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こだわる所は、人それぞれ

首筋に張り付いた一房の髪から、血が伝ってぽたりと落ちた。肩に作った染みの広さから怪我の大きさが伺える。白い礼服の肩が、今はもう真っ赤だ。

 頭部の怪我の場合、小さいものであっても出血が多くなるらしい。けれどこの血の量は、その範囲を大きく超えてしまっていると思った。

 案の定、私の前に現れた当初は元気そうだった猫柳君だけど、怪我が響いたのか座り込んだと思ったら、動かなくなってしまった。

 

 「しっかりして、猫柳君。ねぇ、死んじゃ駄目だよ。傷は――浅いよ ? (希望)」


 さっきから私は、地面に長い足を投げ出し座る猫柳君の上半身を支え、声を掛け続けている。そうしていないと彼が遠いお花畑へと旅立って行ってしまいそうで恐いのだ。


「・・・・助けに来ておいてすまない。どうも血が出過ぎた様だ。少し休めば何とかなるだろう。だが、速くこの茶番を終わりにしなければ。そうしなければお前は何時まで経っても下着を着けられないままだ。・・・・急がなければ」

「 い、いい加減、私の下着の話題から離れて欲しいっっ !! 」


「 無理だっ 」


 顔が赤くなるのを堪えながら言うと、彼は眉間に皺を寄せ苦味走った顔。するとノーブルに整った顔が途端に野性味を帯びた。

 そんな表情も様になる彼の端正な顔は、大量の血で汚れていても美しく、むしろ凄みを増している。

 絵だけを見れば凄くシリアス。まるで壮大なファンタジーのクライマックスシーンのよう。

 だがしかし ! さっきから彼の口から出るのは、私の下着の事ばっかり ! だいたい、下着を着けていないのがなんなのだ。

 私の着ている服は冬用と言う事も有って厚手の生地で出来ているし、色は限りなく黒に近い濃紺だ。下が透けて見えることは先ず無い。だからこそ安心して松明の材料にすることが出来た。

 別に見苦しい物を見せている訳でもないのに。どうして猫柳君はそんなに気にするのだろう ? ――――まさか、この世界の決まりだとか ? 下着を着けずに人前に出てはいけない決まり、もしくは仕来たりでもあるのだろうか。

 フェーリスに来て、まだ日の浅い私は、この世界の決まりごとを全く知らない。知らず知らずの内に、この世界のタブーを犯している可能性は否めない。

 そう思うと段々心配になって来て、腕の中に居る猫柳君に聞いてみるーーと、


「いや。そんな決まりは無い」


 そう返されホッとした。


「良かった。私も一緒に牢や入りなんて事になったらドロ沼だもんね」

「一緒に ? ・・・・(下着無し)ネズ子と、共に檻の中 ? それは天国か、それとも地獄か」


 私の腕の中で何やら小声で呟き、恍惚の表情をした猫柳君。どこかウットリと幸せそうだ。でも、その薄っすらと、笑んだ口元から聞こえた言葉は聞き捨てならなかった。天国は不味い。それは不味い。


「ねぇ、今、天国って言ったよね ? 駄目だからね ? そっちへ行っちゃ駄目だからね ? お花畑は絶対駄目だからね !? 戻って来て !? 」


彼の右肩を支える自分の右手に力を込めて、少し強めに揺さぶる。すると、腕の中の猫柳君が「うっ、やわらか・・・・」と、苦しそうに意味不明な呻き声をあげた。そのとたん、頭部の出血が増す。


「わっ、ストップストップ ! 救急車っ。誰か救急車呼んでーー ! 」


 ど、どうしよう。どばどば出て来る・・・・。そうだ、取り合えず止血をっ。

 スカートのポケットからハンカチを出して患部を押さえ、駄目もとで観客席に向って叫んだ。


「この中に、お医者様はいらっしゃいませんかーーーー ! どなたか、――ん ? 猫島君 ? 」


 ぐるりと首をめぐらせたさい、私達とは対岸の観客席の一階に猫島君と少年キジを見つけた。私は不思議に思い首を傾げる。それは共通点の無い二人が一緒に居るからじゃなくて、彼らの後ろにある黒い機材が良く見知った物だったからだ。


「あれって、電光掲示板だよね。あんな所にあったっけ ? ――――ん ? 何か字が、なになに・・・・」


 ロンギケプスの襲来のさい逃げ出した観客達が戻って来てひしめき合う中、客席を乗っ取った四角く大きな掲示板。その黒い画面にオレンジの光で文字が流れ始めた。


『ナカハラサン。アナタハ、イマ、トテモキケン。スグニゲロ。ケダモノハ、ニヒキイル』


「けだもの ? 」

「・・・・・・・・」


 けだもの、二匹。の文字に背筋がザッと粟立つ。でも直ぐに冷静になって思い直した。どう見たって化物はメガスコリデス一匹。何処にもう一匹居ると言うのだろう。

 無言で居る猫柳君に、いったい、どう言う意味なんだろう ? と聞くと、彼は私の腕の中に擦り寄る感じで身を寄せて来た。苦しいのだろうか。息も少し荒いようだ。

 心配になって抱えるように支えた。おのずと彼に抱きつく格好になる。すると、益々強く擦り寄られ、首筋に感じる猫耳の柔らかな感触がくすぐったい。でも、こそばゆい中に湿り気。見ると灰色の猫耳にも血が付いていた。猫耳に血。何だかとても痛々しくて思わず手で、そこを撫でた。傷に触らないように、優しく柔らかく。まるで本物の猫を触るように。


「うぅ・・天国が、ここに・・・・」

「天国っ ?! だから駄目だってば ! 戻って来て猫柳君っ !! 」

「さ、さっきの、もう一度・・・・」


 ふるるっと、細かく震え出した彼を「守らなければ! 」と、強迫観念にも似た強い思いが心に過ぎる。自分の腕の中に居る彼の、弱々しい姿に憐憫を誘われたのか ? いや、母性愛 ? ・・・・そんなわけ無いか。 やっぱり、動物愛護精神だろう。

思わず又、猫耳を優しくなぞった。手に触れた滑らかな毛の下の暖かい体温が心地良い。その心地良い感触に(猫も好いな)と思った。犬には無いサラリとした毛質が魅力だ。


――――段々と自分には、目の前に居る人が保護しなければならない動物に見えてきたようだ。仮にも、一国の王子に対して失礼な話だが、そう見えてきてしまうのだからしょうがない。


「とにかく私が守るから。大丈夫だからね」


 うむ。と小さく言ったきり、私にペタリとくっ付き無言になった彼に励ましの言葉を掛けていると、例の出自不明の電光掲示板に又、文字が流れ始めた。私は咄嗟に、黒い画面に目を走らせる。


「ええぇと・・『イツマデ、イチャイチャシテイルノデスカ。ヒトマエデ、ハズカシイ。アァ、ハズカシイ。ハズカシイ』 !? 何それっ ! この状態のどこが、いちゃいちゃ !? 」


 全く、何て事を言うのだろう。猫柳君は、こんなに酷い怪我で瀕死の状態なのに !

  鼻息荒く憤慨していると、流れる文字が後を続ける。


『――ッテイウカ、シアイノコトヲ、ワスレテイマセンカ ? 』


「あっ ! 」


 猫柳君の怪我が余りにもショッキングで、メガスコリデスとの試合が頭から一瞬抜け落ちていた。焦って奴のほうを見れば、まだ、数メートル先のそこに居た。小さな身動ぎはするものの、今直ぐに動き出す気配は無い。たぶん猫柳君の出現を危険と察知し、身体を再生する方に全てを集中させる事にしたのだろう。


『オウジ。ソノ、ミサゲハテタコウイヲ、スミヤカニヤメナサイ。ミテイテフビンデス。イイカゲン、ツギノコウイへ 。イマノ、コウキヲ、ミノガスナ』


「そんな、酷いよ・・ 」


 猫島君が何を言っているのか分からない。こんな状態の猫柳君に何をしろと言っているのか ? 彼は今にも天に向って旅出ってしまいそうなのに。猫島君は、鬼なのだろうか。やっぱり、この人を守れるのは私しか居ない。益々、心に強く決める。その時、


「・・・・・・・・・・・・ちっ」


 私の腕の中から、如何にも忌々しいと言わんばかりの舌打ちの音が聞こえて来た。

 見ると、私の胸の辺りに伏せっていた彼が、顔を上げている。その顔は、以外にも元気そうだった・・・・・・・・。




 

猫柳君は頭を打っておかしくなってしまった訳ではありません。元々です。御免なさい。

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