白い石の街、揺られる猫耳。
すず子は当初の予定通り城砦アルゴルへ向かう事になった。
その足は徒歩ではなく馬だ。二人乗りに慣れている兵の一人の馬に同乗させてもらっている。
ほぼ初めて乗る馬は・・・・・・お尻が痛い。尾骶骨がっ、内股がっ、!
速くアルゴルとやらに着いてもらわないとマズイ。かなり !
お城にがに股で入ることにはなりたくない ! 。
目的地アルゴル城とは聞いた感じだと、自分がこの異世界に来てすぐの時に見た城らしい。岩山の上に造られたあの白い城の事だ。
それは『城』と言うわりに飾り気の無い、どちらかと言うと無骨な感じのものだった気がする。本当は余り行きたいと思える場所じゃない。なんというか城構えが殺伐としているというか・・・・魔王様専用というか・・・・とにかく不気味で恐いイメージが頭に残っていて離れない。だいたい、ほぼ白一色の見た目なのにクリーンなイメージは皆無なのだ。おかしい。白は清純とか純潔とかを連想させる色じゃないの ?
「・・・・・・ふぅ」
周りに気付かれないように小さく息を吐く。同乗させてくれた親切な兵士さんに気を使わせない為だ。
だが、気をつけないと自然に溜め息が漏れ、肩が落ちてしまう。
面倒。恐い。行きたくない。マイナスの感情ばかり先に立つ。しかし、すず子の気分を沈ませている要因は今向かっている場所のせいだけではない。
行きたくない場所に行かなくては成らない事実。
そして妹の誕生日に間に合わなかった事実。もちろんそれらも有るが、今はその事より自分達の前を走る馬車に乗っている猫柳の身が気になるのだ。
ほんの少し前、彼は罪人として兵に捕らえられた。さすがに身体の自由を奪われたりはしなかったが、武器はもちろん持ち物の一切合切を没収され頑丈な格子の嵌った馬車に押し込まれドアには南京錠が掛けられた。
思い出すと憂鬱に成る程、あの場は重々しい空気で満ちていた。
――――何だか大事になっちゃったじゃない・・・・・・
猫柳君、大丈夫だよね・・・・。
散々迷惑を掛けられたが彼を犯罪者にしようとか大それた事を考えたりはしていない。私としては精々、父親である王様にお説教されるくらいだと思っていたのだ。
「まいったなぁ・・・・」
・・・・はぁ、どうしてこんな事に・・・・
憂鬱なすず子を乗せた馬は黒い森を抜け、その先の街道に指しかかる。街に入れば目的地はすぐ其処らしい。
とりあえずは城に着いてから考えよう。そう思い、歩みを速める馬の首に付いた手に力を入れた。
* * * *
城砦アルゴルがあるこの街はカトゥスという名称で、この国最大の鉱山採掘場、そして石切り場がある場所。街中で使われている白い石はここで採掘される名産物なのですと道すがら、同乗している兵士が教えてくれた。
街を取り囲む運河は採掘された鉱物や石を運搬するのに役立っているらしい。ライトらしき物を点滅させながら大きな運搬船が何隻も行き交うのが夜目にも分かった。
「昼間とは違って随分と人が多いですね」
街のネオンで明るい通りを馬で駆け抜けながら、物珍しさであちこちをキョロキョロと観察すると、何だか思っていたより活気がある。呼び込みの声、肉を焼く香ばしい匂い。大きな麻袋に入って置かれた山盛りのスパイスの香り、そして、アルコールと繁華街特有の下水の饐えた臭い。
昼に上から見た時には人影が殆んど見えなかった。でも今の街は、通りを行き交う人々で溢れ返っている。
不思議に思って後ろの兵士に聞いた。
「ええ。ここいら辺は採掘場で働く者が殆んどですから。男達はたいがい日のある内は地面の下ですよ。今は仕事が終わって帰る所なのでしょうね」
なるほど良く見てみれば、道を行くのは汚れた作業服の男ばかりで皆筋骨逞しく肉体労働者と言った風情だ。
「これから飲み屋に一杯やりに行くのでしょう。羨ましい限りですね」
客引きの店員や、夜の蝶と思われる派手ななりの女が、仕事帰りの男達を店の中へと誘う。
しっかし、しょうがない事だけど見事に全員猫耳である。
採掘工も猫耳、露出度の高いおねぇさんも猫耳、三角パン売りのおじさんも猫耳、そして後ろに居る兵士も勿論・・・・猫耳。
あっちもこっちも耳。猫耳耳耳ーーーーっ。
つ・・・・疲れる・・・・。
何だろう、急に疲れがドッと出た。
ああ、ここは本当に猫耳の人しかいないんだ。そう思うと、忘れていた疲れが蘇って来たようだった。
――――本当なら今頃、家族でまったりバースディケーキを囲んでいる筈だったのになぁ。
無性に家に帰りたくなったすず子の目が、ある一軒の店に留まった。その店は道沿いに並ぶ商店の一軒なのだが20人以上もの行列が出来ていた。なかなか繁盛しているようだ。
「う ? あれ・・・・あのヒマワリは・・」
既視感 ? 何故かその店の外観に見覚えがある。オレンジと茶色のレンガが嵌め込まれた壁はメルヘンちっくに可愛らしく。そして入り口の大きなヒマワリの看板。
看板には『ヒマワリベーカリー』・・・・だろうか ? 良く見えなかった。
ヒマワリベーカリーとは、すず子が週に二度は通っている街のパン屋だ。
あそこは何でも美味しいが、中でも特にフィシュバーガーがお勧め。何度食べても飽きない美味さっ ! ライ麦パンはしっとりと香ばしく、二種類から選べる中身は白身魚のフライでもパテでも良く合う。ソースに入っている玉ねぎがさっぱりですっきりだ。
思い出したら無性に食べたくなってきたぁーーーーっ !
・・・・・・そのパン屋にそっくりなのだ。この異世界の店が。
「ああ、あの店ですか ? パン屋ですよ。最近出来た店なんですが、大変好評でしてね。毎日行列が出来ていますね」
「そ、そうですか・・。店名は何と言うのですか ? ちょっと見えなかったので」
「ヒマワリベーカリーですよ」
「・・・・・・・・・・」
いいや。違う違う違う。まさかそんな筈はないっ !
ただのデジャブだよねっ。あっちの世界の近所のパン屋が猫耳だらけの異世界にあるはずないっ !
でも待って ? パン屋のおじさんは言ってはいなかったか ?
「聞いてよすず子ちゃん。今度ねー、二号店を出すんだ。それがね、凄く良い条件でねぇ ? え ? どこに ? ・・・・それは秘密だよー」と。
―――― ま、まさか。拉致。
違うよねっ ! ? 私の思い違いだよねっ ! ? ねぇっ ! 猫柳君っっ ! !
すず子は前方を走る馬車に向かって心の中で叫んだ。
―――― 人攫いとか、してないよねっ ! ?
犯罪だからね ! ? それは犯罪だからねっ ! ?
パン屋のおじさんが自分自ら、このフェーリスシルウェストリスに来たかもしれないという考えはすず子の疲れた頭の中には一切無かった。
教室の隅っこを愛するすず子に、その考えは破天荒すぎた。とてもでは無いが考えが追い付かない。
「おじさん、無事だよね・・・・」
すず子が馬上でパン屋のおじさんの身を心配しているその頃、車中の『罪人ヤナギ殿下』は、後ろにある嵌め殺しのガラス窓から後方の騎馬隊を見ていた。
正確には、慣れない乗馬に変な格好のすず子の姿を。
「くっ、くそっ。あの兵士めっ。もっと離れろ ! ネズ子にくっ付き過ぎだ ! あっ、今、足を触らなかったか ? ! ・・・・死罪だ。鋸引きの刑だっ」
すず子と同乗しているまだ若い兵士を睨みつける彼の目は尋常ではない。今、口に出した拷問紛いのイカレタ刑を実行しそうな迫力があった。
「おのれっ。私だってネズ子と二人乗りなんてした事無いというのにっ」
ネズ子と馬を二人乗り。
想像するだけで猫耳付きの頭の中はお花畑。
――――猫柳君、わたし馬に乗るのは初めてなの。ちょっと・・・・怖い。
――――はははっ、それならばもっと私にしがみ付いていれば良い。ほら。
――――えっ。で、でも・・・・ネズ子恥ずかしい・・・・。
怯えながら恥ずかしがるネズ子。
そしてそれを優しく諭す男らしい私。
「くくくっ・・・・・・・・苦っ ! なのにっ ! 何故にして、ネズ子の後ろは、あの兵士 ! ! (呪)」
いや。待てよ ? 二人で初めての乗馬は諦めるしかないが、まだあるじゃないか。乗れるものが。自転車とか。犬とか。コーヒーカップとか。
恋人達が群れ集う遊園地のグルグル回るコーヒーカップ。はしゃいだネズ子はハンドルを回し過ぎ、グルグルグルグル高速回転。バターになる前に目を回したネズ子は、堪らず隣に座る私にピッタリと持たれ掛かり、そして触れ合う肌と肌。おのずと二人は・・・・
「くくっ・・・・くくくくくっっ」
グルグル回るのは遊技施設のコーヒーカップだけではなく猫柳の頭の中のお花畑もであった。欲望に塗れた秘密の花園。人はその怪しい楽園を『妄想』と言う。
「とりあえずコーヒーカップを魔道改造しなくてはならぬな・・・ふふっ、くくくくく」
そんな、えもいわれぬ怪しい空気の巣窟になった車中を、横につけた馬上から猫島が静かに観察していた。
「・・・・やはり、病気でしょうか」
そう。猫島の考えは正しかった。猫耳王子ヤナギ殿下は病に侵されていたのだ。
頭と心の病気。
どんな高名な医者でも、世界の果てにある賢者が守りし秘薬でも治せない。
「恋」と言う何ともやっかいなシロモノに。
すず子、猫柳、そして猫島は、三人三様の想いを抱えたまま城砦アルゴルへと登城することになった。
まずい。どんどん猫柳君がヘンタイさんにっ !




