが反応する。誤魔化しの言葉を捜し、頭の中を引っ繰り返した。


「ええっと、ほら ! 前に言っていたじゃないですか。どこだかに、二号店を出すって。だからもしかしたら小父さんはそっちに行っちゃったのかなって思っててっ」


 小父さんが納得して、ああ、その事ねと笑う。


「あっちはね、息子に任せているんだ。だから僕はずっとこっちに居るよ。いゃぁ、出資してくれているオーナーが良く出来た人でネェ。何くれと無く気を使ってくれるから僕は最初だけで後は、もう、お役御免なのさ」

「そうなんだ。で、その二号店って何処に有るの 」


 出資者。という言葉に猫柳君の顔が浮かび、小父さんに探りを入れてみようかと、核心に切り込んだ。

 すると眉を下げて困った顔。


「うーん。それはちょっと言えないんだ。オーナーとの契約でね。でも凄く遠い所で、すず子ちゃんには行けないかな」

「・・・・そう。でもどうしてそんなに遠い場所にお店を出したの ? そこは小父さんに関わりがある所なの ? それとも、もしかしてオーナーとか言う人の住んでいる、国・・・・なのかな」


 小父さんには悪いが、カマを掛け探りを入れる。二号店は小父さんの考えなのか。もしくは「オーナー」の求めなのかと。


「良く分かったね。実はオーナーの住んでいる場所なんだよ。あんまり遠いから最初は僕も断ったんだ。でも彼が凄く熱心に誘ってくれてね。そりゃもう、しつこかった ! 」


 はははっと笑った小父さんは、何を思ったのか秘密の話をするように口に手を当て、此処だけの話なんだけど、と続ける。


「何かね、オーナーの好きな人。って言っても片思いらいしんだけど、その人がね僕のパンのファンらしいんだ。だからオーナーは自分の街にも ! って思ったらしいよ。いやぁ、ファンだなんて嬉しいね ! 」


 人の良い小父さんは、私が探りを入れているのに気付かずホコホコと興奮気味に語る。


「好きな人の好きな、パン ? 」


 もしかしてフィッシュバーガーの事 ? 思い当たる節に、顔に熱が集るのを感じる。


「そうそう、そうなんだよ。いつか二人で一緒に暮らす事になった場合、その場所を気に入ってくれるように。遠い所から来る彼女が寂しくないように。好きな人の好きな物でいっぱいにしたいんだってさ ! はははははっ ! 青い青春だね ! 」

「でっ、でも。そこまでしたって受入れてくれるかなんて分からないのに」


 相手が望まず拒否すれば結局、一人相撲。水の泡。作ったものは忌々しい産物にしかならない。


「そうだね。相手の子ってのが、かなり弱気で内気で恩手らしいからね、自分の為にお店を出したなんて知ったら引いてしまうかも知れないねぇ。でも、オーナー言ってたよ。嫌がられるかもしれないって事は分かっているって」

「じゃぁ、どうして・・・・」

「分かっていても止められないんだって。好きだから知りたいし、知ったら何が何でも手に入れて、渡したくなるんだって。すず子ちゃんにはストーカーっぽく聞こえるかな ? でも僕は昔の人間だから彼の一途さには、ちょっと感動したよ」


 青春だなぁ、羨ましいなぁ、僕の若い頃はさぁと、昔話を始め笑う小父さん。

 表面上は、うん、うん、と聞いている風を装うけれど、実は私はそれ所じゃなかった。頭の中は別の事でいっぱいだった。


 小父さんの話の中には、私を知ろうとしてくれていた彼が居た。

――――猫柳君は私が思ったより、ずっと、ずっと私の事を見ていて、考えていてくれたのだろうか。


 小父さんの話を聞き終わり、パンを買い、店を出る頃には私の中に「このままでは、駄目」と言う気持ちが大きく膨らんでいた。



 彼に会って謝りたい。

 疑ってごめんなさいと。

 あの時は言い過ぎたと。

 もし、もしも、許してくれるのならその時は一緒にコーヒーカップに乗るって約束を実行しようと。そして出来る事なら何度も、何度も一緒に乗って、本当の私を良く知って貰って、それで、それでも、好きだと思ってくれるのなら、その時は――――。


 私は前に進むことを決意した。

 恐いけど。


 





 

私はパンが、と言うよりパン屋が好きです。何だかノスタルジックな感じがするです。

 好きだった小説の中に、良くパンを食べるシーンがあったんですが、余りに美味しそうなので、リアルで探しに行きました。

 角パン、いったい何処に売ってるんだろう・・・・。やっぱり、波止場か ? 

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