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淑女と少年

時は、メガスコリデスとすず子の試合が終わり大歓声の中、猫柳が白目を剥いていた頃。二階席の物影に、一人佇む人物が居た。その人は、年齢よりも幾分大人びた赤い口紅をさし、手に持った華奢な扇子を軋むほどにきつく握り締め、苛立たしさを顕わにしている。イブニングドレスに身を包んだコレットだ。

 

 本当なら、死ぬ予定だった中原すず子。だが、彼女は今、大勢の観客からの声援を受けながらヤナギ殿下の横に仲むつまじく寄り添って、いたって健勝。

 つまり異世界人、中原すず子を落とし入れる計画は惜しくも失敗に終わってしまったのだ。

――――苛立たしい。私が見たかったのはそんな物じゃない。もっと、悲壮で、哀れみを誘う顔だ。それなのに・・・・このままでは、ぽっと出の何処の馬の骨とも分からない娘に妃の座を奪われかねない。もし、もしも万が一、曲がり間違って正妻にでもなられたら、私はとんだ面汚し者だ ! 


 高位の貴族の娘であるコレットは、その他の許婚の娘達と自分が同列に扱われている事実に苛立ちを募らせ続けていた。そこに現れた異世界の少女。何でも、女ながらに学問を学びヤナギ殿下の学友だと言う。しかも殿下の思い人だと言う噂。元々、気位の高いコレットに、そんなすず子の存在は許せるものではなかった。


「何か良い手を考えなくてはね。大丈夫。焦る必要は無いわ。まだ、時間はあるもの。そう、これからよ・・・・」

 

 コレットが噛み締めていた唇を解き微笑むと、美しい顔に密かな毒が乗った。この世界では不吉とされ、避けられる赤い月の様な禍々しさ。だが、その顔は一瞬で、直ぐに何時もの取り澄ました高貴な姫ぜんとした表情に改まった。そして、次の行動に歩み出ようと壁に付いた手を離した時、彼女の後ろに小さな足音が止まる。


「おっ、お姫様。俺、ちょっと話しがあるよ ! 」


 挨拶も無しの不躾な声。コレットが内心、舌打ちをして振り返る。そこには子供が居た。今回使った手駒の一つ、キジだ。彼は少年特有の骨ばった肩を怒らせ、きつい目でコレットを睨みつけている。


「あら、良かった。丁度私もお話があったのよ。――貴方、さっきヤナギ殿下達の所に居なかった ? 私には、貴方が殿下の脱柵を手伝っているように見えたの。もしかして私は、裏切られたのかしら ? もしそうなら、どうなるか分かっているわよね ? 」


 コレットは、子供が睨む目など全く気にならないと、高慢に言い放つ。そしてそこには言外に、裏切りの報復を匂わせていた。


「やっぱり俺、お姫様のやってる事、間違っていると思う ! だから、もう、言う事聞かないよっ 」

「じゃあ、いいのね。アルゴル城で働くご両親がどうなっても」

「い、良いよ ! 俺の父ちゃんと母ちゃんは、お姫様になんか負けないもん。強いんだからなっ。それにいつも言われてんだ。「どんな時でも、誰に見られても恥ずかしくない行動をしろ」って。じゃないと、後悔するからって。それなのに俺、駄目だってわかっててヤナギ殿下の部屋を盗み聞きした。その後、何かモヤモヤした。これ嫌だ、気持ち悪いよ。ねぇちゃんに何回もゴメンって言ったけど、無くなんないんだ。これって後悔ってやつだよな ? 恥ずかしいって事だよな ? 」


 自分の言葉で切々と語ったキジが手を握り締める。子供のそれは真っ白に成る程、力が込められていて彼の精一杯を現していた。しかし、コレットはキジのそんな姿には目もくれず、無礼な物言いに眉間に皺を寄せただけだ。


「もうしないんだっ ! 」

  

 元々、正義感の強いキジには誰かを陥れようとする考えなど理解出来ない。

 今回少しでも加担したのはアルゴル城で働く両親を盾に取られて仕方なくだ。でもそれも、父と母の言いつけを思い出す事で吹っ切った。後悔をしないようにするには、自分で守れば良いんだ、と。それにその後、すず子に謝る姿を見たシマが大体を察っし、手を回して両親を保護してくれると約束してくれた。だからもう、キジには何の憂いも無い。自由を取り戻したのだ。


 元来の溌剌とした顔を取り戻したキジ。それに対してコレットは眉間に皺を寄せたまま表情そのものは余り変わらない。身分ある高貴な淑女ならば人前では、いつでも優雅に振舞わなければならない。当たり前の事だ。だが実は内心では荒れ狂っていた。言われた言葉にイライラが止まらない。


――――面白くない。

 何が後悔しないように、だ。

 何が恥ずかしくないように、だっ。


 ギリリっと手に持った華奢な扇子がまた悲鳴をあげる。そして苛立ちを隠さないまま視線を闘技場の中央へ投げた。そこでまた扇子が軋む。


 あんなに短い髪で。

 あんなに軽やかなスカートで。

 あんなに自由で。笑って、

――――まったく、面白くない ! 


「だから、お姫様も後悔しないように、こんな事止めなよ ! 」


 その言葉でコレットの堪忍袋の緒が切れた。許容できない怒りが噴出し、手に持った扇子を振り上げた。しかし、その扇子がキジの頭に振り下ろされる前に、反対側の腕を摑まれた。


「っな ! 無礼なっ、放しなさいっ ! 」

「お姫様が意地悪になる原因。俺、知ってる。それって『ストレス』って奴だぜ。城で働いてると、それが溜まるんだってさ。そうなるとイライラするって皆、言ってる」

「はぁ ?! 私は別に城で働いているわけじゃないわっ」


 コレットが摑まれた腕を振る。だが、キジの力は意外に強く、放そうとしても振り切れない。しっかり手首を摑んだ手も意外に大きくて、コレットには自分の手と差ほど変わらないように思えた。

 

「っ !! 」


 強い力と、大きな手。

 小さな子供だと思っていたキジに男の匂いを一瞬感じたコレットは、急に羞恥に襲われる。


「はっ、放しなさいよっ。こっ、このっっーー 」


 顔を赤らめ、さっきよりも一層強く手を振り払おうと躍起になった。だが、キジの手は離れない。それどころか摑んだ手を自分の方へ引っ張り始めた。


「お姫様のストレス、俺が無くしてやるよっ ! だから、一緒に行こう ! な ? 」

「何を言っているの―――っ、きゃっ ! 待ちなさいっ、引っ張らないでっ。私、行くなんて言ってないっ !! 」


 たたらを踏んだコレットが怒鳴った。


「大丈夫だって ! 俺、スゲー面白い所、知っているんだ。こっちに来てから探検している内に見つけたんだけど、お姫様もきっと気に入るよ ! ストレスなんて吹っ飛ぶさ !楽しみにしてなよ。――ほら、行くよっ ! 」

「人の話をっ、ああっ、もうっ !! 」


 コレットは駆け出したキジに強引に手を引かれ、半ば無理やりそこから連れ出された。観客達の歓声のお陰で、二人のバタバタとした足音や、コレットの非難の声は全く誰の耳にも届かない。つまり、連れ攫われたコレットに誰も気が付かなかったと言う事だ。

 そして暫らく後にコレットの姿が何処にも無いのに気が付いたメイド達。大慌てで、兵をあげて捜索をっ ! と、なった時。やけに疲れた顔をしたコレット本人が帰って来た。


「――――誘拐 ? 違うわよ、そんなんじゃないわ。・・・・もうっ、別に何だって良いじゃない ! 放っておいて ! 」


 皺が寄った高価なドレス。所々、乱れた金糸の髪。しかも彼女は明らかに、自分の物ではない安物のイヤリングをしていた。それは、街の市場で良く見る子供騙しの玩具のようだ。

 様変わりした姿。いつも以上に、きつく高慢な口調。何かあったのは誰の目にも明らかだった。だが、疲れを滲ませた彼女の顔は、どこか清々として見えた。


「ふんっ ! 何がストレスよ。あのチビっ。チビっ~~ ! 今度、会ったら覚えてなさいっっ ! 」


 誰も居ない自分の部屋で、ずっと摑まれていた手首を摩り悪態を吐く。名家の姫の口から出た言葉にしては少々荒い。だが、罵った台詞の内容ほど、そこに毒は含まれていず、むしろ楽しげな色が滲んでいる。


「ふんっ ! 」


 彼女を良く知っているメイド達が見たら、さぞや驚いただろう。「あら、珍しい事もあるものだ」、と。

 そしてこう続けるかもしれない。「きっと、楽しい事があったのね」っと。

 

 






 


 

適度な運動は、ストレスに効くらしい。ついでに便秘にも。

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