穴の中の私達。
すず子が世話になっているアルゴル城は、この地を守る城砦だ。本城には劣るものの兵の数は多く、それに伴って世話をする使用人達の数も多い。その者達の為に城の中に住居スペースがかなりの範囲で広く設けられていて、その住居スペースは等間隔で小塔を挟みながら庭をぐるりと囲む形で立っており上から見ると円状。そして円の前方には無骨な天守が聳え立つ。
今、すず子の居る場所は小塔近くの住居スペース。目的の猫柳君が居る場所は、何と天守の地下牢らしい。「キジ」と名乗る少年と簡単な自己紹介をした後、彼の居場所を聞いて驚いた。まさか牢、しかも地下とは・・・・。
「ねぇ、本当にそんな所に猫柳君・・じゃない、ヤナギ殿下が居るの ? 私は自室って聞いていたんだけど・・・・」
猫柳君は私達と別れた後からずっと自分用の部屋に居るはずだ。昨日、猫島君はそう言っていた。もしかして彼は嘘をいったのだろうか ?
少し不安になって来た。すると私の声に疑いの色を見たキジが自信満々で言い返す。少年特有の負けん気が伺える。
「間違いないよっ ! だって俺の母ちゃんヤナギ殿下の世話係だもん !―― 痛っ ! 」
「ちょっ、大丈夫 ? ! 」
「う゛~~いててぇ」
キジが後ろを振り返ろうとして頭を壁にぶつけた様だ。『ゴンッ』という鈍い音が聞こえた。無用心だがそれも仕方が無い。今、私達が居る場所は物凄く狭い穴、もとい通路、いや通気口なのだ。ここは人一人が通るのがやっとの広さで、私もさっきから何度も肘や頭をぶつけている。
狭く長い穴の中は、蜘蛛の巣がそこいら中に張り巡らされていて黒いヒットマンに似た虫も這いずり回っている。(似ているだけで決して本人ではないと信じたい。)
私は、このおぞましい穴の中でかれこれ30分は匍匐前進を強いられていた。
――――疲れたぁ・・・・。
通気口は狭い上に真っ暗で部屋から持って来たカエルランプが大いに役立ってくれる。薄ぼんやりとだがカエルの口が照らす道を進みながら、ひ弱な私は早くも後悔し始めていた。
「もうちょっとだよ。頑張れ ! 」
限界が近い私は、頭に蜘蛛の巣を絡ませながら何とか声を絞り出した。
「う、うん。もうちょっとだね。もうちょっとっ。頑張れ私 ! 」
キジの言葉に励まされ痺れ始めた腕に力を入れ直し前へ進む。「もうちょっと」その言葉に希望の光を見い出すがしかし、すず子が地獄の匍匐前進から開放されたのは更に30分辛い時間を重ねた後だった。
――――嘘吐きぃぃぃーー ! もうちょっとって言ったじゃないっ ! 誰か助けてっ !
すず子の音無き叫び声が無骨な城砦に張り巡らされた通気口に響き渡った。
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「助かった・・・・ ・・・・」
真っ暗な通気口から萎えた身体を引き釣りだしホッとしたのも束の間、着いた所もまた真っ暗だった !
「ど、どこなのここは ? ねぇ、キジ君、本当に合っているの ? 」
痺れた貧弱な腕でランプを掲げ周りを照らすと、そこは今まで居た穴ぐらよりは広いが中腰でなければ頭をぶつけてしまうほど天井が低く、石や加工石が無骨にもむき出しになっている空間だった。人の目を想定していない造り。
「ここは天井って言うか、上の階と下の階の隙間だよ。この城って改築と増築を繰り返しててさ、所々おかしな空間があるんだよね。それがここって訳。この隙間を通って殿下が居る地下の入り口まで行くよ」
何だか頼もしく見えて来たキジ少年。流石に生まれた頃から此処で暮らしているだけはある。
「くしゅん」
少年に感心していたら突然くしゃみが出た。ブルッと身体が震え、自分の居る場所がやけに寒々しいと気が付いた。もともと石造りの建物だから暖か味は余り無かったが、この空間はさっきまで居た通気口よりずっと寒い。深々とした肌寒さが身体の芯を凍らせる。
「寒いよね。でもしょうがないんだよ。天井裏に暖房なんて入れていないしさ。それに、ここはもう地下の入り口に近い」
「地下・・・・。猫柳君は大丈夫かな ? こんな寒い所に居るわけじゃないよね。これじゃ風邪引いちゃうよ」
頭に地下の寒々とした牢屋で鎖に繋がれた猫柳君の姿が過ぎる。王子にそんな待遇は無いと思うが、地下牢と聞くと映画や小説で見たお約束の映像が浮かぶのだ。
「殿下 ? 大丈夫だよ。だって俺の母ちゃんが御仕えしているんだぜ ? 元気に決まってる ! 」
「そうだね、君のお母さんが付いているものね」
「うん勿論 ! あぁ・・・・でも、元気なんだけど食事を取ってくれなくて困るって母ちゃんが言ってた。何か、コーヒーカップを作るのに忙しいらしいよ」
「コーヒーカップ ? 何でまたそんな物を・・・・」
元もとの趣味なのか、それとも牢の中が余りにも暇すぎて陶芸でも始めたのだろうか。少々、あの猫耳王子が陶芸とはミスマッチな気がするが。
食事を取らないのは気になるけど近くに心配をしてくれる人が居るみたいだし安心した。曲がりなりにも彼はこの国の王子様なんだし私なんかが気に掛けるまでも無かったかもしれない。余計なお世話というわけだ。
――――部屋に戻った方が良いかな。
自分の部屋を出た時の勢いが急に萎み、心に迷いが生まれる。
「おーい」
先で少年が私を呼ぶ。
そうだ、私は彼にお願いをして連れて来てもらったんだった。後戻りは出来ない。それに、此処に来るまでの険しい道を考えると空手で帰るのは嫌だった。
「ねーちゃん、ほら。あそこから下に降りるよ」
キジが暗がりで指をさす。中腰で進んで来たその先に薄ぼんやりとした光が漏れる床の一画があった。彼はそこにしゃがみ光が漏れる隙間に手を入れ、石の板を右に押すと造作も無く簡単に動いた。
――――ずず・・・・ず。
「あっ、動いた ! ここだけ薄い板なんだね。どうしてだろう・・・・」
もしかしてここは戦争時とかの偉い人専用脱出ルートだったりして ? だったら凄い、映画みたいだ。
ファンタジーな世界、王様の住む城、甲冑姿の兵士、お姫様と王子様。めくるめく妄想ストーリーを展開するに相応しいシチュエーション。
「どうしてだろうって、そんなの俺が取り替えたに決まってるじゃん」
少年があっけらかんとした調子で言い、人一人が難なく通れる穴に身体を滑らせた。
「あっ、待ってっ ! 」
こんな暗い場所に一人は嫌だ。Gやら竈馬やらネズミが出たらどうしたらいいのっ ! 急いでさっさと行ってしまった彼の後に続いた。
ドタッ ! !
「いったぁーーたたたたっ ! 」
「しっ ! ねぇちゃん静かにしてよ ! 警備兵が来ちゃうってば」
「ごっ御免っっ」
穴から開放されたのは良いけれど、見た目より結構高さがあったらしく強かにお尻を打った。冷えた身体に痺れるような痛みが堪える。
「こっち来て」
周りを警戒していたキジに素早い速さで通路の死角に引っ張り込まれた。強い力が以外で驚く。
「何時もより巡回の兵が多い。普段ならこの時間は大抵外の警備に人員を割くはずなんだ。・・・・やっぱり、地下にヤナギ殿下が居るからか ? でも、この位じゃ俺は・・・・止められないぜッッ ! 」
「き、君 ? 」
私を背にして廊下を伺う少年がおかしい。
自分のチュニックのポケットに手を突っ込んでドンドン取り出す怪しい品々。ロープにマスクにサングラス。そして怪しさ最高潮の薬ビン。(どうやってあんな小さいポケットの中にあの品々が ? この世界の猫耳達は皆、不思議なポケットでも持っているのだろうか・・・・)。
少年がソレらを持って、廊下に一定の間隔で掲げられた松明の明かりをバックに振り返ると、その目がやけにギラついていた。と、言うより血走っている。
「そのビン、髑髏マークが付いてーー」
「安心しろよ・・・・。俺に任せておけば悪い様にはしねぇから」
「え ? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ ? 」
目が違う ! 声が違う ! 性格が違う ! 明らかに人が違う !
凄く危険な匂いがするんだけど ? !
全く安心できない状況だけど今は彼にお願いするしかない訳で・・・・どうしよう !
「いいか ? 俺が先に出て、この薬を仕込んでくるから合図したら走って来いよ ? ほら、このマスクをして。それは絶対外すなよ、外したら命の保障は出来ねぇからな。ふふっ、大丈夫だ。お前なら出来るさっ 」
「あ゛わわわわわわわわわわわわわわ ! 」
侠気と言うより狂気を浮かばせた目を細め、少年がロープで輪っかを作る。その手に持っている物の使い道を聞きたいけれど聞けない。だって恐いから !
警備兵の足音が廊下の先から近づいて来ると、少年キジが口の端を不適に上げ明るい廊下に躍り出た。
――――私、とんでもない人に付いて来ちゃった ?
遠くで誰かの叫び声。あぁ、バイオレンス。
何時の間にか20話です。でも、話の中では二日しかたっていません・・・・。




