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再戦

「そんなに急に立ち上がったりして大丈夫なの ? もう少し、休んでいた方が・・」


 彼は私の腕の中から、ゆっくり身を起こすと血で頬に張り付いた髪を邪魔そうにかき上げた。


「いや、もう平気だ」

「でも、血が止まってないよ」

「残念だがシマの言う通り、うかうかしていられない状態でな。――アイツが動き出しそうなのだ。私は少し休みすぎた」


 猫柳君は予想に反し、危なげ無い足取りで置いてあった長剣を拾うと、密かに動き出したメガスコリデスに近付いて行く。

 そして敵の死角に私を入れる様に立つと、手に持った剣で目の前に居る長い体の頭部を指し示した。


「いいかネズ子。アイツは切っても焼いても弱点を突かなければ、細胞分裂を爆発的に高める事で、再生してしまうのだ」

「じゃあ、その弱点って言うのが、あの頭 ? 」

「ああ。だが詳しくは脳、だ。上あごの奥辺りに有る。小さいから狙い難いが、それを破壊しなければ奴は止まらん」


 成る程。頭を、じゃなくて、脳を何とかしなければならなかったのか・・・・。

 でも、それって難しそう。アイツの身体は、ぶよぶよと萎びていて思った以上に固いのだ。私の力じゃ表皮を浅く傷つけるのがやっとだろう。いったいどうしたものか・・。


「大丈夫だ。私が付いている ! 」


 私の不安が伝わったのか、前に居る彼が振り返った。


「ははは・・・・・」


――――それも今は何だか不安なんだよね。

 ハンカチに付いた大量の血を見ながら乾いた笑いで返す。日常、普通に生活していれば先ず見る事の無い量の血。でも、これでも彼が流した物のほんの一部なのだ。

 私は、今だ真新しい血を流し続ける彼の怪我を思うと、少しも「大丈夫」とは感じられない。


 それから直ぐにメガスコリデスに切り込んで行った彼は、私の心配を払拭させる動きで相手を翻弄して行く。相当使い慣れているのだろう。その重い剣を振るう動作は無駄の無いものだった。それに対するメガスコリデスは、ほぼ再生が終わっているとは言え、体の動きは最初の時に比べると若干鈍く、でも、その分、無数の触手が俊敏に動き回り、本体へ猫柳君を近付けさせまいとしていた。


「あ ! 逃げて ! 後ろ ! やったっ ! 」


 薙ぎ払う剣が空を切る音。触手が剣をかすめる音。

 何度も切り結ぶ事でおきる音の応酬。その音の繰り返しに私は何時しか不安も忘れ、手に汗を握り甲高い声援を上げていた。

 攻撃の重さは圧倒的に猫柳君の方が勝っている。けれど、素早さでは向こうに分があった。少しずつ、猫柳君の身体に小さい傷が増えていく。

 それでも何とか寸での所で致命傷になりそうな攻撃の手をかわし、前へ進む。怪物の本体との距離は殆んど無い。もう少し。もう少しで、弱点の脳がある頭に届くっ !


「頑張ってっ ! もうちょっと ! 」


 一本。また一本と、触手を切りとばして行く彼の優勢は誰の目にも明らか。私だけじゃなくて闘技場にいる人間全てが試合の終わりを感じていた。

 勿論、猫柳君の勝利で。


――――あぁ、良かった ! これでやっと此処から出られる。本当に猫柳君のおかげだよ。やっぱり、私じゃ無理だったんだよねぇ。だって、相手は化物なんだもん。勝てっこないよね。

 あー、助かったわぁ。と、半ば試合が終わった気でいた私だけど、ちょっとある事が引っ掛かった。「この試合。猫柳君が闘ったんじゃ意味無いんじゃ・・・・ ? 」と。

 目の前の巨大ミミズに勝てた場合の報酬。それが、猫柳君の身の自由。じゃ、彼自身が闘った場合はどうなってしまうのか ?

 もしかして無効になったり ?そう思った瞬間、 瞬時に体中の血が下がった。それでは今までの苦労が水の泡。猫柳君を助ける事が出来ない。やっぱり、ここは彼を下がらせて、別の手を考えなくちゃ。

 私はメガスコリデスと切り結ぶ猫柳君を止めるべく、手を握り締め一歩前へ。でも、その踏み出した足に違和感。

 

――――あれ ? この感触さっきも・・・・


 足首を締め付けるゴワゴワした感触。きゅっとした圧迫感。それは、もう、御馴染みの、


「触手っっーーーー !! またですかーーーーーーっっ !!! 」


 私の絶叫と共に、かつて無い強い力で引っ張られる足。突如襲った不意打ちに抗う事の出来ない私は、されるがまま引きづられメガスコリデス‐アウストラリスの大きな口へと一直線 !


「まっ待てっ、ネズ子。どこへ行く ?! 死ぬぞ !! 」

「そんな事、私に聞かないでよぉーーーーっっ ! いーやーーー・・」


 どうやらこの一本は、切り取られた触手に紛れて私達の眼を掻い潜り足元まで来たらしい。

 とんだ間抜けだ。全く気が付かなかった。前で戦っている猫柳君と違って、私は周囲を見渡せる位置に居たのに。

――――もっと下に注意を向けていれば ! 前の時だって、何時の間にか足元に忍び寄って来ていたじゃない。学習してないの ?!私はっ !

 そう思っても、時既に遅し。私の身体は鎌首をもたげた奴の真下。この状態、言わばまな板の上の鯉。

 間抜けな私に迫る大きな口の尖った牙。無数に生えるそれは、まるで鮫の歯。

 『ああ、もう駄目だ』と、今日、何度目かの諦め。今の私に出来る事は、ギュッと目を瞑って身体を強張らせる位。


「っ !! 」


 来ると思った衝撃は来ず代わりに来たのは暖かな、温もり ?


「ネズ・子っ、逃げろ」

「猫柳君 !? 」


 彼は苦悶の表情で、私の身体に覆い被さり本当は私にもたらされる筈の痛みを、その身体で受け止めていた。

 咄嗟の事に状況を理解出来ない私の見開いた目に飛び込んで来たのは真っ赤に染まった彼の肩。そして、彼を赤く染めている張本人の皺の寄った鼻面。


――――ギリリッ。


 血の滴る肩口に見えるメガスコリデスが銜えた物を食い千切ろうと、噛み付いた顎に力を入れる。


「ぐぅ ! 」

「だっ、駄目っ」


 そんな事させて堪るか !

 私は咄嗟に猫柳君が持っていた剣を握り、彼越しに上に居るメガスコリデスの鼻面辺りを切り付けた。


「グジュルルルッ」


 仰向けの可笑しな姿勢のせいもあったけれど、私のへなちょこな腕では少しの切り傷を付ける事しか出来なかった。でも、それでも相手を怯ませる事には成功したようで、メガスコリデスの頑丈な顎が猫柳君から外れる。


「今のうちに起きて、猫柳君。――猫柳君 ? 」


 ずしっと体重を掛け伸し掛かって来る彼からポタリ・・と、落ちて来る物。

・・・・・・・・血だ。

 どうやら、さっきの動きで頭部の傷が開いたらしい。それに今し方、噛み付かれた場所が激しく出血し、白い礼服に派手な染みを広げ始めている。誰の目にも明らかに血が出すぎていた。


「す・まない。今度こそ、暫らく動けそうも、ない。ネズ子、お前一人で逃げて、くれ」

「何言ってんのっ ?! そんなわけいかないよ !! 」


 ぐったりとした彼の身体を上に乗せたまま、腕とお尻だけでズリズリと這いずって、怒り狂うメガスコリデスの体の下から逃げ出した。どうしても手放せない剣は移動の邪魔になったし、足首に絡みついた触手は外れないままだけど、それでも逃げた。

 とにかく猫柳君の状態を見られる場所まで行かなければっ。


「猫柳君 ! しっかりして ! 」


 やっぱり相当無理をしていたのだろう。彼の顔色は血の気が無く青いを通り越し、白い。


 ズル・・リ・・


 焦る私の耳に、今日散々聞かされた地面を這いずる音。


「くっ来るっ ! 猫柳君退いてっ。私が何とかするから ! 」


 今だ上にある身体を押し退けようともがく。けれど何故か彼は、私に覆い被さったまま動こうとしない。私の頭を自分の胸元に押し付け、息苦しいほど密着される。

 そう。それはまるで、奴の鋭い凶器から私を隠す様な格好。


――――まさか、私の代わりにアイツに食われる気なの ?!


「退いてっ ! 退いてったらっ ! 」

「駄目、だ」


 彼の胸に手を付いてもがく私に、切れ切れな呟き。荒い息が耳を掠める。


「私に・・何かあれば、必ず救援隊が入る。はずだ。これでも、この国の王子だからな・・。だから、救援隊が入り、ゲートが開いた時。その隙に、ここからにげ、ろ。いいっな ? ネズ子」

「はぁ !? 何かって何 ! 嫌だよそんなのっ !! 」


 私を庇った彼を犠牲にして一人で逃げるなんて、そんなの絶対に嫌だ ! 認められるはず無いっ !


「無理無理無理無理ーーっっ 」

「駄目だ。聞き分けてくれ、ネズ子・・・・私は、お前を失えない。守りたい・・・・私は・・」


 私の耳たぶに触れる、かさつく唇には熱が感じられない。(それは、私を助けようとした結果)

 でも、私を、ぎゅうと抱きしめる腕には暖かな温もり。(それは彼が生きている証)



「・・・・・・・・ネズ子 好きだ」



 まるで最後の言葉のように吐き出された一言に、私は頭の中で何かがブチ切れるのを感じた。


 苦労して引き摺って来た剣の柄を「わしっ」と掴むと、上に乗っている猫柳君をそのままに、剣を垂直に立て、勢い良く突き上げる。

 折り重なる私達に、今まさに、襲い掛かろうと大口を開けた、その中に――。


「こんな時にっ、何言ってるのっ ! 全ッ然、全く、笑えないからっ。ふざけんなーーーーーーっっ !!! 」





やっと、やっと、次辺りで戦うと言うか、逃げ回るシーンが終わります! 長かった。

そして、何時になったら恋愛物っぽくなるのだろう・・と、思っていたやさき、猫耳王子がフライング。

全然、思い通りになりません。

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