密室に重なる溜め息
すず子と猫柳が再会するより少し前、城の静かな一室で3人の猫耳男達が、ひっそりと会談を行なっていた。
星が顔を隠し不気味な月が鈍く輝く夜、魔法で明量を増した蝋燭が室内を柔らかく照らす。だが、火が灯るのはテーブルの上の一本だけで、広い部屋の隅々まで光を行き渡らせるほどではない。テーブルを挟んだ相手の顔と手元が確認できるくらいで、少々心許無いが夜目の利く猫耳族の3人には十分な明るさだった。
「で、本城からの書状には何と書いてあったのですか ? 」
下座、部屋の入り口付近に立った猫島が血を分けた兄に単刀直入に問い掛けた。
本来ならば大切な書状の中身を、おいそれと口外できないものだがキャリコは傍らに気だるく座った主に確認もせず、魔法の力を借りて届いたばかりの手紙を、取り出し目で追いながらその内容を弟に告げた。
今まさに目前で漏れる機密情報に王子殿下であるシャルトリューは指一つ、眼差し一つ動かさず、ただ沈黙を守るだけだった。
目を閉じ難しそうな顔をした彼を大抵の者は問題を熟考しているのだと思うだろう、昼間すず子もそう思ったように。だが実は眠いだけ、彼はボーっとしているだけだった。彼を良く知っている2人は構わず話し合いを進める。
「うん。お前の要望は通ったよ。ヤナギ殿下の刑の執行は本城じゃなくて、ここアルゴルで良いってさ」
「あぁ、そうですか。結構すんなり通りましたね。陛下の御気性ならご自分自ら御立会いなさるかと思っていました。正直以外です」
征服欲が強く、自分の息子ですら支配しなければ気がすまない我らが王は、過去五回にわたるシャルトリューの『去勢』執行に毎回立ち会っていた。
猫島は半ば無理元で猫柳の刑の執行場所を王のお膝元では無く、この城でとシャルトリュー経由で申し出たのだが思いがけず、すんなり受け入れられて肩透かしを喰らった思いだった。本当はもっとごねられるか、跳ね除けられるかと思っていたのだ。一介の従者からではなく、シャルトリューからの望みとした事が良かったのだろうか ?
詳しい書状の中身を聞いても半信半疑な猫島を兄であるキャリコが安心させるように、のんびりとした口調で手に持った書簡をピラピラさせながら、その疑問に答えた。
「陛下は建国式典の準備で忙しいんだよ。何せ、明後日だからねぇ。今頃あちらの城は、てんやわんやだろう」
「此方を構っている余裕は無いと言うことですか。まぁ、早い所、刑を行なって綺麗になったヤナギ殿下を式典に参加させたいって言うのもあるでしょうけど」
もう間もなくフェーリス・シルウェストリスの建国千年を祝う式典が国を挙げて大々的に行なわれる。その式典は国の内外に力と存在を知らしめる目的も有り、現国王は何年も前から準備を重ねていた。
本来なら今頃、何も無ければ自分達主従も式典に参加するために国の中央へ向かっているはずだった。傲慢な王族、貴族の欲望渦巻く集まりは決して楽しいとは言えず、億劫に思ってはいたが、今のこの状況に比べたら何倍もマシだった。
――――はぁ、まったく面倒な事になった・・・・。
内心憂い顔の猫島にキャリコが言いずらそうに言う。
「シマ。私達が協力出来るのは、ここまでだよ。いくらシャルトリューの名前を使っても刑を止める事は出来ない」
「分かってますよ。刑は行ないます。でなければ陛下が納得しないでしょうからね。ようは、執り行われたと言う事実があれば良いのです」
「ふんふん、なるほど。陛下の目が無い内に『手心』を加えつつ、さっさと強行か・・・・でも果たして上手くいくかな ? 刑を行なうのは私達じゃなくて、この城の魔導師達だろ ?いくらヤナギ殿下が彼らや兵士達に支持されているからって」
多くを語られなくとも猫島のしようとしている事を正確に予想したキャリコ。さすが血を分けた兄弟だけあるなと感じながら猫島が黒い笑みを兄に向けた。
「その辺の手回しは恙無く上手く行っておりますのでご心配なく。それに刑の執行後、滑べらかになりそうな口を黙らせる方法は幾らでもありますよ」
「あははっ、恐いなぁ。あれだね、悪代官様の「そちも悪よのぅ・・」だね !」
「何とでも。私は主の進む道を整えるだけです」
シャルトリューが腰掛けるビロード生地張りの椅子の手摺りに軽く寄り掛かり、茶化すキャリコに猫島は肩をコミカルにすくめて見せる。
――――私は兄さんと違って其処にエゴは持ち合わせていないのです。ただヤナギの意思を汲み取り実行するだけです。
昨日、森の中で王命を翳し兵士をけし掛けたのも彼の為。
そして今度は自国の王を裏切る。それも彼の為。
「上手くやってみせますよ」
そうだ、私は上手くやる。絶対にヤナギを第二のシャルトリューやキャリコにはしない。
その為には、まず王が多忙の間に事を進めなければならないし、その後の事後処理も手は抜けない。頭の中でこれからしなければならない事を順序立てていく。その中で、どこもかしこも華奢で控え目な少女の姿がチラリと過ぎった。
――――あぁ、それと中原さんの身の安全の確保もですね。面倒ですが怠ると五月蝿そうですからねぇ・・・・・・・・家の王子様。しつこさは犯罪級ですし。
異世界人、中原すず子と出会ってからドンドン可笑しくなって行く、困った王子様の「その通り」と、頷く顔が目に浮かぶ。
「はぁ、あれやこれやと面倒な」
「シマ。溜め息をついている暇は無いよ。ヤナギ殿下の帰還を知ってこの城を訪れたのは我々だけじゃない。彼女がすず子ちゃんの事を知って黙っているとは思えない」
「・・・・・・・・・・・・はぁぁぁぁぁぁぁーーーー・・・・」
後から後から問題ばかりがやってくる。ちょっとは此方の身にもなって欲しいものだ。我冠せずと言った顔をしているシャルトリューが若干憎く見えてくる。
「ねぇ、シマ ? こっちもなるべくーー・・ん ? 何だろう ? やけに騒がしいね」
同じ職に就き、同じ想いを知っているキャリコが猫島の肩をポンポン叩きながら慰めの言葉を掛けている途中、急に部屋の外が騒がしくなった。
出所は直ぐ傍ではないが人が床を踏み鳴らす喧騒が聞こえる範囲の距離。
「何でしょう。巡回兵でしょうか・・・・ちょっと見てきます」
「私も行くよ」
騒ぎの原因を見極めるため部屋を出ようと鈍色のドアノブに手を掛けると、キャリコが猫島の背を追う。すると今までぼんやりしていたシャルトリューが正に猫の様に音も無く立ち上がり、その後に続く。手には何時の間にか大振りの剣が一振り握られていた。
サブキャラにて物語の流れの説明を補完をしようと書き始めた22話。書き終わった頃には、当初の目的とは全く違うものになっていた。途中、地殻変動があったらしい。
補足どころか伏線が出て来た。まいったな。




