23日の猫柳
「しっかし、本当に今日なんでしょうね ? 彼女の誕生日は」
王子付き従者の猫島は、ふわっとした猫っ毛を揺らし溜め息を吐くと、隣のバラの山を見た。
立ち並ぶ商店に飾られた小さな、もみの木。
サンタの格好をさせられた肉屋のオジサン人形。
そこかしこに置かれたポインセチア。
猫柳と猫島は、クリスマスに浮き足立った人が、忙しなく行き交う商店街に買い物に来ていた。
時期がら、そこそこの混み具合だ。
裾の長いキャメルのコートが嫌味なほど似合う猫柳が得意げに言う。
「勿論だ。私みずから役所という所へ潜入し得て来た情報だぞ」
「役所 ? よくそんな公的機関が他人の個人情報を教えてくれましたね」
この国はプライバシーに五月蝿いと記憶していたのだが、最近はそうでもないのだろうか ?
「建物のセキュリティーは簡単に突破出来たのだが、情報が全てデータ化されていた。その辺りは、少し苦戦したな」
「ええと、つまりは役人に無断で、と言う事ですね ? 」
「そうだが ? 」
一国の王子が他国の役所に忍び込み、女子高生の生年月日を盗み見る・・・・世も末だ。
まったく悪びれた様子も無く大量のバラの花束を抱え歩く男は、すず子のクラスメイト猫柳。
しかし其れは仮の姿で、実は此処とは違う次元の世界にある7大陸の中の一国「フェーリス‐シルウェストリス」の第2王子、ヤナギ‐アルトレオ(以下略)なのだ。(通称‐猫柳)
容姿端麗、頭脳明晰、一分の隙も無い男かと思われていた王子だが、すず子に出会った事により性格に若干の問題がある事が判明した。子供の頃から傍にいる自分でも知らない顔が、まだあったようだ。
・・・・あまり、知りたいものではなかったが・・・・というか、そのままずっと封印して置いて欲しかった。
お国のために。
『恋』は人を変え、猫を変え、耳猫族も変えたようだ。
「それにしても、重そうですね。持ちましょうか」
気心が知れた幼馴染とはいえ、相手は自国の王子。手に余る荷物を持たせる訳にはいかない。
「いや、いい。私の手で、ネズ子に届けたいのだ」
手にした真紅のバラよりも美しい顔をした王子は、買ったばかりの花束を大事そうに抱え直した。
―――― あの冷徹王子が、女に花のプレゼントねぇ。変われば変わる物だね。
あの娘のどこがそんなに良いのだろう ? 自分には、すず子とその他の女の子の違いがよく分からない。古代耳猫族の血が濃いとされる王族のヤナギの目には、すず子が違って見えているのだろうか。人一人を変えてしまうような何か凄いものを持っている ? あの娘が ? 無いな。ないない。やっぱり、発情期ですね。タイミング良く視界に入ったのですね。
「! ! 」
定番クリスマスソングの流れる中、前を歩いていた猫柳が不意に立ち止まった。
「どうしました ? マタタビでも落ちてました ? 」
「ネズ子が、召喚陣を発動させた・・・・」
「それは無理です。あの方、魔法使えないでしょ」
「ネズ子が『ある言葉』を発すると、発動するよう仕掛けておいた」
「誰が ? 」
「私が」
「あっ、あなたっ ! いったい何をやっているんですかっ ! 」
すず子が「あちら側」に渡った事に焦る猫島とは違った意味で、猫柳も焦っていた。
「ネズ子がとうとう猫好きに ? と言う事は、私の事も好きになるかもしれない。私がネズ子に好かれる ? あぁ、どうする ・・・・ いやいや待て。まだ可能性が高くなっただけだ。落ち着け私。しかしネズ子よ、いつの間に猫好きに ? 好き。猫好き。ネズ子が猫好き。そんなそんな・・・・・」
学校一のマドンナに告られた、ビン底メガネ君の様に「もしかして何かの罠 ? 」「僕も好きですとか言ったら、ドッキリでした~・・とか ? 」そんな ! まさか ! と疑心暗鬼になり 、どうして良いか分からなくなって、右往左往し始めた。そんな王子に、痺れを切らした猫島の、必殺猫パンチがノーブルに炸裂した(紳士パンチ)。
「なっ、何だか気持ち悪いっ ! 王子しっかりして下さい ! 最近あなた、人格が分裂気味です ! 」
「いや、しかしな――・・ん ? 今、殴ったか ? 」
貴人の頭に、美しい裏拳を入れた事にはあえて触れず王子を急かした。
「いやでも、しかしでも、ないですよっ ? ! 早く彼女を探して保護しまければなりません。 誰かに盗られてしまってもいいんですか ! ああそうだ、その前に自宅に行って状況の確認を ! 」
誰かに目撃されていた場合、厄介ですからね。
「ネズ子を獲られる ? ! そんな事させてたまるかっ ! 待っていろ、ネズ子っ ! ! 絶対に今日中に花を渡してやる ! 」
自分で選び、自ら運んだ大量のバラの花。誕生日の内に渡さなくてはっ。
目に光が戻り、輝きだした王子が明後日の方へ向かって走っていく。
何事かと、買い物帰りのおばさん達が振り返った。
「ちょっと ! どこへ行くのです ! ? そっちは、スーパーヤオマルさんですよっ ! 今日は特売の日じゃないですから、用はありません ! ! 」
猫島は、高校生には見えない広く逞しい背中を必死で追い駆け、ふと疑問に思った事を、その人に問うた。
「そういえば、陣を発動させる言葉は何と設定していたのですか ? 」
彼女が日頃、口にしない言葉でなくてはならないだろう。でなければ、彼女は何度も次元を渡るという事態になっていた筈。
猫柳は、コートの裾をなびかせ目線だけを、こちらに向けて高らかに言い放った。
「『猫が好き。』だっ ! 」