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貴方の一歩

 駐輪場の脇に植えられた銀杏の木の陰から、ここに居るはずの無い彼が姿を現した。心持ち足を引き摺り、頭には猫耳を器用に避けて包帯を巻いている。真っ白の真新しい色が痛々しい。


「猫柳君大丈夫なの ?! 治療中のはずでしょう ! 」

「ああ。だが、動けないほどではない。シマ達が大袈裟なのだ」


 慌てて駆け寄った私に、丈の長いキャメルのコートを着た彼は気にするなと軽く首を振る。その顔色は昨日よりずっと良よかった。


「でも、いったいどうしてこんな所に ? 何か私に用だった ? 」

「私とした事が、肝心の時に気を失ってしまった。だから今度こそ約束を果たしにきたのだ」

「約束 ? 」


 はて。何だったか ? もしかして、地下の留置場でした約束の事だろうか。コーヒーカップに一緒に乗ると言う ?

 でもあれは、未だ日にちも決めていない。それに彼は遊びに行くより先ず、怪我の治療に専念するべきだ。


「ねぇ。コーヒーカップに乗りに行くのは後にしようよ。もっと体調を万全にしてから。ね ? そうしよう ? 」


 昨日あんなに血を流したのだから、今はそうとう辛いはず。無くなった血が一日二日で元に戻るはずが無いのだ。

 傷だらけの血だらけだった昨日の彼の姿を思い出して、労わるように声を掛けた。すると彼は一歩後ろにたじろぐ。何故か目元を赤くして。


「う、うむ。残念だがそうする他はあるまい。今の私では、あの高速回転に耐えられないだろうからな」

「あの高速回転 ? どの高速回転 ? 」


 この人はまだ、遊具の(魔道)改造を諦めてはいなかったのだろうか。私は嫌だ。一秒間に何十回転もするようなコーヒーカップに乗るのは。だってそれは遊具じゃなくって、凶器だ。

 青くなる私の前に猫柳君が一歩前へ。その歩幅の分、私は無言で一歩後ろへ。何だろう。嫌な予感がする。こう言う時の私の勘は結構良くあたる。もしかしたら、このまま逃げた方が良いのかも ?


「あ、あの。私やっぱりコーヒーカップは・・・・」

「いや。今日来たのは、その約束ではない。メガスコリデスを倒した後なら話を聞いてくれると言っただろう。それを果たしてもらう為に来たのだ」


――――う ! 。さすがに昨日の今日では忘れてはいなかったかっ。その話を蒸し返されるのが嫌だったから、急いでこっちに帰って来たと言うのに。全く無駄だった。


「えぇーと。それは後でも良いかな ? ほら、私、帰って来たばっかりだし」

「待ってくれ。直ぐ済む」

「でも・・・・」


 じりりと後ろへ下がった私を逃がさない、とばかりに追い詰め腕を摑むと一方的に話を始めた。


「前にも言ったが私はお前が好きだ」

「・・・・」

「だから一緒にフェーリスに来て欲しい。私の妻になって、あの世界に根を下ろして欲しいのだ」


 彼は何時の間にか熱を宿していた目で、恐ろしい事を言い出した。


「はぁ !? つ、妻ぁぁ ?! 行き成り何を言っているの ! 」


 まさかの結婚発言。行き成りそんな事を言われるとは思いも寄らなかった。彼は何時もそうだ。こっちの都合なんかお構い無しに先に行く。今みたいに。


「私の此処での留学は3年と決められているのだ。だから、卒業したらあちらに帰る事になる。私としては、帰って直ぐに式を挙げたい。その為にはお前には速い内に花嫁しゅ――」

「待って ! 待って ! 何それ ? 行き成り止めてよっ 」


 寝耳に水な事を言い出し、尚且つ勝手に進んでいく話を慌てて遮った。すると彼は、私の強い口調に不思議そうな目。何か問題でも ? みたいな。

 それがとっても憎たらしくなった。


「私はこの世界の人間だよ ?! いきなり付いて来い、なんて言われて行けるわけ無いじゃない ! 家族だっているんだしっ」


 反論している内にドンドン頭に血が上ってきて声高になっていく。酸欠でくらくらする。でも、口を挟もうとしている彼に隙を与えたくない。だから一気に捲くし立てた。


「そっ、それに、ッつ妻って何 !? 私はそんな者になるなんて一言も言ってない !! 」

「ネズ子 ? 」

「違うっ ! もう、そこから違うからっ。私はすず子。中原すず子 ! 何度もそう言っているでしょう !? ネズ子じゃないの。君は私の事を好きだって言ったけど、普通、好きな人の名前は間違えないよね ? それにだいたい、君は私の何処が良いの ? ねぇ ? 一つでも言える ? 言えないでしょう ? だってしょうがないよ。猫柳君は私の事なんか見てないもの。いっつも自分勝手で、いっつも私の事を置いてけ堀にして ! 好きって、好きって、勘違いなんじゃないのッ !? 」


 長台詞にクラクラする。対する彼は戸惑った顔をしていた。


「お、落ち着け。ねず、いや、すず子。お前は私を好いていてくれたのではなかったのか ? あの枝を受け取ってくれたではないか ? 」


――――枝 ? ああ。メガスコリデスを倒した後に差し出された、この世界の植物(ネコヤナギ)とフェーリスの植物が交じり合って出来たとか言う枝の事か。そう言えば彼はあの時「あちらの世界のモノでも、こっちでだって生きてゆける」とか何とか言っていた気がする。

 つまり私にもそうなれ、と言っていたのか・・・・。全く分かりづらい。私には微塵も伝わってこなかった。なんて独り善がりで勝手な告白なんだろう。やっぱり彼は何処までも、私を置いてけ堀にする。

 益々イラ付いて、腕を摑む彼の手を力任せに振り解き、フェンスの向こうに走って行くと、そこに植えられていたネコヤナギの緑掛かった枝を一本へし折った。

 血が上りきった頭では、それがいけない事だと考える余裕も無かった。

 その苛立ちのまま足音荒く走って戻り、立ち尽くしている猫柳君の胸元に折って来た枝を押し付けた。


「返すッ! とにかく君とはけっ、結婚なんかしないし。あっちの世界にだって行かない ! だって私は中原家の長女だしっ ! 家を継がなくちゃだしっ ! 猫柳君は王子様なんだから、婿入りなんて無理でしょう ? だから、お嫁さんは他をあたって。もっと御似合いの人を探してよ ! じゃ ! さ、さよならっっ ! 」

「ねっ、すず子 ?! 待ってくれっ」


 止める声を無視して、全力疾走で駐輪場を抜けてエトランスへ。その間、最後まで後ろを振り返らなかった。いや。振り返れなかった。が、正しいか。私は今、絶対に彼の顔を見られないのだ。もし、振り向いた先に傷ついた顔があったら ? ・・・・私はきっと流されるだろう。言いなりになってしまう。

 それは駄目だ。だって彼は私の事を知らな過ぎる。好きだと言っているのだって、何かの勘違いだと言う可能性だってある。名前だって間違えて覚えているし。そういえば誕生日も間違っていた。

   

 エトランスに駆け込むと、エレベーターを待つのももどかしく階段を駆け上がった。そして良く見知ったドアの前に立った時になって鍵を持っていないのを思い出した。

――――ああそっか。私はリビングから行き成り召喚されたのだっけ。

 仕方なく呼び鈴を押して待った。この時間なら誰か居るだろう。予想通り2回ピンポンとした所でドアのノブが回った。


「・・・・ただいま」

「あら、すず子。ちょっと大丈夫だったの ?あの時は、いきなり居なくなったから驚いたじゃないの。それでお友達のお母さんはーーーー」



 母は猫島君の作った言い訳を信じているらしい。狭い玄関を上がり廊下を歩く私の後ろを質問しながら付いて来る。


「ごめん。説明は後でするから」


 それを遮ると、変な誤解を与えないように普通の顔で「今はちょっと寝かせて。疲れちゃった」と振り返って言った。


「そうね。疲れた顔をしているわ。気を使って疲れたのね。じゃぁ、夕飯になったら起こすからそれまで横になっていなさい」

「うん、ありがと」


 嘘を付くのは心苦しい。けど、余計な心配をさせるわけにはいかない。だいたい、本当の事を言ったって信じてくれる訳が無い。頭が可笑しいと思われるだけだ。

 だから、普通の顔。普通の顔。自分の部屋のドアを開けるまでは普通の顔をしなければ。

 引き攣りそうになる表情を気にしながら何の変哲も無いドアノブを回し開けると、中に滑り込んで尽かさず後ろ手に閉めた。

 途端、懐かしささえ感じる空気に包まれる。そして、そのままベッドへダイブ。愛用の犬型抱き枕を抱え込んだ。その、慣れ親しんだ匂いを吸い込み我が家を実感する。

 でも、何故だろう、


「手、が・・・・・・」


 震えが止まらない。それに、びっしょり汗を掻いている。寒気がするのに熱くて、落ち着かない。身体を起こすと机の上に置いてある鏡に自分の顔が映った。何故だろう、見っとも無いほど真っ赤だ。頬も。耳も。赤い。そして目は熱に浮かされた様。


――――これじゃまるで・・・・試合の終わりに私を持ち上げて笑っていた、猫柳君の目と同じじゃないか。

 

「なんなのそれ」


 彼を拒絶しておいて、どうして今更そんな顔をしているのか。嬉しかったのなら受け入れれば良かったじゃないか。流されてしまえば良かったじゃないか。

 

 でも、でも、彼は異世界人だし。王子様だし。猫耳だし。私の話聞かないし。名前だって間違えているし。彼に言ったように私、長女だし。

 

 でも、でも。だって、だって。あれも、あれも。それも、それも。自問自答しながら彼を拒絶した理由を、自分の目の前に散々並べ立てた。そして最後の最後に出て来た理由。それは――――恐れ。

 恐いのだ。告白を受け入れて後、本当の私を知った彼にがっかりされるのが。

 なんだ・・・・と、溜め息を吐かれるのが。

 こんなものかと、後悔されるのが。

 

 恐い。だから彼とは失望されない距離に居たかった。

 同じ学校の。同じクラスの。隣の席の。不思議な男子。

 彼には、唯の猫柳君で居て欲しかった。そうすれば彼の顔に落胆の色を見ないで済むから。


――――でも。その恐れも、こうなってしまった後では関係無いか・・・・。

 


 

 

ネズ子がハリネズ子に ! 

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