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猫耳の罠

「ああああ―――― ! ! ちょっと、まっ―――― 」

目を開けていられない程の光の渦に飲み込まれ、すず子の悲鳴も、身体も掻き消えた。


―――― どうしてこんな事になったのか、全くもって分からない。



 ◇



12月23日夕方のリビングにて――――。


 年末も押し迫り、クリスマスと共に嬉しい冬休みがやって来た。

 私は一人リビングで、台所にいる母の作る料理の匂いを嗅ぎながら冬休みの宿題をやっている。

 自分は長期休みの宿題は先にやるタイプだ。そして、余った時間は趣味にあてる。趣味と言っても人に胸を張って言える華やかなものはないが、一人でゆっくりと過ごせる時間は何かと忙しい学生には貴重なのだ。


 今日はもう少し数学を進めてしまおうか。教科書を取り出し捲ると、自他共に認める低い鼻に優しいミルクの香りを感じた。

 今日はシチューだろうか ? なら妹の陽子の誕生日には相応しいメニュー。何故ならそれは陽子の好物だから。太っちゃうと言いながら、いつも何度もおかわりしている。それに煮込むだけで良いので簡単だし我が家では定番のメニューでもある。


「良い匂い~・・。夜が楽しみだな」


「ねぇ、すず子ー ? 今日シチューで良いわよね ? ああもう、クリスマス直前が誕生日だなんて、厄介な子だわ~。来年からクリスマスと誕生日、一緒で良いと思うんだけど駄目かしらね・・・・」 

 

 台所での作業を続けながら、母が私を呼ぶ。


「あははっ、その日に産んだのは、母さんでしょ。それと陽子ね、クリスマスと誕生日を一緒にするのは怒ると思うよ」

「やっぱり ? まぁ、タイミングを見計らってそれと無く聞いてみてよ ? 」


 母の苦労は分かるが勝気で活発な妹は口も上手で、言い合いになった際、勝てたためしがない。だから私では役不足。まず「うん」とは言わせられないだろう。

 自分とは正反対の妹。運動部に所属し、頭も良く社交的。男の子にも人気のようだ。よく家に知らない男の子から電話が掛かって来ているし、学校でもちらほらと噂を聞く。「かなり、もてるらしいよ」と。

 自分は、そんな妹に少しだけ、ほんの少しだけだけど劣等感と嫉妬があった。異性にもてるのは別にいいけど、もう少しあの社交性が自分にもあれば、と。


「ふぅ・・」


 頭を包み込むようにカットされた短めの髪を耳に掛け、やはり、と思い直す。

―――― ちょっと羨ましい気もするけど・・・・やっぱり目立つのは嫌だ。地味が良い。沢山の人に注目されるのは苦手だもの。


 どうやったって、私の地味さは変えられないよ。そう諦めた時、ふと、脳裏に隣の席の男子が浮かんだ。

 その人は色素の薄い絹糸のような髪をしていて、更に色味の薄い瞳を持っている。見上げるほどの身長、長い手足に広い肩幅。とにかく、日本人体系の自分から見たら全てが規格外の人――『猫柳君』。

 だが彼の規格外な物事はそれだけではない。

 最も特筆するべき物は彼の頭の上にある。誰もが欲しがるであろう美しい髪の上に乗っている物。

 それは「耳」

 なんと「猫耳」。

 灰色のビロードのような耳が鎮座しているのだが、その耳は何故か私にしか見えない奇妙な耳で、本人に確かめようとした事は何度もあるが、その度に猫柳の只ならぬ気配に身の危険を感じ断念している。


―――― 何事も、触らぬ神に祟り無し。


 地味に生きたい私のモットーである。彼に関しては近寄らない、見ない、聞かない。成るべく係わり合いにならない様にと心がけ避けている。

 だけど、問題の猫柳本人が私に何か思うところが有るらしく傍によって来るのだ。それが訳の分からない事ばかりで少し、恐い。


――――自分が猫好きだからって、他人にもそれを強要しようとするなんて、ちょっと傲慢だよね。


 私の猫柳への印象は、あまり良くない。


 もう少しで今日の宿題のノルマが終わると言うところで、また台所から母の声。


「すず子ー ? あの子の誕生日プレゼント、スマホのカバーにしたんだけど良かったかしらー ? 」

「んーーー。良いんじゃない」

「鼠柄と猫柄があってねーー、猫の方にしたのーー」

「ん。鼠よりは良いと思う。陽子猫好きだから」

「実は、アンタのも有るのよー。対になっていたから買っちゃったー。鼠柄ーー」

「ええっ !! どうして鼠 ? 鼠と猫なら猫の方がいいよっ ! 」

 嫌いな動物№1は、鼠だってお母さん忘れたの ? 別に猫が特別好きな訳ではないが、鼠よりはマシ。

「えーーー、猫のが良いのーー ? 」

「鼠よりは「猫の方が好き」だよーーー !! 」



 その瞬間、私がペタリと座り込んでいるカーペットの上に青緑色の光が出現した。


「 ? 」


 光は弧を描いて伸びて行き、私をぐるりと取り巻くと輪になった。


「床が光って・・・る ? 」


 とっさにテーブルに置いてあったテレビのリモコンを掴んでカーペットの光をベシベシ叩いた。その際に、電源とボリュームのボタンを押してしまい、リビングがテレビから流れる、お笑い芸人の笑い声で溢れかえる。


 光の円は二重になり、円の内側に見た事もない幾何学模様を浮かび上がらせた。次々と形を変える光の円に身の危険を感じ、急いでその場から飛びのいた・・・・が、円はすず子の下に瞬時に移動する。


「つっ、付いて来るっ ! 」


 テーブルの周りを逃げ回ったり、試しにピョンピョン飛び跳ねてみても、ポケットの中の飴玉がガサゴソ音を立てるばかりで足の下の光の輪に変わりは無い。光が三重になったところで、私は幾何学模様の中に見覚えのある形を見つけた。


「まさかっ ! 」


 ピンと立った耳。にょろりとした尻尾。有名運送会社のマークにも似た、その形は(まさ)しく猫 ! !

 猫と言えば、猫柳 !!

 この連想は間違っていないだろうと漠然と確信する。


 変形が止まると光の量が増し、円の外と内とを光の壁が二分する。

 私は焦り、咄嗟に窓に立て掛けてあったピンクの「布団叩き」を手に取りバンバン力の限り光を叩く。だが、埃が舞うだけで光には変わりがない。


「ヤダヤダ ! お母さーーんっ !! 」


 これほど騒いでいるのに台所の母は様子を見にも来ない。そういえば、向こうの音も聞こえ・・・・ない ?

 気が付くと何時の間にか台所の流しの水音が止んでいた。無音だ。何も聞こえない。


「これ絶対、猫柳君が関係してるでしょうーーーーっ ! ! 」


 暖房で暖められたリビング。冬独特の乾いた空気。母のお気に入りの芳香剤の香り。何時も通りの室内でその光だけが異質だった。青緑色の眩い光の中、私のスカートが巻き上がる。


「ああああ―――― ! ! ちょっと、まっ―――― 」

目を開けていられない程の光の渦に巻き込まれ、私の悲鳴も身体も掻き消えた。手に持ったリモコンと布団叩きと共に。




 数分後――――。

料理を終えた母が手を拭いながらリビングに入って来た。


「あーもう。五月蝿いわよ、すず子。ボリューム下げなさ・・・・あれ ? すず子 ? 」

リビングに娘の姿はなく、大音量で流れるテレビの音だけが響いていた。

「リモコン何処やったの ? すず子ーー ? 」


その問いに答える声は無かった。










シリーズ化している短編二話が御座います。そちらを読まれた方が分かりやすいかもしれません。

短編だと、なかなか進まなそうなので連載にしてみました。

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