三角耳の助っ人 ?
全て終わった筈だった。
じゃぁ、コレは何 ? 私の足首に巻き付いた、この縄は。
――――まさか、触手だって言うのっっ !!
「は、外れないっ ! ――わわっ ! 」
咄嗟にしゃがんで外そうとしたけれど、それはキュッと締まって私の足首に食い込み、指が入る隙間も無い。それでも絡んだ物に爪を立て足掻いていると、つかさずそこを後方へと引っ張られた。そのせいで、前屈みで不安定な体勢を取っていた私は簡単に地面に崩れる。その時に強かに顔面を打ち、一瞬世界がぐらりと歪んだ。
「あ・・・・あ・そんな、死んだんじゃなかったの・・」
打った患部を手で押さえ、自分の足から長く伸びたラインを視線でなぞり、その先へ。
そして私は視線の辿り着いた場所に、あまりの光景を見て目の前が暗くなった。
「い、意味分かんない。なんでよっ、何で動いているの !? 」
私の視線の先には、身体を半分に切断され、事切れた筈のメガスコリデス。
ーーーー死んだ筈だった。だって、ほら。そこいら中にアイツの体の断片が散らばってる。こんなんで動けるわけがない。生きていられる訳が無いっ !
でも、常識に反して動いているあいつ。
あれは何? メガスコリデスは、いったい何をしようとしているの!?
信じられない気持ちで座り込む私の前で、メガスコリデスの切断された腹の断面がボコボコと、激しく動く。
生臭いオレンジ色の肉の上に薄い膜が貼り、それが途端に厚くなる。その厚くなった皮膚を下から細かく突き上げるような不気味な動き。
その不気味でおぞましい行動を繰り返すたび段々と、段々と、失われた筈の体が元に戻っていく。
そう。あいつは体を再生しているようなのだ。
「身体を傷つけても死なない?! もしかしてロンギケプスステルンベルギは、この事をしっていたのっ ? 」
だから、切った半分だけを持って行った?
完全に殺さなければメガスコリデスは再生し続ける。つまり、何時までも食べ続ける事が出来る。
――――む、無限ミミズ !! (何それ、面白くないっ)
何てこったい・・・・。じゃぁ、ロンギケプスはメガスコリデスを殺す事は無いじゃないか。でも、メガスコリデスを倒さなければ私の勝利は無い。と、言うか、私の命が無い。これは堂々巡りだ。
絶望の淵に居る私の足首を、また強い力が「こっちへおいで」と強引に誘う。
「ぅあっ ! 」
咄嗟にうつ伏せて、誰かの血が染み付いた固い地面にしがみ付く。傷だらけの指は思うように力が入らないけれど、それでも最後の力を振り絞って耐えた。でも、必死に地面に爪を立てる私を面白がるように、くいっ、くいっと、断続的に引っ張る触手。その力が込められる度に近付く私と、メガスコリデス。
「いっ、嫌っっ! 死にたくないっ」
――――少しずつ・・・・・・。
「っう・・・・やぁ、めて」
――――少しずつ引き摺られ、死に近ずく。
口から溜め息のような悲鳴が漏れ、それと同時にグンッ! と私を襲った今までで一番大きな死への誘い。散々逃げ回り疲労困憊している私に抗う術は無く、空しくも地面から指が離れた。当然ずるずると地面を引き摺られる私の体。
「・・・・・・も、う・・」
そこで私の心は脆くも砕けてしまった。もう無理だ。どうしようもない。体は弛緩し、なすがまま。頭の中は真っ白。何も考えられない。今度こそ私は絶望の底に落とされた。
『ドムッッ!!! 』
――でも、捕食者に転じたメガスコリデスの思うがままにされる私の耳に、物凄い爆裂音が飛び込んで来た。
爆ぜる音。そして金属が何かにぶつかる音。観客達の物だろうか、絹を裂く悲鳴も混じる。
尋常じゃない気配が、離れている私の所にまで届いた。
「・・・・・・・何 ? 」
うつ伏せた顔を僅かに上げて音のした方を見る。すると観客席で人垣が二つに割れ、その中を歩んで来た誰かが、舞台へ飛び降りるのが目に映った。
「ね――、」
信じられない光景に目を見張り引き摺られ続ける私に駆け寄ってくる猫耳男子。その耳の色は灰色。なびく髪とは明らかに違う毛質の三角耳。
「猫柳くん!」
「ネズ子 !! しっかりしろ ! 」
彼は力強く声を張り上げると、地面に落ちていた長剣を拾って私の足首に繋がる触手を断ち切った。
私が構える事も出来なかった重い剣を易々と使い、一刀で死の淵から拾い上げてくれた彼。その姿は輝いて見えた――――が、彼が近付いて至近距離でその姿を見た瞬間、自分の顔が歪むのが分かった。
「私が来たからには安心しろ ! 」
白馬の王子様よろしく、清々しささえ感じさせる笑顔。大抵の女子はウットリする事だろう・・・・笑顔だけなら、だけど・・・・。
「あ、あの、それは――――」
「それよりも、その・・何だ、あのな、ネズ子。お前は今、下着を着けていないのだから行動には、もっと気を付けるべきだ。うむ」
珍しくドモリながらも言いたい事を言い切った猫柳君。猫耳がピッと張り満足そうだ。でもそんな彼には悪いけれど、そんな事は態々言われなくても分かっている。
「今は、私の事なんてどうだっていいよ」
そう。それよりも今は、もっと気にしなければならない事がある。それを何より分かっている筈の彼は、しゃがみ込んだままでいる私から微妙に視線を逸らし、激しく反論し始めた。
「どうだっていいだと ?! そんなわけ有るかっ ! お前の服の下は国家機密以上の最重要案件だっっ ! いいか、下着を着けない健康法とやらが巷にはあるが、あれはな――」
「まっ、待って ! 今は、そんなことより君の事だよっ ! 」
ずらずらと続きそうな台詞を、彼の腕を掴むことで遮った。
「 ? 」
「だって貴方、血だらけじゃないっ ! 」
彼の頭は血だらけで、その血がポタポタと白い礼服に赤いシミを広げている。そんな無残な姿に青くなった私は、掴んでいた腕を支えるように背中に回した。しかし、心配する私に彼は「そうなのだ。失敗した」と平然としている。
「檻の鍵が無くてな、仕方なく爆破する事にしたのだが火薬の量が多すぎたらしい。危うく私の頭まで吹き飛ぶところだった。これを「猫に唐傘見せた様」と言うのだな。はははっ」
――――は ?
「『はははっ』、じゃないよっ !! 」
しがみ付いていた腕に力を込め、あっけらかんとしている血だらけ王子を責めた。だが、責められた本人はどうして叱られているか良く分かっていないらしく、怪我を労わる様子は無い。それどころか平然とした顔で責任転嫁し始めた。
「悪いのは私ではない。キジとか言う子供が持って来た火薬が多かったのがいけない。怒るなら、あいつを怒ってくれ。・・・・と、言うかネズ子。余りくっ付くと私の出血が止まらないのだが」
「ひっひいっっ !! 」
なんと彼の頭から鮮血が噴き出した。それは正に、噴水の如く。
――――私の方こそ「猫に唐傘見せた様」である !
【猫に唐傘見せた様】
意味 : 驚くこと。吃驚して嫌がる事の例え。




