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らしくない決意

――――記憶。

 持っているのが当たり前だと思っているもの。今の自分を形作る材料の一つ。

 楽しい出来事。

 悲しい出来事。

 嬉しい日。

 何でもない日。

 一瞬が、一日が、重なって今の自分がある。

 それが他者の意思で一方的に奪われる。

 罰として、刑として。


「っ・・・・ ・・・・」


 もしも自分だったら・・・・いや、違う。私じゃない。この恐ろしい罰を受けるのは猫柳君だ。

 このままだと彼は『去勢』を決行されてしまう。「もしも」ではなくて確実に。


――――恐いよね ? 絶対嫌だよね。どうしよう・・・・どうしたらいいの ? 


 でも、どんなに焦っても私に出来る事は、もう何も無い。

 自分の無力さに足の下にぽっかり黒い穴が開いた様だ。

 

 気付かぬ内に自分の腕を握る手に力が入っていて、じんっとした痛みを感じ、手を離そうとしたが固く握られた手は簡単には外れてくれない。これはきっと赤く痕が残るだろうな。

 下を向いたまま、自分に出来る事を考える一方で、ぼんやりと、どうでもいい事を考えた。


「ネズ子、大丈夫か ? どうした ? 腹でも減ったか ? 」


 下を向いて黙っていると、牢の中の猫柳君が腰を少し落とし、私の顔を覗き込む格好で心配げな声を掛けて来た。この期に及んで私なんかの心配をする彼にイラつく。これから恐ろしく理不尽な目にあわされそうになっている張本人なのに何なのだろう ? この余裕は。 私ばっかり焦っているようで馬鹿みたいだ。それとも猫柳君にとっては、どうでもいい些細なものなのだろうか。記憶というものは。


「大丈夫かってっ、それはこっちの台詞だよっ ! このままだと君は記憶を消されちゃうんだよ ? 人の心配をしている場合じゃないよ !? だっ、だいたいッ、記憶を消されるってどこの記憶をどの位なわけっ ?! 」


 急に声を荒げた私に、怒鳴られた彼が目を丸くし口を開いた。


「それはーー」

「それは私がお答えしますわ」


猫柳君が私の問いに答えようとするが、横からコレット嬢が割って入った。言葉尻を奪われた彼は不愉快げに眉根を寄せている。


「執行対象の範囲は、殿下が耳無し人の世界に留学した時から今迄だそうです。つまり、貴方の事は、まるっきり忘れるという事ですわね ! 」

「そっ、そんなに広い範囲なのっ ?! 」


 何故か嬉しそうに、はしゃいだ声を上げるコレットの様子に違和感を感じるよりも先に彼の奪われる記憶の範囲の広さにショックを覚える。


「それは本当なんですか ? 間違いって事はないですか ? 幾らなんでもそれはーー」


 矢継ぎ早に質問を重ねる。焦りのあまり不躾な感じになってしまったが、機嫌の良い彼女は素直に答えてくれた。


「本当よ ? 嘘じゃないわ。だって、この情報は御父様に聞いたのだもの。御父様は陛下に御聞きしたと言っていたし。間違いはないわ」

「そ、そんなぁ・・・・」

 

コレットの父親といえば、確か公爵だか何だかの偉い身分の人だった筈だ。その人が言うのであれば間違いは無いのだろう。


 刑が執行されたら、彼は私の事を全て忘れてしまう。

 同じクラスで隣の席だった事も ? 美猫写真集を持って、私を追い掛け回した事も ?廊下に二人で立たされた事も ? ――――さっき約束をした事も ? 

 みんな、全部・・・・・・・・ ? 


「ネズ子、下を向くな。私は大丈夫だと言っただろう。兄上は5回『去勢』を受けたが毎回記憶を取り戻した。私だって思い出してみせる。信じろ」


 下を向くな、上を向いていろ。彼の言葉に一抹の希望の光を見出す。


―――― そうだ ! シャルトリュー殿下という前例があったんだった ! 


「そ、そうだよね !! シャルトリュー殿下が大丈夫だったんなら猫柳君だって大丈夫だよねっ !! 必ず取り戻せるよね ! 」

「ああ、勿論だ。私の執念深さには定評があるしな。だから、私はちゃんと約束を守れーーーー」


 喜色ばむ私に猫柳君が何かを言うが、途中で急に聞こえなくなる。不自然なほど唐突に途切れた言葉に不安が沸き起こる。


「どうしたの ? え ? 聞こえないよ ? 猫柳君声が・・・・」


 彼の口がパクパク動くが何も聞こえない。それどころか今彼が鉄格子に打ち付けている手の音も聞こえない。まるで見えない壁が出来たようだ。全ての音が遮断されている。


「殿下、少し黙っていてくださいます ? これからは女同士、積もる話しがございますのよ」


 何時の間にかコレットが牢の横の壁に設置された四角い装置の前に立ち、それを華奢な手で操作していた。

 これまで暗くて分からなかったが多分、牢を管理するための物だろう。大小さまざまなレバーやボタンが並ぶ何とも難しそうな機具だ。

 そして今、その機具の中央部分にあるランプが赤く光っている。何かが稼働しているのだ。音が遮断されたのはコレのせいだろうと推測された。


 装置から手を離したコレットが私に向き直り、少し抑えた声で長々と説明を始める。


「お喜びのところ水を差すのは忍びないのですが、ヤナギ殿下が記憶を取り戻す確立は極めて低いですわ。シャルトリュー殿下が記憶を取り戻せたのは殿下自信の魔力が尋常ではなかったから。執行人である魔道師達の魔力を上回ったからに他なりません。そしてヤナギ殿下の魔力は・・・・残念ですが彼の方に遠く及びません」

「じゃぁ、猫柳君は・・・・」


 淡い期待が費え、力無い声を出す私の前にコレットが立ち、目を覗き込んできた。まるで暗示を掛けられたように彼女の透明な緑の瞳から目を逸らせなくなった。力強い目の光は私を捻じ伏せ飲み込んだ。


「でもね『去勢』を回避する方法が一つだけあるのです。それは貴方にも出来る事。貴方はヤナギ殿下を救えるかもしれないのですよ。・・・・どうです ? その方法を、聞きたい ? 」

「 本当 !? 教えてっ ! 教えてくださいっ ! 」

「ええ、ふふふっ、よろしくてよ」


  他に視線をやるのは許さないと言わんばかりに彼女は私から目を離す事無く話しを続ける。この状況をどうにかしたい、それしか頭に無い私は彼女の含み笑いに気付く事無く次を急かした。とにかく私に出来る事、その方法が知りたかった。

 

「教えてください。私に出来る事ならしますから。だって、こんな事になったのは少しは私のせいもあると思うし・・・・」


 私が「猫が好き」と言わなければ、私が「犬の方が好き」と言わなければ、この状況は無かった。猫柳君も犬耳を頭に付けるなんて事しなかっただろうし。

 今度の事は私のせいじゃない、けれど関わっているのは事実だった。関わっている以上知らん振りは出来ない。


 少しの後悔を浮かべる私に向かってコレットが滑らかな手を体の前で組んで、優雅に微笑みかけてきた。急に華やいだ雰囲気が増す。私が話しに乗って来たのが嬉しかったようだ。 何時もの私なら彼女の場違いな笑みや態度に、何か可笑しいと察っすることが出来ただろう。だが、今の私は冷静さを欠いていた。細かい事はもう、見えない。


「明後日、このフェーリスの建国記念式典が本城キトゥン・ブルーで行なわれます。その式典の後、いらっしゃられた各国の要人、貴族の方々にお見せする余興が闘技場であるのですが、それに参加すれば陛下にお目通りすることが可能です。それどころか貴方の願いを叶えてくれるかもしれません」

「式典の後の余興 ? いったい何をすればいいの、私にも出来ることなの ? 」

「ええ。少しの覚悟さえあれば出来ますわ。先ず陛下に、自分の願いはヤナギ殿下の刑の取り消しだと伝え、了承を願います。了承を取り付けたら、貴方は戦って勝つだけでいい。――――アウストラリスに」


 アウストラリス ? 私の頭の中に今日食べたスープとミルクティーの味が蘇る。プニプニとした感触はタピオカにそっくり、どう考えてもアレは植物由来な物だった。もし、動物だったとしても危険な猛獣だとは到底思えない。猛獣だったら戦うすべの無い私に、こんな話しは持ち掛けたりしないだろう。と言う事は戦うと言っても、きっと儀式的なものなのだ。だいたい格式ばった式典の後に血まみれの戦いなんてさせないはずだ。


――――あの、スープの材料と戦えば猫柳君が助かる ? 


「勝利を収めた剣闘士の願いは大抵、叶えてくださりますよ。陛下は武を重んじる方ですから。今からのエントリーは難しいですが、私がお手伝いをさせて頂きますわ。さぁ、どうします」


 どうします ? そんなの勿論きまってる ! 


「します ! 私、その余興に出ます ! アウストラリスと戦います ! 」


 私の声が高らかに石牢の中に響き渡る。もう後には引けない。引こうとも思わない。

 牢の中の猫柳君が力いっぱい見えない壁を殴打して音無き叫びを上げていても、私達を取り囲む兵士が不憫そうな目を、こちらにくれていても、いつの間にか階段を降りて来ていた猫島が頭を抱えていても私は引かない。


――――私だって下ばかり向いているわけじゃないんだからっ !! 


「わっ私が、猫柳君を助けますっ !! 」


 部屋の隅っこが定位置の私が生まれて初めて自分の意思で中央へ向かう事を決意した。




 






こじつけた ! 無理やりだけど繋がった !

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