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違う立場の二人組み

 私達は明日開催される式典(私は式の後の余興)に出る為に早朝、朝靄の中のアルゴル城を出発し、時間にすると馬で半日程の距離にある本城キトゥン・ブルーに向かっていた。


ゴトンッ、ガタ、ガタ、ガタ、ガターーー


 馬の蹄が固い地面を蹴る音、馬車の車輪が轍を作る音、そして御者が馬にムチを入れる鋭い音。それらの音を聞きながら、私は馬車のキャビンの中で延々と王子付従者、猫島君による真綿で首を絞められる様なお説教を受けていた。


「まったく、貴方は自分が何をしでかしたか分かっていないから、そんな呑気な顔をしていられるのです。貴方と王子は私をストレスで殺したいのですか。ええ、殺したいのですね。そうに決まっています。でなければこのような事態にはなっていない筈。あぁ・・私は何か悪い事をしたでしょうか。ねぇ、ナカハラスズコさん ? 聞いていますか ? ナカハラスズコサン 」

「すいません。すいません。・・・・・でも、この顔は元から・・なんだけど」


 もう、何度目かになる同じ責め苦。常日頃から小言を言い慣れている彼の攻めは容赦無く、その、ねちっこさに私こそ死にそうだ。ストレスで。

 だが迷惑を掛けた自覚があるだけに反論が出来ない。今の私に出来る事は大人しく下を向き反省のポーズを取り続ける事だけだ。この針の筵から速く解放されますようにと祈りながら。


「はぁ、大人しくしていてくれればいいものを・・・・」


 彼の言っている事は最もで、私も一晩経って落ち着いて考えてみると我ながら無茶だったかなと思う。何時もの私らしくない行動だった。

 でも私はあの時、引くことが出来ない状況だったのだ。大見得を張って余興に参加する宣言をしたのは一番に猫柳君を助けるため、だけどその他に兵士達と大立ち回りを繰り広げた少年キジ、そしてその時、一緒に居た私自身のためだ。猫柳君の罪が取り消されれば彼を脱獄させようとしたと誤解された私達の冤罪も有耶無耶に出来る。いろいろな事を考えれば今回の行動は間違いではなかったと思う。

 とにかく今はコレット嬢の言う通りにするしかない。


「えぇと・・本当、御免ね ? で、でもね ? 記憶を消すだなんて乱暴すぎると思って。猫柳君のしたことは、そこまでされなきゃいけない事なのかなって考えたらイラッとしてつい・・・・すみません」

「ふぅ。まぁ、そうですが、それが罷り通るのがこの国です。ですがこの国は蛮国ではありません。『去勢』は、そう頻繁に適応される刑ではなくて、私が知っている限りシャルトリュー殿下が最初で最後です。この刑は、主に王族に適応されるので」

「そうなんだ。でも、滅多にされない『去勢』をシャルトリュー殿下は5回も受けたんだよね ? いったい何をやったの ? 」


 頭に浮かんだ疑問が考え無しに、ズバッと口から漏れてしまった。私もそれなりに疲れているので思った事が駄々漏れに。そんな私に猫島君は呆れ顔で眉根を寄せて、茶色の猫耳をパタパタと忙しなく動かしている。たぶん、イラついているのだろう、耳は正直だ。


「貴方は聞き辛い事をまぁ、サラッと言ってくれますね・・・・。慎重なのか軽率なのか益々分かりません。――でも、良いですよ、教えてあげます。この事は城の者なら大体は知っていますし」


 そう言った後、猫島君はシャルトリュー殿下に行なわれた罰の理由を、感情を込めず淡々と話した。その内容は私にとって思いも寄らないモノで少なからず驚いた。頭の中の何処にも無かった考えだったからだ。


「――――だからつまり、シャルトリュー殿下は私の兄に懸想をしていたのです」

「けそう ? 」

「LOVE。デス」

「ら、らららららららららぶっ ! 」

「ええ。ラブです。兄に想いを寄せていた殿下は後宮にも渡らず、兄の後ばかり追い掛けていたのです。が、それを知った陛下は今後の跡継ぎ問題を危惧され去勢を言い渡したのです。第一王子とその従者の恋など、余りにも身分が違いすぎてヘソで茶が沸かせますよ。全く、我が兄も人騒がせな・・・・はっ ! まさか、あの二人も私の事をストレスで殺そうと ? 」


 猫島君もかなり疲れが出始めているらしく思考が段々と怪しくなって来ている。言葉の端々に被害妄想という病の匂いを感じた。でも疲れているのは私もなので、あえて其処には着眼しない。


「キャリコさんに、懸想 ? 」


 シャルトリュー殿下がキャリコさんにって・・・・BL ? メンズラブ ? 私は専門外なので何とも言えないが、脳内で手を取り合う二人のヴィジュアルは美しく複眼である。これはこれで良いのではないだろうか。(猫耳が)ファンシーでビューティフルだ。それよりもシュルトリュー殿下に、そんな生々しい感情があるという事実に吃驚だ。


 私の内心(妄想入り)が透けて見えたのか猫島が訂正をしながら補足を行なう。


「難しい話なので複雑な部分は省きますが、耳猫族に三毛色の男性性は生まれません。兄は厳密に言えば兄ではないのです。彼の外見は男性に近いですが、もっと細かく染色体レベルで見ると女性性なのです。大変珍しい事例ですが無い事ではありません」

「そうなんだ・・」


 驚いたけれど、シャルトリュー殿下の思い人を聞いた時の衝撃ほどではない。人の世界でも染色体うんぬんかんぬんの問題は聞いた事があるし、サイエンス系のテレビ番組で特集していたのを見たことがあった。それに三毛猫にオスはいないというのは有名な話だし。

 それは良い。難しい問題だけれど、それもキャリコさんの不思議な魅力に繋がっているのだと思うと妙に納得出来た。


「でも、それじゃ兄じゃなくて姉って呼ぶべきじゃないの ? 」

「そうなのですが、兄たっての希望で男性性の方に重きを置かせて頂いております。女では従者という仕事に就くことは認められていない。ですから兄は男性でなくてはならない。殿下の傍を離れる気の無い兄は、これからも兄なのでしょうね」


 キャリコを好きなシャルトリュー。そして、その人の傍を離れないキャリコ。もしかしなくても二人は両思いなのだろう。


「キャリコさんも好き、なんだ」

「多分。ですが幼い頃から従者の心得を教えて込まれて来ている兄は、殿下の御心を受け入れてはならない事を十分承知しています。でもだからと言って傍を離れる事も出来ず、殿下に求められる度に自分の女性的な部分を削り拒むのです。女性的な所が無くなれば殿下は興味を失くすだろう。そうすれば、少なくとも従者としては傍に居られる。愚かにも、そう、思っているのですよ。本当は離れるべきなのに兄は・・・・・・我が儘です」


 苛立ち混じりに苦々しく言葉を吐き出し馬車の小窓の外に視線を投げる猫島。

 彼はエゴだと吐き棄てたけれど、私の中にはキャリコを責める気持ちは何処にも見当たらない。彼だって辛かった筈だ。そんなことをして傷つくのは自分だけじゃなくて相手もだもの。その傷心を思うとキャリコを我が儘だと責める気にはならない。切ないなと思うだけだ。

 身分の違いが疎ましく悲しい。それと少し、恐い。あんなに理性的な人達でも誰かを振り回したり振り回されたり、感情的になってしまう。恋とは恐ろしいものだ。そんな辛くて苦しい事ばかりなのなら、私はずっとそんなものは知らないままで良い。穏やかに居られないのならこのままで良い。わざわざ嵐の中に乗り出す気にはならない。平和が一番。


「とにかく貴方は兄の様にはならないで下さい。投げられた想いを受け入れるのなら受け入れて、出来ないのであればスッパリ棄てて行って下さい。こてんぱんに、ぎったぎたに、それはもう、再起不能なまでに叩きのめして行って下さい。ヤナギが想いを残さないように・・・・」


 猫柳君の傷ついた姿を見たくないと呟く猫島君の態度は、とても誠実に私の目に映った。 その思いこそが彼の本音なのだと、笑っていない真剣な目を見て気付く。

 やっぱり猫島君は猫柳君の味方だったのだ。暗い森で私を人質にして猫柳君に王様の勅命を突きつけたのは何か訳があったから。それはきっと、猫柳君の為。

 私の頭の中に何時も一緒だった二人の姿が蘇る。緩やかな日の教室の一コマが戻って来たようだ。

 私は何だかそれが嬉しくて彼の見当違いな危惧に答える声にも張りが出た。胸を張り、心配ないよ ! と、太鼓判を押す。


「私はキャリコさんみたいにはならないよ ? だって私も猫柳君もお互いに、ええっと・・・・れ、恋愛感情なんて持っていないし。私達とキャリコさん達じゃ状況が違いすぎるよ」


 猫島を安心させようと言った台詞に妙な違和感が後から芽吹く。それは気にしなければ分からない直ぐに消えて忘れてしまうような、ちっぽけな物だったので私は態々、その芽の名前を探ろうとは思わなかった。

 そんな私に猫島君が何時もは笑みを絶やさない目を半眼にして言った。


「鈍さもここまで来ると清々しいですね。ですが、私はあの人が不憫でなりません・・・・・・・・・・本当に」

「何で ? 」


 茶色の猫耳を寝かせ彼は私の問いにあえて答えず力無く首を振り、今後の予定を決めましょうかと、さっさと次の話に移ってしまった。私は置いてけぼりである。



すず子が自分の鈍さを猫島に見せ付けていたその頃、城へ向かう一行の別の馬車でシャルトリュー、猫柳、キャリコが顔をつき合わせていた。

 本来なら罪人扱いの猫柳は護送車に乗る筈なのだが、シャルトリュー(正確にはキャリコ)の指示でこの貴人用の馬車に乗ることを許された。


「刑の執行が少し先延ばしになったのは良かったですが、あの子は見事にコレット嬢に乗せられてしまいましたね。ふむ。これからどうしたものか・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 シャルトリューの隣に座り細い腕を組んで思案しながら、向かい側に座る猫柳に問い掛けるキャリコ。だが、問い掛けられた本人は無言で微動だにしない。これはまさか兄王子に似てきたかと顔を覗き込むと・・・・。


「ヤナギ殿下、だらしない事になっていますよ。――――顔。」

「む」


 キャリコに指摘され慌てて顔をしかめてみせる猫柳。手で擦っている顔の、にやける理由は想像に難くない。昨晩の一コマを思い出しているのだ。


「いくら嬉しいからって時と場合は考えてくださいよ ? これからが大変なのですから」

「分かっているさ」


 そうだ、そんなものは一番自分が分かっている。なにせ私が刑を受ける当の本人なのだから。

 このままだと自分は大切な記憶を失う。その記憶は自分の生きて来た人生の中で最も平和で温かく、胸躍る自由な時間であった。それまで知らなかった感情を体験できた貴重な時間は決して軽くは無く、失うわけにはいかないものだ。

 それに、ネズ子も危険な事態になりつつあり、少しも気が抜けない状態だった。

 だが、どれだけ気を引き締めようとしても、昨晩の事を思い出す度にこの頬が緩んでしまう。

 何度も何度も繰り返し思い出す、大切な一瞬。


『わ、私が猫柳君を助けます ! 』


 俯いている事が多い彼女が上を向き、挑むように高らかに宣言をした。それこそ勇ましい勇者の様に。だが、私は見ていたのだ。その勇者の小さな手が緊張で固く握りすぎ、真っ白になっていたのを。

 それに気付いた時、私の頭の上で黄金の幸福猫が腰ミノ一枚で狂った様にラッパを吹き鳴らしファンファーレを奏でていた。花が乱れ飛び、大魚が空を飛び、私の理性も飛びかけた。


 彼女の宣言の中には甘い言葉や意味は全く無かったけれど、猫柳には何より嬉しい贈り物だった。


――――ああ、そういえば。昨夜は向こうの世界でクリスマスとか言う日ではなかっただろうか。ネズ子にとっては散々だっただろうが、私にとっては悪くない夜だった。


 首の皮一枚で繋がっている猫柳は諦める事無く、一つ、一つ、大切な記憶を集め続けていた。絶対に無くしたりはしないと誓いながら。



 皆がみな、自分の願いを胸に抱きながら仔猫の青の意味を持つ城、耳猫族の本拠地キトゥン・ブルーに向かって馬車をひたすらに走らせた。

 











ネズ子に立場を理解させるためにキャリコの話を出したのですが、物凄く長くなりそうなので斬ってしまいました。そうしたら、何の為に出したのか分からない感じに・・・・・。無駄だったんじゃ、この部分・・・・。

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