帰る。それとも逃げ ?
フェーリス・シルウェストリス。私が強制的に飛ばされたこの世界は、魔法が発達している。発達と言っても、何でもかんでも指先一つでちょちょいのちょい ! みたいな私の想像する『魔法』とは違っていて、出来る事は意外と限られているらしい。
猫島君は「魔法とは科学の延長線上に在る物」なのだと言う。一定の法則をナンたらカンたら~~~して、その事象をウンたらコウたら~~~・・・・そんな事言われても何が何やら分からない。チンプンカンプン。
でも別に無理して理解する必要は無いかなと思っている。取り合えず目の前でスタンバイしているゴツイ機材が、私を元の世界へ戻してくれる物。魔道転送装置なのだと言う事が分かっていれば、それで良い。
だって私は、今から自分の世界へ帰るのだから。そんな私に、この世界の詳しい知識なんて必要ない。消極的でも許されるのだ。
「すみませんね中原さん。殿下も見送りに来られれば良かったのですが、今は治療中ですもので。何なら、帰るのを遅らせませんか ? そうすれば泣いて喜ばれますよ ? 大の大人が恥ずかしげも無く男泣きしているのを、美味しい紅茶を飲みながら観賞するのも、また乙なものです」
微笑む口から出たサディスティックな申し出を、両手を胸の前で振って遠慮した。そんな悪趣味、私には無い。
「いやいやいやっ。私の事なら気にしないで良いから。猫柳君はゆっくり休ませてあげて。頭の傷は恐いし。ね ! 」
自然に声が大きくなった。
実はこのまま帰りたくて仕方が無いのだ。言葉通り彼の身体を心配する気持ちはあるのだが、今は彼と顔を合わせるのが、少々気まずい。出来る事なら、顔を合わせずに帰りたい。なにせ彼は、私の事を「好きだ」なんて公言している人。唯でさえ昨日の事を思い出すと、恥ずかしいと言うか、困ると言うか、ちっとも冷静ではいられなくなってしまう。
「そうですか ? 残念ですが、しょうがありませんね。でも本当に楽しいと思うのですがねぇ」
「そ、そうかな。じゃあ、今度機会が有ったらって事で。でも真面目な話し、猫柳君はまだ安静にしていないと駄目だよ。昨日の今日なんだしさ。それに私も急いで帰らなくちゃ。親に何も言って来てないしね・・・・」
夕方のリビングから行き成りこの世界に召喚されたお陰で、親には何の説明もしていない。まさに神隠し状態。きっと今頃、警察沙汰になっている事だろう。それを思うと帰るのが恐い。いったい何て誤魔化せば良い ? 考えると頭がもげそうだ。
私がそう言うと猫島君は、二人の白衣の男性と制御盤を操作しながら目だけを此方に向けた。忙しなく動かす手の先では、装置のランプが景気が良いほど点滅している、きっとエネルギーとやらは満タンで、何時でも稼働可能なんだと予想する。
「その点は抜かりはありません。心配は無用かと」
「どうして ? 私、本当に行き成り消えたんだよ。普通、事件だと思われるって。誘拐とか。失踪とか、家出とか、さ、殺人とか・・・・」
「なので、そうならない為の行動は怠りませんでしたよ。貴方がフェーリスに召喚されたのを確認した後、家の方には電話を入れておきました。貴方の声色を使って連絡していますので安心してください」
さすがの手回しの良さ。かなりの専門知識が無ければ操作不可能だろう装置を触る理知的な姿といい、何と言う万能ぶりだろうか。私は内心、おおっ!っと、感心してしまった。たぶん顔に出ていたのだろう。私を見る猫島君が、しれっとした顔で「それが何か ? 」と、肩を竦める。
・・・・可愛くない。暖簾に腕押しと言う奴か。これでは、主である猫柳君の方がまだ愛嬌がある。彼ならもっと、こう・・・・いや。それはさて置こう。猫島君の万能ぶりは分かったが私には一つ、気になる事があるのだ。
頭の中で、ピコピコ動く灰色猫耳を強制的に排除した。
「えーと・・・・、何て説明したの ? 変な事とか、過激な事とかは言ってないよね ? それに、ちゃんと納得してた ? 」
「内容ですか ? それはですね――『母子家庭のお友達、山田花子(仮名)。その、お母上が急な病に倒れ、入院。そして手術。【医師:今夜が・・・峠です】【花子:ああっ、どうしよう! 私、一人じゃ耐えられない!】携帯電話にて連絡を受けた貴方は、心細がる御友人に付き添う為、2~3日御友人宅に泊り込む事に――――』と、言った感じです。これならば、余り非難はされないでしょう ? 」
あえて母子家庭と設定したのは我が家の父が単身赴任で不在の為だろう。母も妹も、そして私も、男手の無い苦労は良く分かっている。これは親近感に訴える作戦と見た。
成る程。これならば何とか誤魔化されてくれるかと、猫島君の用意した言い訳に納得した私を白衣を着た、らしくない魔道師が前へ出るように誘導する。そして指示された通り、魔道転送装置の台座に乗った。
数段高い台座の上に立ち、周りを見渡す。装置はスタンバイ完了。人員は配備に着いた。
これで猫島君がゴーサインを出せば直ぐに帰れる。それこそ来た時と同じ様に。瞬く間に。
――――これでやっと冬休みを満喫できる。コタツで蜜柑食べて、つまんないバラエティ番組見て、ゴロゴロしたい。初詣にだって行きたいし。とにかく、王道を突っ走ろう !
その時を思い描いていると猫島君が数段高くなっている台座に歩み寄り、少し高い位置に居る私を見上げた。何だろうと見下ろすと、彼は少し畏まった。
「中原さん。今回は誠に申し訳ありませんでした。諸悪の根源には、後日改めて謝罪に伺わせますから」
「へぇ。彼に代わって、とは言わないんだね」
「ええ。我が家の教育方針ですので」
「ははは。成る程。でも本当に、もう良いよ。危ない事とか一杯あったから、気にしないで、とは言えないけど今になって思えば嫌な事ばかりじゃ無かったし。だから、いい。終わった事だよ」
そう。私の異世界での滞在も、これにて終了。全て終わったのだ。
結論から言うと、猫柳君の【去勢】と言う罰を掛けた戦いは私の勝利でいちをの幕を閉じた。途中から猫柳君の介入があったせいで執行部内では賛否両論あったらしい。だけど国王陛下の「女ながらに良くやった。三十六計逃げるに如かず。見事であった」と言う鶴の一声で私達は大団円を迎えることが出来た。思ったより話の分かる人で正直意外だったけど、最後の止めを私が刺し、尚且つ相手が当初の予定のアウストラリスでは無くてメガスコリデス・アウストラリスだったもの、私の勝利を後押ししてくれたのかも知れなかった。
まぁ、後から結論だけ言われただけだから後押しの部分は私の想像。本当にそうなのか気になる所である。が、実は気掛かりはその他にもあって、何故か私に謝っていたキジの事とか、好戦的なコレット嬢の事。そしてパン屋のおじさんの安否。上げればキリが無くなる。
「・・・・で、でも、なにわともあれ一件落着って事にしよう。うん」
取りあえずは一度帰ってからにしよう。そうしよう。一刻も早く帰りたい私は、うんうんと頷き無理やり自分を納得させた。
「何がですか ? 気掛かりな事でもありますか」
私の独り言を、首を傾げて猫島君が見ていた。小声で言ったつもりだったけど、聞こえていたらしい。さすがに頭の上に大きな耳を乗せているだけある。
「な、何でもないよ。えっと、じゃあ、冬休みが終わったら教室でね」
慌てて誤魔化し、別れの言葉を口にする。彼らのペースに乗せられて、これ以上滞在日数が伸びるのだけは避けたい。
切な思いが伝わったのか、猫島君が制御盤に就いていた人に装置の発動を促した。
とたん、音も無く足元に光が。その青緑の光はラインを描き、複雑な図案を編み出す。それは一度見た事のある文様。私が此処に来る直前に見たアレと同じ形。同じ状態。
そして緩々とした風が私の短い髪を揺らし始めると、身に覚えのある感覚に包まれる。
エレベーターに乗った時のような少しの気持ち悪さ。そして、浮遊感。
――――ああ、そうそう。あの時もこんな感じだった。
ふら付く感覚に、より一層強く元の世界への帰還を夢見た。
「中原さん」
安心して巻き上がる風に身を任せていると、下で猫島君が私を呼ぶ。
「実は私、これから事後処理等で掛け釣り回る予定でして。お陰で宿題をやる時間が取れないのですよ」
「うん ? 」
「ですから、もし新学期に間に合わなかった場合、申し訳ないのですが見せていただけないでしょうか。宿題を」
彼は肩を竦ませ眉をちょっと下げて見せた。仕事柄か、しっかりしている彼にしては珍しい申し出に驚く。だけど直ぐに、これは彼なりの歩み寄りなんだと直感した。たぶん間違いない。だって、おどけて見せた彼の顔にバツの悪さを見つけたから。
これは今までの、どうでも良い通行人Aからクラスメイト中原、位には格上げされたかもしれない ?
「良いよ。私、結構進んでるし。じゃあ、もし、間に合わなそうだったら速めに電話して ? 写すの始業式当日じゃ大変でしょ ? 」
「大変助かります。この御恩は何時かきっと。何かで」
「黒棒とかで ? 」
「ははっ。それで宜しければいつでも」
彼の主の好物を口にした私に、向けられた笑顔は本物だった。
「いつもこうなら良いのに・・・・」
勿体無いなと、ぽつりと呟く。
「なんです ? 」
「う、ううん。別にっ」
「そうですか ? ----それでは中原さん。新学期にお会いしましょう」
「うん。そうだね。じゃ、また」
青緑の光の壁の向こうで、腰を曲げきちんとした美しいお辞儀をされて、私も釣られて頭を下げた。お辞儀をしてさようならなんて、命を掛けた旅の終わりにしては凄く普通。まるで日常と変わらない。
でも、私にはそれがお似合いだ。
――――やっぱり普通が一番 ! 普通に勝るもの無し !だね。
自分のモットーを噛み締め、普通じゃない青緑の光の中へ、私にとっては本当の世界へ、何より大事な平凡な生活を求め――――、溶けた。
◇
温かい空気に溶けた身体をグルグルと攪拌され、溶けて漂う。
きも良いい。もう少しこのままで。行きには感じる暇も無かった感覚と、癖になりそうな無重力体験を続けていると、突如襲った衝撃。身体に戻った重力。
「うっ~、」
たまらず地面に崩れた。
地面に膝を付き束の間、体の重みと少しの眩暈を耐えた。幸いにも一分もしない内に楽になり、はぁっと、息を吐き出す。すると耳に突き刺さる甲高い子供達の笑い声。はっとして、顔を上げ立ち上がると棒立ちの私の横を小学生の子供達が流行のゲーム機を持って駆け抜けて行く。
バタバタとアスファルトを踏み鳴らすスニーカー。止めっぱなしの壊れた車。駐輪場の脇に並んだイチョウの木。フェンス向こうには川があって柳の木も見える。
「・・・・・・・・帰って来た、んだよね」
目の前にあるのは異国風の白い建物ではなくて、灰色のコンクリートで出来た見慣れた構造物。私の住むマンション。
見上げた先には当然巨大な怪鳥は飛んでいず、さっきの子供達も頭の上に猫耳は付いてはいない。
それはそうだ。ここは私の住む、私の世界なんだから。頭の上に耳を乗っけた人なんて居る訳が無い。(知り合いの猫耳達は里帰り中だし)
猫耳なんて異質な物を付けた人が、おいそれとこの平和な日常に居る訳が――――・・・・
「・・・・――――――あれ ? 」
思わず目を擦る。
大きなイチョウの木の影に、良く知った人物が佇んで、いる ? その人の頭には、やっぱり良く知ったモノ。
アレは灰色猫耳 ? と、言う事は。
どうしてこんな所に居るのっ ?!
「猫柳君 ?! 」
帰りました。
それにしてもヒロインは今どんな服を着ているのでしょう。元着ていた制服はかなり汚れているはずだし。
・・・・・・・・きっと、超高速クリーニング(特急料金)に出したのですね。そうそう、きっとそう(苦)




