望む約束、望まれる約束。
――ガサンッ、ガサッ、ガサガサガサ――――バタタタタッッ !
薄暗い石牢の中に紙の束やファイル、筒状に丸まった模造紙、そして古めかしい装丁の分厚い本が雪崩を起こし、派手な音をたて床に散らばった。
「猫柳君、何をしているの ? 探し物 ? 」
牢の中にうず高く積まれていた荷物を崩し、ばっさばっさと選り分けている彼に、格子を挟んだ通路から問い掛けた。
ぐちゃぐちゃに散乱した物の中で私の声に反応した猫耳がピコッと動き、声のする方角に向いた。今更だけど改めて、あの灰色の耳は頭に付いている本物なのだと実感した。その内でいいから繋ぎ目を見せてもらえないだろうか。ちょっと、気になる。
「暦を探している。確かこの辺に・・・・ああ、あった」
「こよみ ? 」
「ほら、お前の世界の暦だ」
言われなくても、彼が散らかる床から引っ張り上げた物を見れば私の世界のカレンダーだと一目で知れる。
何故なら日付を記した数字の下に、それはそれは大きく「高田菓子店創業100年有難う感謝記念」と印刷してあったから。彼の好物らしい黒棒(黒糖の銘菓)を買った時にでも貰った販促品だろうか。彼の持ち物にしては安っぽくミスマッチだと不思議に思い、私は小首を傾げた。
頑固一徹、煎餅を焼いて50年なお爺さんの赤ら顔がアップで写った写真には目もくれず、彼はペラリとカレンダーを捲った。そして、思案顔で一月部分をじっくり眺めた後、目線を上げ唐突に私に問い掛ける。
「でだ、ネズ子。何日がいいのだ ? 私は何日でもいいぞ 。だが出来る事なら、なるべく速いほうが良いな。待ちきれん」
「え ? 何の日 ? 」
「何の日って・・・・共にコーヒーカップに乗る約束をしたではないか。もう忘れたのか ?ボケるにはまだ速いぞ」
「はは・・・・・・・・」
――――うーん。流石に誤魔化されてはくれないか。
約束を反故にされるかもしれないとは夢にも思っていない顔の猫柳に力無い笑い声で答えた。
彼とコーヒーカップに乗るのは良いけれど、問題はその後の周囲の目なのだ。彼の(非公認)ファンクラブに知られたらと思うと恐ろしくて安易に具体的内容を決めるのは腰が引けた。
目ざとい彼女達は網目のような情報網を持っていて情報収集能力、分析力、全てにおいて優れ、もし私達が一緒に出掛けたらどんなに上手く隠しても直ぐに露見してしまうだろう。
女の嫉妬は恐ろしい。貴方はそんな事知らないんだろうね猫柳君 ?
「えぇ・・・・と、その・・冬休みの宿題とかあるし。ほら、ここに来ちゃったから出来ていないじゃない ?(実は半分ほどは進んでいる) えーーと、あっ ! そうだ ! 猫柳君。その前に『去勢』とか言う罰を受けなくちゃいけないんでしょう ?! どうなの、本当に大丈夫なの ? シャルトリュー殿下に何とかならないかお願いはしてみたんだけど、ちょっと微妙な感じで・・・・・・・・」
朝に会ったシャルトリュー殿下の反応を見て考えると協力は望めない。代弁者のキャリコも刑を取り決めた陛下以外には罰自体、どうにもならないと言っていた。まさか、私が王様に直談判をするわけにはいかないし。と言う事は、猫柳君が自分でどうにかするしかないわけで。
フェーリスの罪と罰、『去勢』、分からない事は不安に繋がる。だからと言って、この異世界で何の力も持たない私にはどうすることも出来ない。知り合いも居ない、お金も無い、猫耳も無い。それどころか誰かの助けを受けなければ衣食住もままならない厄介者だ。
心配をするしか出来ない役立たずの私は、きっと情けない顔をしていたのだろう、こちらを見た猫柳君が少し目を見張った後、私を安心させるように透き通った茶色の目を細め薄く笑った。
「何だ、ネズ子。兄上に会ったのか」
「うん。今日の朝、お会いしたんだけど凄く緊張したよ」
一言も言葉を発しなかった兄王子の威圧感極まる姿を思い浮べた。ついでに恥ずかしい私の失態も蘇りそうになって慌てて其方は蓋をした。
「それはそうだろうな、私でも気安くお声は掛けられない。お前が緊張するのは仕方の無い事だ」
「そうだよね。そうすると本当にキャリコさんは凄いよ。だってね、あのシャルトリュー殿下に向かって馬鹿だとか平気でばんばん言っちゃえるんだもん」
「馬鹿 ? ・・・・そうだな。馬鹿だな。兄上は馬鹿だ。・・・・実は私は兄上の事をずっと理解し難いと思っていた。愚かだとも。だが、最近は共感する事が多くあってな。私でも兄上の立場ならきっと同じ事をするだろうと思う事が増えてきた。つまりは私も馬鹿になってしまったという事なのだろう」
馬鹿馬鹿と繰り返す彼の目の光は強く、決して自分や兄を卑下する雰囲気は無い。むしろ誇らしげですらあった。彼の目は雄弁にそれも悪くないと言っている。
「私は5回だろうが6回だろうが何度罰を受けようとも決して諦めない。なにせ馬鹿だからな。その度必ずーーーーすから」
「え、何 ? 御免聞こえなかった。何て言ったの」
意図的なのか必ずの後が聞こえない。聞き直すが彼は教える気が無い様で手に持ったカレンダーを眺めるばかりだ。
何と言ったのか気にはなるが本人にその気が無いのだから仕方が無い。もう一度、聞き直すのは諦めた。必要が有ればきっとその内、教えてくれるだろう。
「良く分からないけれど、大丈夫なのね」
「ああ、勿論。あちらに戻ったら一緒にコーヒーカップに乗ると約束したしな。――私は大丈夫だ。絶対に」
力強く絶対にと言う彼の手が、格子を軽く握っていた私の手をそっと覆う。重なる手と手。それだけで私の手との違いを実感する。大きさが違う。力が違う。熱量が違う。
当たり前だ。だって、この手は私の手ではない。男の人の手。猫柳君の手。
「 !! 」
――――冷たい・・・・けど気持ちいい。
でも、恥ずかしい。
――――振りほどきたくない・・・・。
でも、やっぱり恥ずかしい !
耐えられなくなった私は相手を不快にさせない程度にゆっくりと手を引っ込めて代わりにカエルランプを押し付けた。
「こ、これあげるっ ! 貰ってっ。 あっ、あげるって言っても私のじゃないんだけど。これね、触ってると温かくなるのっ。それに、ここをこうやって擦ると明かりが点くから、だから、その・・私、気に入ってて、でも・・・・・・猫柳君にあげる・・」
「そうか」
顔を真っ赤にしてカエルを押し付け、捲くし立てる私に彼は多くを語らず静かに目を細めているだけだった。
恥ずかしくて、とにかく恥ずかしくて顔を上げられず、下を向いたままカエルを押し付けていたので彼の細めた目が好物を貰った猫の様に満足げだった理由にまで頭が回らない。満ち足りた彼の表情だけがぐるぐる回り、私の顔を赤くする。
逃げたい ! このある意味、針の筵から逃げ出したい !
私、元来の性質である、臆病が頭を覗かせる。速く逃げ出せとそそのかす。身の置き所が何処にも無く、あたふたしている私にはその囁きを甘んじて受け入れるしかなかった。
それに、そろそろキジが痺れを切らせている頃だろう。
「わっ私、もうそろそろ行かなくちゃっ。上でキジ君が待ってるし」
彼の顔をなるべく見ないようにして「じゃぁ」と、身を翻し石の階段に足を掛けた時、後ろから声を掛けられ振り向いた。
「な、なに ? 」
「言い忘れたが、その服とても似合っている」
「 ! 」
褒められたワンピースは自分では滅多に選ばない淡い色。因みに常に着ている服は、くすんだ暗い色ばかり。それは好みと言うわけではなくて、自分には似合わないからという諦め。だから、この薄い桜色のワンピースを着ることは少々、冒険だった。
自分がいかに地味かは良く分かっている。この華やかな服に完全に着られてしまっているのは承知のうえだ。だから似合うなんて言われたら普段の私なら「何て嫌味なんだろうと」受け取ってしまっていただろう。だが彼の今の言葉は、すんなり私の心に届いた。その言葉の何処にも嫌味やお世辞の匂いを感じなかったからだ。
彼は本当に、この服が似合うと思ってくれている。彼の素直な感想は卑屈な私の心に素直に響いた。
嬉しい・・・・・・・・・・・・・が、恥ずかしさは倍になった !
やっぱり逃げたい !もう無理っ ! 心臓っていうか胃が痛い !
またもや臆病風が、どっこいしょっと頭をもたげ今度は捕まらない様に走って逃げろと叱咤する。慣れない部類の恥ずかしさに身の縮む思いをしている私は、その囁きをまた甘んじて受けた。
「そ、そうかな。私にはこの色、明るすぎるかなと思うんだけど、でも、えぇと・・有難う。じっ、じゃぁ、私ーー」
「ネズ子、忘れないでくれ」
「 ? 」
「約束を」
思いがけず真剣な目と出会い、彼が私とした約束を本当に望んでくれているのを実感する。今度は誤魔化したり出来ない。してはいけない気がした。
「ーーうん。忘れないよ。約束だね」
「ああ。約束だ」
この時の私はファンクラブの人達に攻められる事を恐いとは思わなくなっていた。もし見つかったら絶対に嫌味の一つや二つではすまない筈で、静かな学校生活を望むのなら、これは受けるべきではないと言う事は明白だった。なのに、あえて選んだ答え。それは普段の私なら絶対に選ばない選択肢。きっと自分の首を絞める事になるだろう答え。でも不思議と後悔はしていない。それどころか私自身が約束を実行する日を楽しみに思い始めている。
彼はさっき兄上は馬鹿で自分も馬鹿になってしまったと言ったけれど、私も多分仲間になってしまった。つまり、馬鹿になってしまったんだ。
――――でも良い。馬鹿でも良い。だって、こんなに誰かに望まれた約束、した事無かったんだもん。彼の真剣な顔を嬉しいって思っちゃったんだもん。守りたいって思っちゃったんだもん。
私が覚悟を決めて「約束」の日を具体的に想像し始めた時、甲高い音が辺りに尾を引く様に響き、思考を中断させた。
カツーンーー・・カツーンーー・・カツーンーー・・
階段を見上げると暗がりにも眩しく輝く青いドレス。昼に垣間見たドレスとは少し違っていて生地の表面は艶やかだ。このまま夜会に出ても可笑しくない姿。
月の光を集めた色の髪は絹の如く細く、私の短く黒いばかりの髪とは違いすぎた。もはや羨ましいと感じないレベル。
「その約束は残念ですけど果たされる事はありません」
「あ、貴方はーーーー 」
金色の猫耳を王冠の如く小さな頭に頂いた、私と同年代の美しい少女。ゆっくりと優雅に華奢なヒールを鳴らし、降りて来たのは猫柳殿下の許婚。
「はじめまして。ネズミさん。私、コレットと申します」
し、新キャラが・・・・出ちゃった。今から、性格とか考えなくちゃ。こりゃ大変だ。女の子なキャラクターは正直苦手です。




