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どっぺる!?  作者: 氷純
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人を呼びますよ?

 映画館に入り席についてしばらくした頃、俺は選択を誤ったのだと悟った。

 人混みが苦手な佐也香のこともあり、人気のなさそうな映画を選んだのも失敗だった。

 俺は右隣に座る佐也香を見る。彼女は軽薄そうな大学生に話しかけられていた。

 ため息を吐いて左隣に視線を移せば、ピアスを弄る大学生が安っぽい笑みを向けてくる。

 いわゆる、ナンパである。

 俺たちが席に着いてすぐに彼らは現れ、指定席とばかりに俺と佐也香を挟むように座った。

 事前に打ち合わせたのだと予想できる。それくらいに慣れた様子だった。

 両脇を挟まれては映画館という性質上、上映が終了するまでは逃げられない。また、上映が終わっても感想を語りながら喫茶店などに連れ込むのだろう。

 無駄のない計画には少しばかり感心する。彼らを主役にドキュメンタリー映画でも撮れそうだ。

 題名は、そう『プロジェクトナンパ』とかどうだろう。


「よく映画見に来るの?」


 ピアス男が話しかけてくる。

 まだ映画は始まっていない。照明すら落とされていない。

 しかし、ピアス男は椅子に浅く腰掛けて通路を足で塞いでいるため逃げられない。

 それに俺が席を空けるとピアス男が席を詰め、佐也香の両隣をナンパ野郎が固めることにもなりかねない。暗がりの中、なにをされるか分かったものではない。


「あまり見ることはないな」


 仕方なく、会話に乗ることにした。

 社会生活講座『ナンパ野郎のあしらい編』を開講する。


「普段は見ないって事か。暇だったの?」


 軽い調子で予定が空いているのを確認してくるピアス男。

 暇でなければ普段は見ない映画を見に来たりしない。それを見越しての質問だろう。


「買い物に来たんだが、少し、時間が空いてな」


 少し、と軽く強調しておく。


「へぇ。なに買ったの?」

「料理本だ」


 返す言葉は簡潔に。会話を途切れさせるのがコツだ。


「料理かぁ。俺もよく作るんだ。一人暮らしだからさ」

「……。」


 質問されない限りは無言を貫く。

 こっちから話題を振るとでも思ったか。

 沈黙を挟み、ピアス男が口を開く寸前に買い物袋を漁る。

 タイミングを外されたピアス男が口を閉じた。

 俺が袋から取り出したのは買ったばかりの料理本だ。

 ピアス男がそれに言及する直前、佐也香へと顔を向ける。

 ピアス男は「あ……。」と情けない声を出した。悉くタイミングを外されて戸惑っているようだ。


「佐也香、今日の晩飯はこれにしよう。分からないところはあるか?」


 佐也香が料理本に視線を落とす。

 今のうちに佐也香に話しかけていた軽薄男を始末しておこう。そう思って軽薄男の席を見る。

 ーーあれ? いない。

 何故か空席だった。どこに行ったのだろうか。

 俺たちの逃げ道を無くすために両隣を固めたのだから、途中で退席するなどあり得ない。

 前提条件が間違っていたのかもしれない。


「ーー宗也さん?」

「え、あぁ。なんだ?」


 佐也香に袖を引っ張られて思考の沼から這い上がる。

 佐也香が本の一部を指している。


「圧力鍋はありますか?」

「豚の角煮を作った時にはあったから、戸棚を探せば出てくるはずだ」


 佐也香に答えながら、さりげなく映画館を見回す。

 隅の方に軽薄男を見つけた。何やらこちらに向けて手招きしている。

 俺の視線を辿ったピアス男も気付いたらしく、席を立った。

 どうやら諦めてくれたようだ。何故こうなったのかは首を傾げざるを得ないものの、結果オーライである。


「佐奈さんの言う通りでした」

「え?」


 唐突な呟きを聞き咎めた俺は佐也香を振り返る。


「佐也香、まさかとは思うが佐奈と出かけた日にナンパされたのか?」

「いえ、されていません。宗也さんと出かけたら確実にナンパされるから、と対処法を教えてもらいました」


 佐奈のやつ。用意が良いじゃないか。ちょっと株が上がったぞ。


「どんな風にしろって?」

「えっと」


 佐也香は料理本を閉じると左手を握り込み、俺の腹を軽くノックし、言った。


「固いですね。羨ましいです。私なんてプニプニで……。ほら」


 そう言って軽く腹を突き出す佐也香。

 俺は促されるままに手を伸ばす。


「どれどれ」

「痴漢!」

「トラップかよ!!」


 佐奈め。家の子になんてあくどい方法を仕込みやがる!



「早くどこかに行って下さい。人を呼びますよ? と教わりました」

「とりあえず、今後それは使用禁止だ。痴漢冤罪みたいで気分が悪いからな。今度、平和的で知的なあしらい方を伝授しよう」


 俺の言葉を聞いて佐也香が不思議そうに考え込む。

 その様子を俺は袋に料理本を仕舞いつつ確認する。

 やがて、彼女が疑問を口にした。


「……伝授する程の技術をなぜ宗也さんが身につけているんですか?」

「君が声をかけられた時点で察してくれたまえ」


 認めたくはないが女顔なのだ。何かと声をかけられる質である。

 ナンパ対策に発明品を作った事もあるがお蔵入りとなった。厨二病のあけ切らぬ一昨年夏の記憶だ。

 俺にしては珍しく失敗に終わったからなぁ、あれは……。

 過去の失敗に思いを馳せている内に照明が落とされ、スクリーンが輝いた。


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