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私の足踏み

 何事も無い平和で平坦な日々が続いていた。擦り剥いた手足の瘡蓋も剥がれ、微かに白く痕を残すだけになった。もし、その痕が無かったら異世界に行っていた数日間は、夢だったのではないかと思い込んでいたかも知れない。


「中原さん、おはよう !」


 下駄箱の前で片山さんに肩を叩かれる。彼女は一年の時に同じクラスだったのだが、今は別々になってしまった友人だ。


「おはよう。何 ? 何だかやけに元気だけど」


 張りのある声と浮かれた顔に、良い事でも有ったのかなっと聞いてみた。


「え ? ううん。別に ? あっ、そうだ。今日久しぶりに一緒に帰らない ? ちょっと気になるお店が有るんだ。でも、一人じゃ入り辛くってさ」

「いいよ。どこのお店 ? 駅前 ? 」

「うんとねーーーー」


 当たり障りの無い会話をしながら教室のある二階へと、階段を上る。


 在り来たりな毎日。何時もと同じ時間が過ぎていく。

 同じ挨拶。同じ教室。同じ顔ぶれのクラスメイト。教壇に立つ教師もまた同じ。

 でも、同じものの中に違うものもあった。


「えーーーと。じゃあ、今日の欠席は猫柳一名。と」


 今、この教室には居るべき人物が一人居ない。


「せんせーーーい。しっつもーん」

「うん ? 」


 出席を取り終わった担任がペンを教壇に置くと、クラスのリーダー的存在の女子が手を上げた。


「猫柳君ずっと休んでいるけど、何かあったんですかぁ。病気ぃ ? 」

「うーん。家の事情で休んでいるんだが、詳しい事は分からん。だが、電話して来た本人の声は元気そうだったから病気ではないと思うぞ」

 

 担任としては少し無責任な答え。でも電話して来た猫柳君の様子が元気そうだった事にクラスメイト達が安堵したのが分かった。いつも適当にホームルームを受け流している子も目を担任に向けている。


「エーそうなんだ。つまんなーい。猫柳君が居ないと、この教室アレな男子しか居ないからなぁ~~~」

「ひでぇ、つーか、お前に言われたくネェよ」

「まったくだ」


 おちゃらけた女子の暴言に男子達からのブーイングが上がる。それに他の女子が参戦する。ガヤガヤと騒々しくなった。そこで担任が声のボリュームを下げろと手でジェスチャーする。

 変わらない。学級委員長がうるさい黙れと怒鳴るのも。やれやれと担任が、剃り残しのある髭面をガシガシ掻くのも。それすらも変わらない。

 ただ、ただ、猫柳君だけが居なかった。教室から、学校での日常から姿を消してしまった。

 


 ホームルームが終わり担任が教室を出るのを確認してから、私はその後を追った。これから担任に質問する内容を誰かに聞かれたくなかった。


「先生。あの今ちょっと良いですか」


 階段の踊り場で追い付き引き止めた。運良く人気が無い。


「ん ? 中原どうかしたか」

「あ、あの。ね、猫柳君の事なんですけど、本当に本人から電話があったんですか ? 先生が出たんですよね ? ・・・・ちゃんと猫柳君の【声】をしていましたか」


 もしかすると電話を入れたのは彼の声色を作った他人かもしれない。私の時にも猫島君が使った手だ。それでお母さんは疑いもしなかった。親でも騙されるのに、他人ならもっと簡単だろう。


「あ、あの ? どうでしたか ? 」


 個人的には滅多に話す事の無い担任に緊張して、かなりしどろもどろな物言いになってしまった。少し、いや。かなり不審な聞き方だったかもしれない。先生が出席簿を持ち直し、訝しがる目で私を見る。


「何が言いたいのか分からんが本人だったぞ ? 確認するまでも無いさ。俺はアイツの担任を二年もやっているんだ。ははっ、それにしても珍しいな中原 ? 」

「何がですか」


 今度は私が首を傾げる。すると先生は腰を少し曲げ私の耳元で囁いた。


「教室から俺を追って来てまで質問するなんて、今まで無かっただろう ? そんなに心配か、アイツが」


 茶化す様にニヤッと言われる。余りに耳元近くで言われたのと、その発言の内容から自分の顔が、カァッと熱くなるのを感じた。私は上がり症で、どもり症で、赤面症なのだ。直ぐに内面が表に曝け出されてしまう。隠したくても隠せない。


「ち、ちがっ。いやあの。それは隣の席だし。それでですっ」


 そっか、そっか、とニヤニヤし続けるオジサン丸出しの担任に、御座なりに頭を下げてその場から立ち去った。きっと今、自分の顔は真っ赤になっている。見っとも無いこの顔を誰にも見られたくない。しょうがないからトイレによって落ち着いてから戻る事にした。



 ハンカチをポケットに戻しながら、ガヤガヤと五月蝿い教室に戻ると私の隣の席、つまり猫柳君の席に男子が座っている。一瞬、その姿にドキリとした。まさか猫柳君 ?と、思ったのだ。でも直ぐに全くの見間違えなのだと分かり、意図せず溜め息が漏れた。

 私が内心動揺したのを隠し、自分の席に就くと近くで御喋りをしていた女子が猫柳君の席に座る男子に食って掛かった。


「ちょっとぉー。そこに座んないでよ」

「はぁ ? 別に良いじゃん。休みなんだしさ」

「だめ ! 価値が下がるでしょ !! 」


 次の授業の宿題を見直しながら何の気なしに隣の話を聞いていると、前の席に座る女子、内藤さんが振り返った。大人っぽい容姿の彼女は、さばさばとした性格で私は密かに憧れている。


「ねぇ、本当に猫柳君って、家の事情で休んでいるの ? っていうか、事情ってなんだろうね。中原さん聞いてるんでしょ ? 」

「え。知らないよ ? どうして私に聞くの ? 」


 彼の事が気になるのは分かるが、どうして私に聞くのだろうか ? 彼女は私と猫柳君の関わりなんて何も知らない筈だ。あくまで、この教室での私と彼の関係は隣の席同士と言う関係でしかない。


「どうしてって・・・・。だって、猫柳君と中原さん仲良かったじゃない ? 」

「そっ、そんな事無いヨ 」


 思わぬ言葉に面食らった。いったい彼女は私達の何処を見て、そう思ったのか。

 休みに入る前の私達には、仲の良さを窺わせる事柄は何も無かったと思う。接触と言ったら時々、猫柳君が私に猫好きを迫って可笑しな行動をとっていた位だ。はて。その他に何か有っただろうか ? 

 そりゃ、休みに入ってからは色々有ったけど・・・・・・・・っ ! 。


「ち、ちがっ。と、ととにかく。私は何も知らないよ」


 思い出したら赤面せずには居られない事まで蘇り、益々挙動不審になってしまった。これではちょっと可笑しな人だ。内藤さんもそう思ったらしく、ちょっと身体を引いた。


「ふーーん。仲、良いと思ったんだけどな。だって、猫柳君って何時もはクールなのに中原さんの前でだけ面白いじゃん ? それに中原さんだけだよ ? 彼があだ名で呼んでいたの。ネズ子なんて可愛いじゃない。皆、羨ましかったんだから」

「あだ名 ? ネズ子ってアレは単に間違えて覚えているだけで、そんなあだ名なんて・・・・」


 『ネズ子』アレは単に私の名前を覚える気が無かったから。つまり私に興味が薄かったんでしょう ? そう考えると彼の言った好きと言う言葉も、その程度が窺い知れる。軽い気持ちだったんじゃないの、と。

 猫柳君の姿が見られなくなって時間が経てば経つだけ、そう思うようになった。


「そうかなぁ。前に他の子が面白がって、その名前で呼ぼうとしたら凄く怒っていたけど ? あれって、自分用って事なんじゃないの ? 」

「そんなこと」


 彼女の思わぬ指摘に言いよどむ。それは今まで考えもしなかった事だったから。

 自分用 ? 怒っていた ? 本当に ? 


「まぁ。知らないんじゃ、いいや。私も友達に聞いてみてって言われただけだからさ。ごめんね ? 変な事言って」

「う、うん」


 軽く謝った彼女は一時間目の始まりを告げる鐘の音に、「あー、現国かぁ。好きじゃないんだよねーっ」と前を向いて渋々授業の準備を始めた。私もそれに習い、ノートを広げ教科書をパラパラ捲りながら、ふと、横の空席を見る。そこには、細かな傷の付いた机が寒々しくあった。


――――どうして学校に来ないの ? 

 休みが終わって、始業式からもう十日以上経つよ ? 怪我が治らないの ? それとも私に会いたくないから ? 

 君が居ないと何だか、あの数日間が本当に夢みたいに思えてくるよ・・・・。



 彼が居なくとも、前と同じに時は進み日が終わる。私が何より大事だった平凡な日常が戻って来た筈なのに、彼が居ないだけで何と無く違うもののようだ。むしろ世にも珍しい猫耳の彼が居ない方が、より平凡さは増すはずなのに。

 気が付かない内に彼の存在は私の日常の一部になっていた、とでも言うのだろうか ? 


――――猫柳君・・・・・。


 私は授業が始まってからも隣の空席に、猫耳の彼の姿を未練がましく探していた。

 彼を拒絶したのは自分のくせに。


 



 

 

ネズ子は「きららさくさく」のヒロインと区別するためにグルグルする性格にしたのですが、失敗でした。グルグルし過ぎて私が見失ってしまいました。もっと簡単で素直な子にすれば良かったです。


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