彼なりのアプローチ
場内を照らす強い光。
把握出来ないほど沢山の観客達の歓声。
足を踏み鳴らす音。手を叩く音。
降り注ぐ祝福の花々。
全てが入り混じり、私を飲み込んでいく。まるで大きな渦の中にいるようだ。頭の芯まで掻き回されて何も考えられない。
体中の力が抜けて、グズグズに溶けて、地面に流れ出してしまいそう。
「・・・・・・・・ぁ」
ぼぅっ、と、座り込んでいた私の膝に観客席から投げ込まれた小さな花束が乗った。それは微かな重さだったけれど、その小さな刺激のお陰で、やっと我に返る事が出来た。浮遊していた意識は鮮明に。焦点が合っていなかった目は現実を映し始める。此処で、やっと自分を取り戻した。
「どうした ? どこか痛い所でもあるのか ? 」
横を見ると、四つん這いの猫柳君が顔中を血やら何やらで汚し、私の顔を覗き込んでいた。その姿と言ったら無かった。まるきり私の知っている彼ではなかったのだ。
もう、綺麗な場所なんて無い位ボロボロの目茶苦茶。筋の通った鼻は派手に擦り剥けて真っ赤だし。何時もはサラッと真っ直ぐで、セット要らずの髪は乱れに乱れて何故か七三分け。
常のノーブルさなんて、かなぐり捨てたその格好。しかもメガスコリデスの体液のせいで、かなり臭う。
「ネズ子 ? 」
彼が、目を見張る私を不思議そうに小首を傾げて見返す。その時を、まるで狙ったようなタイミングで投げ込まれた花束がワンコのポーズの彼の頭に乗っかった。バフッと !
「・・・・ぷっ ! ぷぷぷ・・・・あはっ、あははははははははっっっ !! 」
「む ? 何だ ? 何で笑っている ? 」
彼は頭を軽く振って花を落とし、行き成り笑い出した私を不審がった。彼には悪いけど何だか可笑しくて可笑しくて笑いを我慢できない。もう、彼の頭に残った数枚のピンクの花弁でさえ笑いを誘う。
「だって ! 猫柳君ボロボロなんだもん ! それに臭いし ! い、いつもとのギャップがっ ! あは、あはははは ! 」
「それは、お前だって・・・・・・・」
「ふふふふっ。え ? 何 ? 」
笑いが収まらない私を惚けたような顔で見ていたかと思えば、言い掛けた言葉を仕舞い、四つん這いで離れて行った。
機嫌を損ねてしまっただろうか。それとも、呆れた ?
少し心配で彼の姿を目で追った。
私が様子を窺う中、彼は這って壁際に行ったかと思うと、落ちていた豪奢な花束の中から、これまた見事な一輪に手を伸ばす。それは私の苦手なバラに似ていた。・・が、途中で止め、一緒にアレンジメントされていた枝らしき物を抜き取った。
そして、へたり込んだままの私の所に戻って来る。
「・・・・」
「え、何 ? 」
彼にしては珍しく、無言で手に持った枝を私に向けて差し出す。至って地味な何処にでも有りそうな木の枝。
「これが何か ? 」
「この木の先祖は、ネズ子の暮らす世界から来た植物だ。いつの間にか此方に持ち込まれ、このフェーリスに自生していた植物と交じり合って、この木が生まれた」
「私の世界の ? 」
成る程。枝の色が私の記憶するものより随分と白いが、確かに似た物に見覚えがあった。河川敷やマンションの後ろの川に生えている木だろう。市の環境対策の一環で植えられた木だから名前が書かれたプレートが掲げてあった筈だ。えぇと、名前は確か・・・・・・・・。
「ネコヤナギ。この親木の名前はネコヤナギだ。私の愛称と一緒だな」
白い枝に付いた花穂は、やや白銀色だがフサフサとした柔らかそうな毛が彼の頭の上にある灰色猫耳を連想させる。名前だけでなく姿まで似ていた。
「あちらの世界の者でも、こちらで生きてゆける。その証」
「あかし ? 」
私の目の前に枝を突き出したまま下ろされない手。
これがいったい何なんだろう。受け取れば良いのだろうか。くれるのなら貰うが、彼の真剣な顔と、意味深な台詞に手を伸ばすのは少し躊躇する。
だけど、柔らかそうな毛をじっと見ていると無性に触ってみたくなって来る。興味を引く対象が目の前に在れば手にとってみたい。感じてみたい。それが人情と言うもの。ましてやそれが自分の世界と、此方の世界のハーフだなんて珍しい物ならば尚の事だ。
――――少しくらいなら良いよね。別に貰うとかじゃなくて、触るだけなら・・。
色は違えど形、毛質は彼の耳に良く似ている。じゃあ、手触りはどうだろう。つるつるしているのだろうか。それとも、ふわふわなのだろうか。
私は好奇心に負けて目の前の枝に手を伸ばした。
「わっ。ぽわぽわ、だっ ! 気持ち良い~」
触れた花穂は、やっぱり柔らかく猫柳君の猫耳と変わらないくらい心地良い。触った指先がくすぐったい。揃った毛並みは植物とは思えないほどだ。
これは良い。心ゆくまで撫で回してやろう。と、思った瞬間の突然の浮遊感。
「ネズ子ーーー !! 」
「わあっ ! なっ、やめっ 」
止める間も無く、足が地面から離れていた。
這いつくばっていた筈の猫柳君に行き成り、脇の下に手を入れられたかと思うと高く抱き上げられたのだ。そして幼い子供にするように、二の腕に座らせられる格好を取らされた。
「ちょっ、ちょっと止めてよ ! 降ろしてよ ! 急になんなの ?!ああっ、もう。どうして君はいつも訳の分からない事をするの ?! 」
私は背が低い分、軽いとは思うけど、それでも子供とは矢張り違う。それを軽々と持ち上げた彼は、今の今まで死にそうな顔をしていた筈。何処にこんな力が残っていたのか、余裕すら見える顔で嬉しそうに笑っている。
「ネズ子 ! ネズ子 ! ネズ子 ! 」
私の間違った名前を連呼して、ぐるりと回られる度に不安定な体が仰け反る。恐くて咄嗟に彼の頭にしがみ付いた。すると目の前の猫耳の根元辺りに、べっとりとした血が。彼の顔を汚す血の出元はそこだった。
私は、今回大活躍だったハンカチをポケットから出して、その血溜まりをギュッと押さえ付けた。そのとたん布地が血を吸い、じっとりと湿る。
「ごめんね。それと・・・・・・ありがとう、ね」
観客の大歓声に掻き消されて彼の耳には届かないだろうけど、感謝の言葉を呟く。
「?」
やっぱり聞き取れなかったらしく何か言ったかと首を曲げ、少し目線が上にある私を見上げて来た。
――――なんて蔓延の笑み。
それは何時か地下で見た笑い顔より、ずっとずっと、嬉しくて嬉しくて、しょうがないと言った顔。
今だかつて無い至近距離で合う、目と目。その煌く目には私が映り込む。そこに居る私は、きっと唖然とした顔をしているに違い無い。その原因は彼の目の色だ。
熱い様な。切ない様な。
苦しい様な。気持ち良い様な。
何て目で私を見るの・・・・。それじゃ、まるで君が私の事を――――・・
「 !! 」
気付いた、いや、思い知らされた。その目の熱に。言葉よりずっと雄弁な視線の色に。
信じられない事だけど、さっき彼が言っていた面白くない冗談は本当だったのだ。彼は私の事が、好き、なのだ。
私は決して自意識過剰ではない。自分で言うのもなんだけど、どちらかと言うと卑屈なタイプだ。でも、こんな目で見られたら誰だって気が付く筈。それが例え、どんなに鈍感な人間であってもだ。それ程、今の彼の目は強く想いを語っていた。
――――な、何で ? 何で私なんか ? 猫柳君と私とじゃ、月とスッポンじゃない。だいたい、私なんかただのチビだよ ? 特別、頭が良いわけでもないし。慌てると直ぐ、どもっちゃうし。挙動不審だし。良いとこなんて何処にも無いよ。オススメデキナイヨ。それとも彼は私に何か勘違いしているの ? こっ、困った・・・・。
異性に、こんなにあからさまな好意を向けられた事なんて無い私は、途端に心身のコントロールが利かなくなってしまう。
彼の肩に付いた手が燃えるように熱い。いや、手だけじゃない。彼に触れている場所全てが熱を持ち、ざわざわと疼く。この熱は落ち着かない、心臓に悪い。だからその熱を逃す為に手を離した。そして、誤魔化すように彼の頭に乗せていたハンカチを捲ってみた。彼に向う自分の意識を逸らしたかったのだ。
「・・・・・・えっ ? 」
捲って驚いた。凄い衝撃が私を襲う。
何と言ったら良いだろう・・・・。在るべき所に、在るべき物が無い。それを見た時の衝撃は大変なものだった。火照る背中を伝う冷たい汗の存在さえ、この時は霞んだ。
「こ、これは・・」
言葉が出ないくらい、とにかく驚いたのだ。だって、ハンカチで血を吸い取った場所には『毛』が無い。無くなっている。500円玉位、大きな範囲で、ごっそりとっ! つまりこれは、いわゆる――――、
「は、はげっ ?! 」
「何だ、何か言ったか ? 「は」何 ? 」
私を見上げる彼。でも、言える訳が無い。
――――貴方の頭、はげちゃってますよ ★ なんてっっ !!
「何でもない。問題ない。no problem。通常通り。だから心を強く持って生きて。大小あれど、最近では男も女も何時か通る道だからっ」
「ん ? 何だか良く分からんが了解した。私は、ネズ子の言う事ならば何でも理解したい。してみせるぞ !」
「・・・・うん。今はそう言ってくれると助かるな。きっと何時か(生えるといいね)」
「ああ ! 」
もう、彼の目を見る事が出来ない。それは余りにも曇りの無い瞳で、私を全面的に信用しきった輝きだったから・・。ああ、何て眩しい。
後ろ暗い私に、罪悪感が押し寄せてくる。間接的とは言え、これの原因を作ったのは私なのだ。
―――― 一国の王子様の頭に禿げをこさえてしまった。私の、この罪は許されるのだろうか・・・・・・・。
血の気が下がる音を頭のどこかで聞きながら、これ、無かった事に出来ないかなと、持ったハンカチで力一杯押さえてみる。まぁ、なる訳無いんだけど。
そんな現実から逃避した私の行動を(猫耳の根元が大変な事になっている)猫柳君は不審に思わないようで、相変わらずの曇りない笑顔で笑い掛けて来た。
「ネズ子 ! ネズ子 ! 約束通り聞いてく、れ ! 私は、おまえのことがス・・なの・・うぬぅ ? ・・・っ」
段々と言葉に力が無くなっていく。白い顔は益々青白く、目は焦点がブレて虚ろに。
そして一瞬、またもやの浮遊感。
「きゃっ ! 」
私は抱き上げられた格好で、そのまま彼もろ共、固い地面に崩れ落ちた。
「猫柳君、大丈夫っ ?! ねぇ、しかりして。毛は(きっと)生えてくるから ! って、違うか。血だね ? 血が出過ぎたんだね ?! 」
急いで飛び退き、私の体の下敷きになっていた彼を強く揺さぶった。
「やわらか、い。ふふふ、これが極楽というもの・・・か」
「だっ、だめーーーーーーっっ !!! 極楽行きは禁止だよっ。だ、誰かっ。お医者様はいませんかーーっっ !! って言うか、衛生兵 !! 貴様ら、何をやっとるかぁっーーーー !!!」
壊れかけた私の叫びが木霊す中、危ない異世界での一夜が何とか終わりを迎えた。
はず。
プロポーズもどきをしてみた、猫耳王子。
でも、ネズ子には伝わっていない。読者様にも伝わっていない。そして、本人も余り分かっていない。
おかしいな、そんな筈じゃ無かった筈なのにな。




