罪の正体
薄暗く湿った牢が、不意に現れた一人の少女の出現によって急に華やいだ。
鮮やかな緑色の瞳。ばら色の唇。淡い金を流した髪。白く滑らかな肢体を包むのはそれに相応しいエレガントなドレス。
昼間、中庭で垣間見た猫柳の許婚、コレット嬢がそこに居た。
「あ、あの私はーーーー」
「ああ、自己紹介はよろしくてよ。大体は把握していますから。ええと、中原すず子さん。ヤナギ殿下の御学友。詳しい事は存じませんが、何らかのアクシデントによって、このフェーリスにいらっしゃった。そしてただ今、殿下を脱獄させようとしている犯罪者ですわね ? 何か間違っていますかしら ? 」
思いがけない人の登場に驚いて、言葉が中々出ない私に構わずコレット嬢が私のプロフィールを並べるが最後の言葉の意味が分からない。
「あのぅ、犯罪者って何の事ですか ? 」
何故か感じる威圧感(というか、お金持ちオーラ)によってジリジリ後ろに下がりながら言葉の真意を問うと、彼女は自分が降りて来た階段を視線で促す。
「うぅぅぅーーー。ごめーーーん。ねぇちゃーーん。捕まっちゃったぁー」
「キジ君 !? 」
後から入って来た兵士によって、後ろ手に拘束されたキジが情けない声で謝った。駆け寄ろうとしたが武装した兵士に阻まれ辿り着けなくて右往左往してしまう。そうする内にコレットの指示で脇に控えていた兵士が室内に明かりを灯す。何らかの魔道の力が組み込まれた蝋燭がじじっと音を立て燃え上がった。
今まで良く見えなかった室内の全貌が明らかにされると、そこは厳しい兵士で埋め尽くされた恐ろしい、ただの牢屋になっていた。さっきまでの穏やかだが、くすぐったい空気が漂う場所はがらりと様変わりし、正しい牢の姿を取り戻していた。
「き、キジ君を放してくださいっ」
「何を言っているの ? そんな事できるわけが無いでしょう。兵士を相手に大立ち回りをした挙句、殿下を脱獄させようとした貴方の共犯者だもの」
「脱獄 ? 共犯者 ?! 」
カシャンーーーー。
驚き、後じさった背に固い格子があたった。じりじりと後退する内に、元居た位置に戻って来てしまったようだ。
すると、直ぐ後ろから牢の中に居る猫柳君が訝しそうな声で私を呼ぶ。
「おい、ネズ子。犯罪者とは何の事だ ? 何かやったのか ? それに、あの女は誰だ。知り合いか ? 」
「なっ、何ですって !? 」
猫柳の心無い言葉がコレットの美しく整った顔を歪めさせた。
「えぇっ ! 誰って、何言ってんの ?! って言うか、そんな答え難い事2つも聞かないでっ !! 」
この人は自分の許婚を覚えていないのか ? それとも親同士が勝手に決めたから単に顔を知らなかったパターンか ? それこそ漫画の様に ?
どちらにしても本人の耳に入ったら不快に思うだろう。許婚本人に、お前は誰だ何て・・・・。女の立場からして見ると有り得ない言葉だ。
案の定、猫柳の言動に著しく気分を害したらしいコレットが急に態度を硬化させ、居丈高に私を睨み付けた。何故、私 ? 悪いのは猫柳君でしょ !?
緑の瞳が燃えるように熱いのに、凍える様に冷たい。
庭で感じた、あの視線と同じだ。
「貴方のどこが良いのかしら ? ただのちっぽけな耳無し異世人じゃないの。そんな者に関わったおかげで、記憶を操作される不名誉を受ける事になるなんて、ヤナギ殿下が不憫極まりないですわ」
面と向かって受ける初めての激しい憎悪と悪意。息も出来ない位に体が竦む。足が強張り、手が悴む。思考すら彼女の冷たい目に凍りつく。
「女、要らぬ事を言うな ! それに、ただのちっぽけなとは何だっ ! そこがネズ子の良い所だぞ ! 立派な長所だ ! 小回りがきくし収納だって便利だ ! 」
心が完全に萎える前に、後ろから発せられた低い声で我に帰る事が出来た。
そうだ。今は固まっている時じゃないっ ! (取り合えず、今の彼の発言内容は置いて置くとして)
――――記憶を操作される ? どういう事 ? 『去勢』ってもしかしてーー・・
険しい顔で怒鳴った猫柳君にコレットが華奢な肩をすくめる。
「まぁ、野蛮なお顔。何処で覚えて来られたのかしら ! でも大丈夫。安心してくださいませ ? 『去勢』を受けて全て忘れてしまえば、元の冷静な殿下に戻られますわ」
「 !! 」
コレットがレースの手袋を嵌めた腕を少しオーバーに広げ、去勢の正体を明かした。怒気もあらわな猫柳に笑い掛けるその姿は、どこか芝居がかっていて、まるで華やかな舞台の上に立つヒロインの様だ。姿が姿だけに絵になっている。
「まさか、去勢って記憶を消してしまう事・・・・じゃ、ないですよね・・・・」
そうでありません様に。違っています様にと祈りながらコレットに聞くと、何を今更と言った顔で私の疑問を肯定した。
本当なの ? と、今度は牢の中の猫柳君を振り返ると、彼は言葉を発しようと口を開けるが、結局音にはならない。その動作を数度繰り返した後、口をぎゅっと引き結び下を向いてしまった。何時も自信に満ちている彼にしては珍しい、そのじれったい態度はコレットの発言が本当である事を示唆していた。
最悪だ。
自体は私が思っていたよりも悪い方へと向かっていたらしい。猫島君やキャリコさんが「身体は無事」「怪我は無い」と言っていたが、それはそうだろう。
記憶をいじられるという事は、問題は身体じゃなくて頭。頭の中身。身体に傷は付かないが頭は無事ではいられない。
記憶を奪われ、誰かの都合のいい様にされる。そこに本人の意思や人権は勿論無い。今の自分を形成する記憶を他者に管理される恐ろしさ。もし自分がされたらと思うと背筋が粟立った。
大体、彼はそこまでされるほど酷い事をしたのだろうか ?
自分の中で収拾が付いていないようです。もはや手探り ?




