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一日の始まり

抜けられない泥の様な眠りから何者かに半ば無理やり引っ張り上げられる。


――――うるさいなぁ。


「うぅーーまだ、もうちょっと・・・・」

「すず子様 ? 」


毛布の中で丸まり小さな子供の様に愚図るが何者かは見逃してはくれない。

ゆさゆさと続けざまに肩を揺さぶられ、段々と意識が覚醒していく。


「う・・・あ、朝ぁ~ ? 」


眩しい朝の日差しを背後にして誰かが未だぼんやりしているすず子の顔を覗き込んでいる。徐々に合うピント。


あれ ? 誰だっけ・・・ 猫耳メイドなんて、マニアック過ぎ・・・・


「あの、すず子様 ? 」

「えっ ? ――、えぇっ! すみませんっ。お早う御座いますっ」


完全に覚めた目を擦り起き上がる。昨日の疲れが残っているのか間接のあちこちが軋み悲鳴をあげていた。初めての乗馬が効いたらしい。


「お早う御座います。あの、何故このような場所でお休みに ? 何か私共に不手際でも・・・・・・」

「いっいえっ ! そんなことは全くありませんっ ! 私、広い所は落ち着かなくてっ。あ。勝手に此処を使っちゃって御免なさいっ ! 」


――――他人様に寝顔を見られたっ ! 何か、変な寝言とか言わなかったよねっ ?


クロゼットの中に敷き詰めたフワフワの毛布の波の上で、ちんまりと正座をして乱れた髪を手ぐしで梳かしながら頭を下げた。



「そうですか。不躾に申し訳ありませんでした。それと、朝食の準備が整っておりますので、お好きな時間に仰って下さい」

「はいっ」


すず子の上ずった返事を聞いた後、見本のようなお辞儀をし、音も立てずにドアの向こうに消えていった。

さすが城のメイド。すず子の奇行に顔色一つ変えない。普通なら客がクロゼットの中で丸まっていたら驚くだろう。

おまけにその人は大事そうに銀色のカエルランプを両手に握って撫で回しているのだ。傍から見ると気持ち悪い。しかし、そんな行動に眉一つ寄せず完璧な対応をする彼女は正にプロ。


彼女の業務に徹する揺ぎ無い姿勢に感心しつつ、手早く身支度をして部屋の外に出る。すると待機していたらしいメイドさんが食堂に案内してくれた。

誰も居ない、だだっ広い食堂で間もなく出された食事は馴染みの有る物ばかりで内心ホッとした。

異世界と言う事もあり何か凄い物が出て来るのではと思っていたのだ。例えば足が多いとか。異様にアレがコレだとか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・犬の缶詰だとか。

猫耳男2人が言っていたスプラッタな言葉が脳裏に浮かぶ。私は、この世界この国の常識を知らない。此処での常識が私のそれと同じだとは限らない。

だがしかし、心配は杞憂で終わった様だ。

パンは香ばしく焼け、玉子、ハム、果物、どれも美味しく特にスープは格別だった。コンソメスープの様に琥珀色で中に入っているプニプニした一口大の「具」が癖になる。味自体は余り無いが食感が好い。


何だろう ? ふにふにふに・・・・・おもしろい。


「ふにふにふにふにふに」

「お早う御座います。それ、気に入られましたか ? 」


一心不乱に「ふにふに」を繰り返すすず子に後ろから声が掛けられる。


「それはアウストラリス。この国の珍味なんです」

「猫島君お早う。これ、アウストラリスって言うんだ ? 美味しいね」

「気に入られたのなら何よりです」


アウストラリスとは何者かと、気にはなったが犬では無いから良しとする。動物の肉では有り得ないほどの弾力だ。もしかすると、タピオカの様なものかもしれない。


昨夜と同様に一人で姿を現した猫島は、どうやら私を迎えに来たらしい。今日は朝一で人と会う約束をしている。

食事を堪能するのは早々に諦め、下品にならない程度に急いで口に食べ物を詰め込み始めた。パンを手に持ち、頬を膨らませていると猫島がボソッとつぶやく。


「ハムスター・・・・」

「え ? 何 ? 何か言った ? 」

「いえ。何でもありません」


食事をつつがなく終え、休む間も無く次期国王候補様の居る部屋に向かう事になった。何故こんなに急いでいるかというと、あちらが公務の関係でこの時間帯しか取れないというのだ。


「別に気負う事は有りませんよ ? 気楽で良いんです」

「う、うん」


「其れはそうと中原さん。そのポケットは何故そんなに膨らんでいるのですか ? 」

「ポケット、コレ ? 」


取り出したお気に入りを手に乗せ差し出す。丸いフォルムがキラリと光る。


「部屋のランプ・・・・ですね ? 」

「うん。何だか持っていると落ち着くの。触っていると温かくなるんだよ」

「そうですか」


気に入った物をいそいそと再びポケットに収めるすず子の姿を猫島が「ネズミの様だ」と横目で見ていたことには気づかなかった。気付いていたなら全力で否定していただろう。すず子はネズミが嫌いだ。たとえ、自分の行動がネズミの習性にとても似ていたとしても。


 * * *


廊下を歩きながら髪を整えたり、服の皺を伸ばしたりと忙しい。

自前の制服は泥だらけになっているためクリーニング中。なので今、着ている服はメイドさんが持って来てくれた物だ。多数あるその中でなるべく地味な物を選んだ。

薄い桜色のワンピース。

腰の辺りが絞られた細身のシルエットで裾にフワッと大きなフリルが付いている。とても女の子らしい可愛いデザインなのだが難点が一つ。

裾がとっても短い !

すず子が今までチャレンジした事の無い裾の丈。膝の遥か上は未知の領域だ。


「ね、ねぇ。この国はスカートの丈が短いのが文化。とか、そんな事はないよね」


見せられた服はかなりの枚数が有ったのだが、どれもこれも全てがミニスカートだったのだ。そのままではとてもじゃないが着られない。だからメイドさんに無理を言って厚手のタイツを探して来てもらうはめになった。


「いえ ? そんな変わった文化はありませんよ。・・あぁ、その服ですか・・・・・選んだ人の趣味でしょうかね」

「趣味・・・・」


私の服をチラッと見て何故か呆れた笑みを浮かべる。この服を選んだ人というのに心当たりが有るのだろうか ? 聞いてみようかと思ったが、猫島の笑みの中に疲れの影が色濃く見えたので止めておいた。城勤めというのも大変なのだろう。庶民のすず子では思いも寄らない気苦労が有るに違いない。今は、そっとして置こう。

それから2人は無駄話を止め、歩く事に専念した。


シャルトリュー殿下の居る部屋は長い渡り廊下の先、別棟にあった。大きく重そうな扉の前で2人並んで立ち止る。


ごくり。


思わず唾液を飲み込んだ。その音が聞こえたのか、猫島がリラックス、リラックスと、目配せをする。


「では、いきますよ」

「う、うん。」


両手を握り締め及び腰になる足に、ぐっと気合を入れる。

両脇に控える警備の兵によりギギギギィィィィ・・・・・・と、蝶番が重々しい音をたて扉が開かれる。その先へと意識を向けながら歩き出す猫島の後に続いた。


ポケットの中に入れたカエルランプが暖かく温もり、密かにすず子を励ました。本当だったら逃げてしまいたい心細い気持ちが少しだけ浮上したようだ。

私は結構単純らしい。



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