逃げた先の希望の、何か
「ふぬぬぬっ! ぬぁっ」
このまま引きづられて行ったら間違いなく私は、餌。
――――い、嫌だ。それだけは絶対嫌だ。こんな訳の分からない世界で、訳の分からない生き物の食料になんてなりたくない。
私は石一つ落ちていない固い地面に指を立て踏ん張った。爪の間に細かい砂粒が入って酷く痛んだ。
「はぁ、はぁ、はあ、と、止まった・・・・」
片手で地面を捉えたまま、もう一方で足首に絡まった触手を無理やり外し、四つん這いで逃げ出す。足を動かしながら、チラリと後ろを見ると後方に大穴が。その中に生き物の蠢く気配を感じ、ぞわっと、全身に鳥肌が立った。もぞり、もぞり、土に擦れる音。間違いなくアレが穴の中で私を待っている。
「っつ! 」
前へ、前へ、もっと前へっ !
足が痛いとか血が出ているとか、もう、そんな事には構っていられなくて、とにかく此処からなるべく遠くへ逃げる。頭の中には、それだけしかない。
ズッズッズッ・・・・逃げる私の地面に付いた手と膝に、決して小さくない振動。
「!? 」
まさかと思い、再度後ろを振り返る。するとメガスコリデスが自分が掘った穴から頭を出して這い上がって来ているのが見えた。
きっと、掴んだ餌(私)が待っていても穴の中に落ちて来ないから、痺れをきかして自ら出て来たのだ。
「ひっっ! @0%#:*▲*●!!(助けてっ助けてっ助けて! )」
口から出る音は最早、人の言葉では無くなっていて、意味を成していない。格好悪いとか恥ずかしいとかは、もう、どうでも良い。とにかく全神経を手と足を動かす方へ集中させる。そして、壁に突き当ると、白っぽいコンクリートに縋りついた。
「はぁはぁはぁ・・考えろ。考えろ私っ! このままじゃミミズの御飯だよっ?! 」
パニックの頭をフル回転させて生き残る道を探す。
武器は・・・・無い。あることはあるのだけど私には使えない物ばっかりだから、これでは無いのと同じだ。
じゃあ、武器の変わりになる物を。もう、この際、石でも棒でも何でも良いっ!
切に願う私の目に、ユラユラ揺らめく「ある物」が飛び込んで来た。
「篝火・・・・火。そうだ、火だっ !! 」
私はこの時、あのメガスコリデスに良く似た化物が出ていたパニック映画の内容を思い出していた。
――――あの映画で主人公は火を使って化物と対決していたよね。たしか、松明を使って追い払ったり、焼き払ったりしていたはずだ。それに、あの手の生き物は大概、火が嫌いだと相場が決まっている。
「これ、いけるんじゃない」
私の胸に希望の光が小さく灯る。
そうと決まれば膳は急げ。私はゲート脇に置かれた鉄製の足の長い篝火に駆け寄り、その勢いのまま力一杯、組まれた足を突き倒した。
ガチャン! ガララッ・・・・鉄製の足が、ばらけ打ち合わさって高い音をたてる。支えられていた籠の中身も地面にぶちまけられて、そこいら中に焼けて真っ赤になっている薪が飛び散った。
火が消えない内に何か燃やす物を、と考えて私は一番身近に有る物を使う事にした。まず、履いていた靴下を脱いで唯の棒になった篝火の足に巻き付ける。でも、それだけだと直ぐに燃え尽きてしまいそうだから私は、もぞもぞと・・・・下着を脱いだ。服を着たまま下着を着たり脱いだりは慣れているから、さほど時間を掛けずに即席松明が完成する。
「うぅ・・旅の恥は掻き捨て、って事にしておこう」
私を目指し涎を垂らしながら蠕動する、あの化物を前にした今、恥ずかしいなんて言ってられなかった。羞恥よりも命! とにかく、死んだら終わりだもの!
ボゥ・・音をたて乾いた布が燃え上がる。
火が完全に移り、布が焼ける匂いが立ち上る松明を両手で前に翳し、ミミズの化物、メガスコリデス‐アウストラリスを迎え撃った。
緊張のその一瞬、耳に入るのは私を追い詰める体を引きずる摩擦音。自分自身の荒く短い息遣い。そして、上空高くで響く「ゲゲッコゲー」。いつか聞いた怪鳥らしき者の泣き声だけだった。
「き、来なさいよ! こ、このミミズっ」
即席松明を前に突き出す。
「ゲジュルル」
「ひぃっ、やっぱり来ないでぇ。気持ち悪い~っっ! 」
熟しきったトマトが潰れる様な音をたて私に近寄ってくるメガスコリデス。奴は蠕動し前に進みながら、萎びた体の所々に付いた突起から、まるで縒ったボロ縄のような触手を伸ばし辺りを探っている。
ざわり、ざわり、と、小波の如く蠢く触手。が、その動きは、とても緩慢で運動神経が余り良くない私でも気を付ければ十分回避出来た。
「やっぱり目が見えていないんだ。きっと、あの触手は目の代わりなんだな」
体、本体の動きも穴を掘っている時以外は遅く、これはもしかしたら何とかなるかも知れないと益々、希望の光は輝きを増す。
――――ざわり・・・・。
希望に胸を高鳴らせいてる間にも緩慢な触手は私に向って這い寄っていた。気付いた時には革靴を履いた爪先数センチ前。
「わっと、危ない。よし、・・・・良い子だから、そのまま動かないでね」
私の足元近くに寄って来た長い触手の一本に、持っている松明でキャンドルサービス宜しく火を押し付ける。
見た目ボロ布みたいだから良く燃えると思いきや、なかなか火が燃え移らない。それでも何度も何度も繰り返し根気強く火を押し付けていると、小さくだが何とか引火ししてくれた。そして、その火がどんどん大きくなって導火線みたいに本体に向って炎のラインを描く。
「よしっ! この調子で触手皆に火を点けてやるぞ! 」
どんなに相手が大きくても、動かないのであれば恐くは無い。これなら私でもいけるんじゃない?! 心の中で小さくガッツポーズ。
その時、シュッと空気を切る音。
浮かれた私の鼻先を鋭い何かがかすめた。目にも見えないその動き。今度はいったい何っ!?
咄嗟に腕で顔を庇った私の目の端に、微かに残るいくつもの残像。じりじりと後退しながら目を凝らし見る。
「わっ、何? まさか、触手っ!? 」
それまで緩慢だった動きをかなぐり捨て、急に素早く動き出した触手達は私の頭や足の近くを飛び回る。その鋭い動きに恐怖を感じて大きく数歩、後退る。もし、あたったら痛いどころの話しでは無いだろう。さっきまでポロ布だった触手は今や、しなやかな凶器に変わっているのだから。
――――だんっ!
「!! 」
触手に気を取られていた私の、地に付いた足の裏に大きな振動。動揺して体が思わずぐらりと揺れる。そんな私に構う事無く振動は何度も何度も続く。
動き出したのは触手だけではなかった。なんと本体も連動するかのように活発に暴れ始めたのだ。
ゴロゴロと転がり回ったり、丸みを帯びた頭を地面に打ち付けたりと、とても激しい。
アレに巻き込まれたら間違いなく死ぬ。ペチャンコだ。私は鞭の様な触手以上に恐れを感じて、また壁際に非難した。
「もしかしてこれは、お、怒っちゃったの? 」
「グジュルルルルルルッ! 」
「ひぁっ! 」
私の居る壁際に向って転がって来る肉食巨大ミミズ、メガスコリデス。
ゴロゴロと狂ったように転がっている内に火は消えたはずなのに間だ怒りは静まらないらしく、その動きは激しく素早い。よく、あの巨体でこれほど動けるものだ。だが、感心しても居られない。
アイツは確実に私を・・・・・・・・・・殺る気だ。
「ご、ごめんなさいっ、ごめんなさい、こめんなさい! 謝るから許して、って言うかこっち来ないでぇ~~~っ」
さっきまでの強気は、もう既に忘却の彼方。私は逃げ回りながら謝った。へタレの極みである。でも、メガスコリデスが私の懇願の言葉を理解してくれる訳もなく、押しつぶす気満々で攻撃の手を緩めてはくれない。
「あぁもう、こんな小さな火じゃ駄目だっ。もっと別の・・・・。何か、何か無いの!? アイツの弱点を突くものはっ」
あの化物の弱点。もしくは嫌いな物。もし有ったとしても、その物は、この舞台上には無いだろう。だって此処は高い塀で外と遮断された空間だもの。ここに置いてある物と言えば固い地面と使えない武器だけだ。
「もーっっ!! あ、アンタなんか鶏か何かの餌にでもなっちゃえばいいんだっーー・・ん? 餌? そうだ餌だっ!! 」
猫柳「ね、ネズ子っ!? ちょっ、まっ、ってえええっっ!!! 」




