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向けられる視線

「きゃーっっ !」

「とっ、鳥が行き成りどうしてっ ! ? 」

「ああっ ! ポットまで ! どうしましょうっ ! 」


 メイドの悲鳴にすず子が我に返った頃には、高価そうなカップ、揃いのグラス、今まで楽園を彩っていた食器達の殆んどが倒れたり地面に落ちたりして最初の形を留めていなかった。

その惨状の中、陶器の破片や食べ物が散らばるテーブルの周りで、耳の毛を逆立てたメイド達が右往左往している。すず子も混乱し、庭に響き渡る彼女達の悲鳴の中、優雅で華奢な椅子の上からみっともなく転がっていた。


「なっ、なにっ ?! また、鳥なのっ !? 」


 椅子に掴まり体を起こすと目の前には一羽の鳥。頭の中に記憶にも新しい人食い鳥が浮かんだ。だが、テーブルに乗り柔らかなスポンジケーキを鷲掴みにして啄ばむ奴はすず子を襲ったあの鳥とは違いずっと馴染みのある姿形をしていた。

 白い羽で筋肉質な体を包んだその鳥は猛禽類。純白の鷹だった。


 掴んでいたケーキをあらかた食べ尽くした白鷹が鋭い爪で転がっていたマフィンを引き寄せ、また啄ばむ。右往左往している私達を警戒する素振りは一ミリも無い。


「酷いっ!私のケーキがっ!チョコレートがっ ! 何なのっ、この鳥 ! あっ、パン・・・・」


 籐で編まれた籠に入っていたパンは地面にぶちまけられ、手に取ったと思った分もテーブルの上に転がり中身が飛び出して無残な姿に。


「・・・・・・・」 

 

 飛び出したフライを指先で摘まみ、そのまま自分の口へ運ぶ。

考えるよりも体が勝手に動いた感じだ。

勿論、疑問をはっきりさせたい思いも有ったけれど、私に気を使ってくれたらしい誰かの厚意を無駄にしたく無かった。


「はむ・・・・」


「す、すず子様っ !? 」

「いけませんわっ ! 直ぐに新しい物を取り寄せますから ! 」


 テーブルの上に落ちた物を口にした私の行動をメイド達が強い口調で窘める。無作法だと分かっていたから「ごめんなさい」と謝った。その後、パンを勧めてくれたメイドに向かって話しかける。


「このパンを私にって言ってくれた人に伝えて下さい。『美味しかった有難う』って」


 戸惑いばかりのこの世界で受けた気遣いが身に沁みてか、素直な礼が自然にもれた。


「まぁ、すず子様・・・・」


 口先だけではなく行動を伴ったすず子の言葉にメイドが感じ入った様子で、両の手の平を合わせ堅く握り締めた。


「あの・・さっき言っていたメイド長さんはーー、」


『ピィィイィィぃーーーーーーーッッ ! 』


「っ !いきなり何 !? 」


 メイドさんに疑問の一つを問い掛け様とした矢先、白鷹が甲高く鳴き邪魔をする。

そして、自らが食べ零したマフィンの破片を巻き上げながら飛び立とうと羽ばたき始める。

全長1mを有に越える身体から繰り出される風圧は流石に強く、直ぐ傍にいた私の前髪が激しく乱れた。


――――不味い。逃げられる !? 


「こらっ ! 待ちなさいっ ! 」


 食い逃げさせるか、捕まえてやるっ ! と、両腕を広げ飛び掛る格好に。


「ああ ! 駄目です ! すず子様っ ! 」

「待ってくださいましっ ! 」

「お触りにならないでっ」


 悲鳴のようなメイドの制止が乱れ飛ぶ。


「えぇっ ? ! 何でっ ! 」


近くに居たメイドに腕や肩を押さえられ鷹から距離を離された。

その間に、ふてぶてしい鳥は自らが滅茶苦茶にしたテーブルを尻目に悠々と飛び立っていった。抜け落ちた小さな羽根が一枚ひらりと舞い降り、倒れたポットの上に落ちる。


「あぁ、行っちゃった・・・・」

「すみません、すず子様。でも駄目なんですよ」

「ええ、ええ。止めた方がよろしいですわ」

「どうして ? もうこんな事をしないように躾けた方が良いんじゃないですか ? 」


 止める彼女達に最もな事を聞く。だって、今回は怪我人が出なかったけど次は分からない。あんな鋭い口ばしで攻撃されたら掠り傷だけでは済まない。大きな鳥が海辺に居る観光客の食べ物を狙って騒ぎを起こしていると最近良くテレビのニュースで見掛けるし。怪我人も出ているという。

そうなる前に何とかした方が良いと思う。そう危惧する私にメイド達は首を縦に振らない。お互いの顔を見合わて、言葉尻を濁らせながら言い淀む。


「あの鳥に手を出してはいけません。だってあの鳥は、多分・・・・」

「ええ、ほら、やっぱり・・・・」


メイド達は何かを恐れる様に空を舞う白鷹を視線で追った。

鳥は数度、空に円を描き下降。すず子達が居る庭からは少し離れた住居スペースの一番豪奢なバルコニーに留まった。

 遠目ではっきりは見えないがバルコニーの奥、部屋の中に人影が見える。蔦が絡むバルコニー、長くうねる金髪、襟刳りの開いた青いドレス。

パーツだけ見てもお姫様。

その彼女が此方を見ている気がする。じっと、睨みつける様に悪意を込めた目で。

遠過ぎて表情なんて分からない筈なのにそう感じるのだ。気のせいではないと思う。 


部屋の中よりも明るいバルコニーに静かに出て来た青いドレスの人を見て、メイド達が其方に丁寧なお辞儀をした後、そそくさと滅茶苦茶にされたテーブル周りの片付けを始める。皆、さっきまでの和やかさは微塵も感じさせない表情で仕事に従事している。急に彼女達が人形に見えた。


「すず子様はこちらへ」


メイドの一人に背を押され私の部屋が有る建物へと誘導される。ドレスの人が居る建物とは離れた場所だ。


「あ、あの、片付け私も手伝います。って言うか、あの青いドレスの人誰ですか ? 鳥の飼い主ですか ? なら、ちょっと注意した方がーー」

「駄目ですよっっ。そんな事出来ません。だってあの方は・・・・・・」

「あの方は ? 」


「・・・・アルフェラツ公爵様の御息女でコラット姫様です。そして・・ヤナギ殿下の許婚様でもあります」


「 ! 」


 自分には関係の無い世界。

その世界の王子様も、お姫様もまた私には関係無い。

関係無い場所、関係無い人達、関係無い人間関係。

この世界の人間ではない、巻き込まれただけの私には全て関わりの無い事。

・・・・でも何故か胸の奥の波打つ波紋が大きくうねる。


振り返れない背中に痛いほどの鋭い視線が突き刺さるのを感じつつ私は自分の部屋へ、この視線の届かない場所へ――、逃げた。













 



 

出来る限り、行けるとこまで行ってみる。

迷子にならないことを祈るばかり・・・・。

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