穏やかな夜と、影。
猫島が机上の釣書の山を慣れた手つきで箱に詰め込み、台車に載せる作抗業を続けながら機嫌が下降したまま戻らない猫柳に声を掛けた。
「で、明日の余興の手筈はどのようになっているのですか ? 動くのなら今の内でないと明日になってからでは時間がとれませんよ」
猫島の問いに椅子に座っている猫柳が手で弄んでいたカエル型ランプを、そっと大事そうに机の上に置き顔を上げる。
「すでに完了している。抜かりは無いさ。多少、乱暴な手だがしょうがない」
カエルを離した手を、木目が美しい胡桃の木で出来た机の引き出しに掛け、中から小さなリモコンを取り出し猫島に掲げて見せる。
それを見た猫島は心当たりがあったらしく「ああ、それは」と、近寄って来て丸型のそれを確認するように、しげしげと眺めた。
「もしかしてコレは、犬用調教首輪のリモコンですか ? 確か、暫らく前に自作されていた物ですよね。自信作だとか仰っていた記憶があります」
‐猫柳メモ‐
【犬用調教首輪(電流タイプ)】
・ 用途
犬の調教に使用。
・ 使用方法
言う事を聞かない卑しく愚かな犬の首にそっと装着させ、付属のリモコンのスイッチをオンにして下さい。
瞬時に高圧電流が流れ、お宅の愚かな犬が驚くほど従順になります。
忙しい貴方にお手軽アイテム。
・ 注意
犬以外に使用しないで下さい。
「そうだ。あれをアウストラリス用に強力に改良した ! ふふっ、さすがの巨体も2~3回の放電で、事切れるだろう」
「アウストラリスに調教首輪とは良い考えですが、陛下の目の前で使うわけにはいきませんよ ? 明日の余興は中原さんの手で勝利しなければ意味が無いのだから」
明日の試合はあくまでも、アウストラリスVS中原すず子。第三者の介入は許されていない。何事にもルールがある。
猫島が溜め息混じりに進言をする。
だが、注意点を促された猫柳はさして気にする様子も無く、余裕の顔で首輪の使用方法を述べた。
「アウストラリスは地面に潜る習性があるだろう ? だから、奴が本能のままに地面に潜った時に電流を流す。ようは父上の目が届かない場所で殺せば良いのだ」
「なるほど、中原さんの不戦勝を狙うのですね。それでは地中の死骸の回収は任せて下さい。陛下の目に触れぬよう迅速に行なわなければなりませんから大変ですが、何とかなるでしょう・・・・はい」
猫島が斜め上の何も無い空を見ながら頷く。彼が上目遣いで一点を見詰めている時は大抵、策略や謀略を考えている場合が多い。
それを見た猫柳が、『こいつの計略は結構えげつない。ネズ子に害が及ばない様にしっかり見張って置かなければ』と、黒い従者に立ち向かう決意を強く心に誓い、拳を固めた。
「では、首輪を貸して下さい。今から私が獣舎に行って取り付けて来ます。貴方では目立ち過ぎる」
熟考が完了した猫島が、机の上に転がるリモコンと対になる首輪を要求した。
ここから獣舎がある闘技場まで遠くはないが人の目があり過ぎる。それに、ただでさえ目立つ容姿の猫柳だ。少々の変装では誤魔化す事は出来ないだろう。猫島は端麗な主の顔を眺めた。
今の猫柳は多少の自由は確保されたが、今だ罪人の立場。首の皮一枚で繋がっている危うい立ち位置なのだ。おいそれと思いのままに赴く事は周りの心象を悪くしかねないし、第一、つまらない詮索を生む危険がある。
だから自分が行くのが正解なのだと手を出し、早く寄こせと猫柳を急かした。
しかし猫柳は、その出された手を払いのけリモコンを引き出しの奥へ隠す様にしまった。
「首輪ならもう装着済みだ。実は獣舎番に良い使える駒がいてな。そいつに頼んだのだ」
「頼んだ ? 脅したの間違いでしょう。貴方って外面はいかにも王子様ですが、中身は結構黒いんですよねぇ。ああ、まったく嘆かわしい」
「黒い ?! それはお前だろうっ ! だいたい、脅されるのは本人の落ち度だ。城の後ろで隠れて犬を飼うなど本当なら百叩きものだぞ。それを私はな、寛大な温情を持って奉仕行動と言う行為で許してやろうとしたのだ !! 」
憤慨した猫柳が耳をピンと張り、抗議する。
ちなみに、この場合の奉仕活動とは猫柳の奴隷となってこき使われると言う事である。こっそり犬を飼っていた獣舎番にとっては百叩きの方が一時で終わる分、まだましだったかも知れない。彼はこれから傍若無人な猫柳によって散々いたぶられる事になる。
猫柳の脳には、他人を思い遣るという文字は刻まれていない。基本、他人はどうでも良いのだ。異世界で知り合った小さな少女を除いては、だが。
一方、変わりつつある主の変わらない部分に、嬉しい様な、悲しい様な気分の猫島。微妙な心情に、顔に苦笑いを浮かべてはいるが内心は悪くないと思っているらしく耳はピンと上を向いている。
お互い思う所は色々有れど、明日の準備が一通り終わり幾分ホッとした気持ちで何時の間にか訪れた夜がゆったりと過ぎて行った。
――――大丈夫。絶対に上手くいくと、疑う事無く。
「・・・・・・・・・・」
穏やかな空気の流れる部屋のバルコニーから、するりと離れる黒い人影。
抜き足、差し足、忍び足。
空の月から隠れるように、陰から影へと渡り歩く。それが猫の真骨頂。
気配を消して音も無くするり、するりと、壁を伝い辿り着いた場所は大きなバルコニーの窓の前。
「ピィィイィ――」
バルコニーの柵にとまって鋭い声を上げる猛禽類を横目に、間も無く開いた大窓の隙間に身体を滑らせる。
人影は、あぁ・・・・こんな事したくない。不本意だと言わんばかりの態度を隠さずに、部屋の中央に佇む人物の前に歩み寄った。
「あら、ご苦労様。ちゃんと頼んだ仕事はしてくれたでしょうね。 キジ ? 」
小さな手をギュッと握り、固く口を結んで下を向く少年に、輝く金髪を波打たせた公爵令嬢コレットが尊大な態度で労いの言葉を掛けた。
「・・・・・・・・」
話し掛けられた少年キジの体がますます強張る。さっきよりも強く口を引き結んだ。
「分かっているわね ? 貴方の行動で、貴方の大事なご両親の運命が決まるのよ ? さぁ、私の言葉が理解できているのなら報告をして頂戴 ? 」
「っつ ! わ、分かってるよっっ ! 」
「ふふふっ。ならいいのよ」
やんわりと脅すコレットに、キジが弾かれたように顔を上げ、今、見聞きしてきた場面を話し始めた。キジは砂を吐く気持ちで、一言、一言、苦しさに耐えながら言葉を続ける。
猫柳の作った首輪の事。そして、その使用方法。全てだ。
話が終わると、最後まで黙って聞いていたコレットが満足そうに含み笑う。
「そう。良い考えだとは思うけど、ちょっとやる事が大雑把ね。いかにも男の方の考え。これでは引っ繰り返すのは簡単そうだわ。うふふふふふっ」
うきうきと笑うコレットは酷く上機嫌だ。一方、キジは苦々しくその姿を睨め付めた。
「お姫様っ・・・・そんな事したってヤナギ殿下の心は手に入らないよっ」
「ふん。別に私、殿下の御心なんていらないわ。欲しいのは妃の座だけよ」
彼女は馬鹿にしたように鼻で笑い、くるりと後ろを向いた。
「・・・・この私を、その他大勢の娘達と同列に置いた者達を見返してやるんだから・・・・」
そう続けたコレットの顔はキジからは見えなかったが、言葉の端々に何らかの悔しさが滲んでいた。
「許さないわ」
第二王子ヤナギの星の数ほどいる許婚。コレットは、まるで商品目録、図録の様に写真が貼られ、身辺の色々が記載された山の如く大量の身上書の存在を知っていた。そして自分の身上書も、その中の一枚であると言う事も。
コレットは、若い年頃故の高慢さ、高位の者である揺ぎ無いプライド、それらを刺激し自分を特別な存在として扱わない周囲に強い怒りを露にしていた。
止まらない。止める事が出来ない。彼女の目は、もうすでに明日笑う自分の姿しか見えていない。
キジは頭上の耳を悔しさで震えさせ、ちっぽけな小さな手を白くなるまで握り締めた。
「ねぇーちゃん、ごめんよ・・・・」
キジの小さな呟きが、夜の波間に掻き消えた。
これも多分、三人称・・・かなぁ。




