聴覚障害者の日常 遠距離恋愛編
シリーズ化してきました…。
連載モノになるとはおもわなかったので、このまま短編でやってみます。
夫とは学生の時に知り合い、1年の終わりから交際を始めた。卒業後から結婚前の5年間は、高知と神奈川の遠距離だった。
この遠距離中は、いまのように携帯電話やましてファックスもない時代だった。
連絡の手段は電話か郵便しかなかった。
夫は筆まめではない。
なんとかして文通しようと、往復ハガキにして、アンケート形式にしたりして、涙ぐましい工夫をしたが、面倒くさがりでつづかなかった。
電話はアタシが聞こえなくて理解できない。
ただ、電話だとこちらから一方的に話して切るくらいしかできなかったので、言葉のやりとりは不可能だった。
夫も会話−−−言葉のキャッチボール−−−をしたいと思っていたらしい。なんとかしたいと思っていたらしい。
アタシは補聴器をすれば音には反応する。鳴っているか鳴っていないかの区別ができる。
そこに目をつけて、モールス信号のようにはできないかと考えた。
そうして、とうとう電話で会話をすることが、どうにか可能になったのだ。
50音表に従って音を拾うやり方だ。アタシはそれを50音ルールといっている。
つまり、『あかさたなは…』と子音方向に音を鳴らした数、それを拾えたら、次に『あいうえお』と母音方向に音を鳴らした数を拾うと、一文字きまることになる。
例えば『たかつ』と言いたいとしよう。
子音方向に『あかさた』だから音は4回。アタシが『た?』といって正しければそのまま母音方向『た』は1回。アタシが『た?』と聞く。これが正しければ、これで一文字きまる。もし間違いがあったら、リズムをかえて『タタタタッ♪』と違うことを知らせてくれるので、始めからやりなおすのだ。
次の『か』は同様に『あか』で2回。『か』で1回。『つ』は『あかさた』で4回。『たちつ』で3回。
以上で『たかつ』と理解するのだ。もちろん、アタシが知っている言葉の範囲に限るのだけれど。
この50音ルールは撥音や即音などを表現はできない。カンで置き換えて理解するのだ。『みしかい』を『みじかい』、『しつはい』を『しっぱい』と予測できるように。
かなり時間がかかるのと、遠距離だったのとで、電話代は2、3万円はざらだった。
今から考えると、本当にお互い辛抱強かったなぁ…と苦笑いしたくなる。
そんなに昔の話ではない。平成元年から5年間の話だ。
パーソナルファックスは平成5年くらいから流行り始め、携帯電話も平成10年前後からだと思うが、技術の革新はめざましいものがあるなぁ。