お相手は、かなり長い方だった。
イエネさんではなく、明らかに城の関係者だと分かる服装の男性に部屋から連れ出され階段を無言で上る。
――――ゴ、ゴゴゴゴ・・・ゴゴン・・ゴ・・・
一歩、一歩、地上へ近づけば近付くほど不思議な地鳴りが強くなってゆく。頑丈な作りの地下の壁を細かに震わせ、それが私の肌にも伝わり痺れるような感覚をもたらした。何だろう。地震だろうか。首を傾げながら階段の中ほどを過ぎて私はようやく、その地鳴りが恐ろしい事に人の声、観客の歓声なのだと気付いた。
でも、それは今更気付いてもしょうがない事。何故なら私には前へ進む道しか開いていないから。そう自分に言い聞かせ、薄暗い穴ぐらから舞台へ直結するゲートを潜り光の中へ。
「っあ ! 眩しいっ・・・」
空の色が闇色でなければ、今が夜であると分からなかったかもしれない。それほど闘技場内を照らすライトの光は強く、暗がりに慣れていた私の目を眩ませ、頭には昼夜逆転の錯覚を起こさせた。
強すぎる照明のせいで、毎日大空に君臨している月も、今はその存在を誇示する事が出来なくなっていて、観客の誰も上空にある赤い月に気付かない。ただ、月の周りを大きく舞う陰影だけの鳥のみが、その存在を主張している様だった。
「では、ご検討を」
背に投げられたありきたりな常套句に振り返ると、左右に篝火を焚いたゲートが私を誘導してくれた男性の手で閉じられる所だった。
ドォォォン・・・・・・と言う重い音の後に「ガガン ! 」と、閂を掛ける気配。
さぁ、これで完璧に後が無くなった。私は覚悟して翳む目を手で軽く擦り、ゆっくりと開く。
「すごい・・・・」
光と観客の立てる騒音に慣れてくると、周りを見る余裕が生まれる。ぐるりと体ごと回り、目に入る情報全てに圧倒された。
「こんなに人が沢山・・・・何百・・うぅん、何千人っているかも・・」
私が考えていた規模とケタが余りにも違い、おかげで私の上がり症は、どこか世界の彼方に吹き飛んで行った。それ程の衝撃が、今、目の前に。
まさか、これほどの大きさ、観客の入りだとは思っていなかった。もっと厳かで静かなものだと勝手に思い込んでいたのだ。物凄い人の多さに圧倒されながら自分の考えの足らなさに頭痛を起こす。その時、私の耳に微かに届いた声。
「ネズ・・・――ネ・・・ォォ」
「え ? 猫柳君 ? 」
耳を劈く客のヤジの声の狭間に良く知った声を捕らえた。この人の山から一人の人の声を聞き分けられたのは奇跡的だ。
パッと見れば、三階の貴人用だと思われる少し拓けたスペースに大きな四角い箱。いや、違う。あれは・・・・
「檻 ? 何で檻の中に猫柳君 ? 」
格子の嵌められた正面以外、全てを壁で覆われている暗い檻の中に、白っぽい服の猫柳君が浮いて見える。良く目を凝らしてみれば、私に向かって手を振っているらしい。彼の体が左右に揺れる。そして、その檻の横に居るのは、たぶん猫島君だ。呆れたように首を振るコミカルな仕草をしている。アレは彼が猫柳君に時々してみせる「どうしようもない」の意思表示。
「あははは・・・・何やってるの」
相変わらずの二人に思わず笑みがこぼれた。非日常に日常が帰って来たようで少し落ち着きを生む。
「よし ! もうここまで来たら、やるしかないもんね。猫島君に首を振られないように頑張ろう」
大きく深呼吸。
胸一杯に乾いた空気を吸って、吐いて、また吸い込んだ、その時、向かいのゲートが耳障りの悪い音と共に動いた。
――――ギィ――ギギギギギィィィィ―――・・・・ドォォォン !
開いたゲートに人影は居ない。無人だ。
――――ズ・・・・ズズズ、ズ、ズ、ズ、ズ、ズズゥゥゥゥ・・・・
そう。人はいなかった。いたのは――――、
「 っ!!! ミミズの親分っ !? 」
煌々と照らされた光の舞台に、黒くぽっかり開いた入場口。地下に繋がるその暗がりから引きずる音を立て、姿を現した這いずる化物。その化物の全容を視認した瞬間、目の前が暗くなった。私の頭が、見るな、聞くな、と訴える。気持ち悪い。でも、どんなに気色が悪くても私は奴から目が離せない。手に冷や汗をかきながら観察し続けた。
脳が受け入れを全力で拒否する、その化物の巨体はミミズの如く長く、目視で軽く7~8m。そして、いやらしく蠕動運動を繰り返す表皮は遠目でも分かる位にぶよぶよと硬そうで萎びた野菜の表面を連想させた。その所々には短い突起が付いていて、たぶんそれで地面を捉えて前に進み易くするのだろう。退化しているのか、進化しているのか良く分からない外見は、とにかくグロテスク。卑猥。何処もかしこも・・・・。
――――・・・・気持ち悪いっ !
昔見たパニック映画に出て来るモンスターに良く似てる ? はて、あのモンスターの名前はなんだったっけ・・・・。
私が半ば呆然としながらそんな事を考えていると、目の端で試合開始を知らせる青い旗が振られた。それはつまり選手が揃ったと言う事。私は思わぬ事に焦った。
「え ? 試合が始まったの ?! って事は――――アレがアウストラリスっ ?! じぁ、じゃぁ、私っ、アレを・・・・食べていたのっっっ !! 」
ちょっと待って、ちょっと待って ? え ? 本当に ? 私、あんな気色の悪い物をっ !? ・・・・・キ、キモチワル・・ウェッ・・
湧き上がってくる吐き気と猛烈な後悔で、よろけて高い壁に片手を着きながら、私はもうこれから先、珍味と言われる食べ物は絶対に口にしないと心に決めた。
闘う前からノックアウト寸前の私とは対照的に、対岸の入場口付近にいるアウストラリスは元気良く地面に穴を掘り出す。
目は退化したのか殆んど何処に有るのか分からないのだが、口は逆に進化したらしく遠目にも大きく、口腔内には鋭く無数の歯が並んでいるのが見えた。そのありえないほど頑丈な口で土を削り下に、下にと進む。
――――ガッ、ガッ、ガッ、ガッ、
一心不乱に穴を掘る。その姿はまるでトンネル工事用の掘削機。見る間に化物の頭が穴の中に見えなくなった。
「どうせなら、ずっと埋まっててっっ !! 出て来ないでっ、ブラジルまで行っちゃって良いからっっ (後ろ側まで掘り進めろ。の意)!! 」
心から切に願いながら、私は今がチャンスだとよろける足を叱咤して直ぐ傍の武器置き場へ向かった。武器置き場と言っても、それは私側の入場口の横にある小さなスペースで剣道場の竹刀置き場みたいなささやかな物だ。
あの化け物から身を守る武器を速く手にしなければ。その焦りに背中を押され、私は転がるように走った。
「はぁ、はぁ、はあ、えっと――・・・・あれ ? 」
立て掛けられている武器を見て混乱する。
「何これ ? 違うよ ? 私が選んだのじゃないよ !? 」
そこに陳列された数振りの武器は、どれも私が選んだ物ではなかった。イエネさんが勧めてくれた物でもない。どれも大きく、ごつごつとした物ばかりで、とてもじゃないけれど私には扱えないと思われた。
「スタッフの人が間違ったの ? でもこれ明らかに私用じゃないよね ?! 見れば分かるよねっ !? 金太郎さん位だよッ ! こんなの持てるのっ !! 」
半ば切れながら、試しに掛けてあった物の中の一振り、長剣を手に取った。と、思ったら・・・・・・重力に逆らう事無く落ち、刃先から地面にめり込ませてしまう。
――――ドスッ !
「おもっ ! あ、上がらない~~~っっ。ぬぁぁぁぁ~~っっ」
両手で持っても刃先すら上に上がらず、早々に投げ出す。そして、武器を持つ事を諦めた私は、
「ス、スタッフゥ~、スタッフの人ぉ~~~~~~っっ。これぇ、私のじゃぁ、ないで~~~~~~すぅ ! 間違って、まぁ~~~~~~~~~す ! やり直しを要求しまぁ~~すぅ !」
スタッフに助けを求めた。
後ろで元気に穴を掘る巨大ミミズもどきと、壁際でビョンビョン跳ねる私。
何だか、全くもって先行きが見えない。
猫柳「ネズ子ーー !! セーラー服も似合っているぞぉぉ !! 」
猫島「そのオペラグラス、どこから出しました ? 」




