蚊帳の外の私と、訪問者の猫
無意識のうちに漏れる鬱陶しい溜め息を止める為に柔らかなクッションに顔を埋める。だが直ぐに息が苦しくなって横を向き背中を丸めた。
もう何度となく繰り返している動作だ。
滅茶苦茶にされたお茶会の後、四畳半クロゼット部屋に篭もり、ずっとこんな感じ。
「・・・・・・・ふぅ」
また一つ溜め息が。
静か過ぎる環境のせいか、その音がやけに大きく聞こえる。
夜も更け、段々とメイド達も下がり始めて人の気配が途絶えつつあるため物音も聞こえなくなって来ていた。
――――あぁもう、鬱陶しい。本当に鬱陶しい、自分が。
私が落ち込む要因がどこに有ったの ?どこにも無いでしょう ? 猫柳君に許婚だろうが婚約者だろうがが居ても私には関係無いじゃない !
猫柳君の王族としての立場を考えれば将来、彼に嫁ぐ予定の人が居ても可笑しくは無いもの。むしろ居ない方が可笑しい。
「何なの・・・・もう・・」
あくまで私は蚊帳の外。分かっているのに。それなのに何故かモヤモヤが止まらない。猫柳君が関わると私のペースは何時も乱される。私らしくなく、これまで何度彼に向かって怒っただろう ? 何度怒鳴っただろう ? 自分でも知らなかった感情を揺さぶられるのは正直疲れるんだよ。
「だって、慣れてないんだもん・・・・」
『 ガチャ―― 』
再びクッションに顔を埋めていると何やらクロゼットの外から不振な物音が聞こえて来た。
『 カチャカチャカチャ・・・・ガチャンッ ! 』
金具が小さく打ち合わされる音の後に大きな金属音。良く考えてみると、この音が聞こえる方向に有るのは窓だ。まさか泥棒 ? 体が瞬時に強張り警戒態勢に入る。無意識のうちに枕元に置いてあったカエル形ランプを強く握り締めギュギュっと変な摩擦音が鳴った。
――――どうしようっ?! こんな時はどうしたら良かったんだっけ ?! 死んだふり?違う違うっ ! えぇと、警察に電話っ !でも、この世界の警察の電話番号って何番 ? と言うか警察機関は無さそうだよね。騎士団は有るらしいけど。じゃぁ、騎士団に電話だっ ! ・・・・・・・・・・あれ ? 電話ってあるの ? この世界。
「あっれー ? おっかしいなー、ねぇちゃん居ない ? 部屋間違えたかな ? 」
握り締めた手の平に、じっとりとした冷たい汗をかき硬直していると、窓の方から聞こえて来たのは呑気な子供の声。それは知らない声ではなく、ごく最近聞いた声。
もしかしてこの声は・・・・。
締め切っていたクロゼットをゆっくり開け、恐る恐る顔を出すと窓枠に片足を引っ掛けた体勢の「あの子」が居た。
「うわぁっっ ! ! ねぇちゃん、何でそんな所に入ってんだよっ ?! 」
「え ? あぁ、まぁ、ちょっと・・・・」
私と目が合った少年が驚きの声を上げ目を見開き耳を立てる。まさかクロゼットの中に人間が居るとは思っていなかったようだ。心持ち猫耳が後ろに伏せている。
「君、まさか窓から入って来たの ? ここ三階だよ ? 」
「楽勝だよ。慣れているからさ !」
窓枠に腰掛けた少年が垂らした足をブラブラさせ胸を張った。
「駄目だよ危ないよ !そうだ ! 君、体は大丈夫だったの ?! 私のせいでおかしくなっちゃったんでしょう ? 」
平気平気と笑う少年は私が昨日人食い鳥から助けた子供。でも助けた後、私の持っていた飴で「薄荷酔い」を起こして体調を崩していた。
「あの後、城に連れて来てもらった時には治ってたし。気にしないでよ。俺、今日はねぇちゃんに御礼を言いに来たんだ。助けてくれてありがとうな ! 本当助かった ! 今度、父ちゃんと母ちゃんも御礼を言いたいって言ってた」
「ご両親が ? あぁ、迎えに来てくれたんだね」
「来たっつーか、ここに居るんだよ。俺の父ちゃんは、この城のコックで母ちゃんはメイドやってんだ」
「へぇ、そうなんだ ? じゃぁ、この城に住んでいるんだね。凄いじゃない城暮らしなんて」
この城の殆んどの兵や使用人は住み込みらしい。天守から離れた場所に専用の住居スペースがあるそうだ。身元の不審な者をなるべく入れないようにする警備上の理由だろう。
「俺にとったらこの城は庭みたいなもんだよ ! どこだって知ってるし、どこだって入れる ! 厨房から王様の執務室までねっ ! そうだ、欲しい物が有ったら言えよな ? 持って来てやるからさ ! 」
胸を張って一層得意げだけど聞き様によっては「盗み放題 ! 」だ。もし城の警備関係者に聞かれたら唯じゃすまないと思う。
「そ、それ、お城の人には言わない方が良いと思うよ・・・・うん。それより、お茶でも飲む ? 外から来たんでしょ、少し温まったら ? 」
一人部屋で陰鬱と訳の分からないモヤモヤに悩まされるより、誰かとお茶でもして気分を変えたい。
部屋の隅にセットしてあるティーカップを手に取った。緻密な細工のシュガーポットにも似た入れ物の中にある琥珀色に透き通った丸い石を水の入ったポットに入れるとお湯になる。部屋に下がる前のメイドが教えてくれた不思議なアイテムだ。
それを使って二人分の紅茶を淹れ様といそいそ用意を始めると、少年が言いずらそうに私の背中に声を掛けた。
「うぅぅん・・・・御免よ、ねぇちゃん。お茶はまた今度な。俺、行かなくちゃいけない所があるんだ」
「あぁ、そうなの ? 残念だけどしょうがないね」
「本当ごめんね。でも、ヤナギ殿下にも御礼言いたいしさ。今なら警備が緩くなる時間だし――――」
「えっ ! 猫柳君の所に行くの ? 」
「わわっ ! 」
猫柳の名前に反応したすず子がズイッと身体を前に乗り出すと、窓枠に座っていた少年が驚き危うく下に落ちそうになった。
「あっ危ないなぁー・・・・」
「猫柳君の所に行くの ? 今から ? 」
「え ? そうだけど。もしかして一緒に行きたいの ? 」
「行きたい」
考えるより先に言葉が出た。
本来の私とは正反対の行動。私は自分の性格を、考えに考え抜いて結局止めて、そして後で後悔する事になる石橋を叩いて渡らないタイプだと思っている。ネガティブな考え方は沢山ある短所の一つ。
でも、此処最近の行動を振り返ってみると、私は私らしくない行動を繰り返している。この世界に来てからは特に感じている。小さな違和感を。
何処が ? どういうふうに ? と聞かれると困るけれど少しだけ私の中で何かが緩々と形を変えつつある。それは確か。
窓枠に腰掛けて「どうなの ? 」と私を見ている少年を、内心の乱れを隠して静かに見詰め返す。
「お願い。一緒に連れて行って」
私を変化させる要因。猫柳君の所へ――――。
消極的なヒロインはしんどい。進まない・・・・。猫柳君頑張れ・・・・。檻から出してしまおうか。そしたら一寸は進むかも ?




