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どっぺる!?  作者: 氷純
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注目の的?

「宗也はもう帰るのか?」


 テストを終えると修一が振り向いて訪ねてきた。

 椅子の背もたれに頬杖を突いて茶髪頭を支える彼は鞄を指し示して首を傾げた。


「一緒に帰らないか?」

「妹が心配だから、合流して校内を見て回る」

「シスコンだな。この場合、顔がそっくりだからナルシストでもあるのか?」

「変な定義付けすんな。どっちでもない」


 佐也香は未だに社会常識がないのだ。そんなあいつにファンクラブなんかが接触したらどうなるか、想像も出来ない。

 仮に俺と勘違いされたままだと非常に困った事態になりそうだから、先に合流してしまおうという判断なのだ。

 そして、実際にはそうでないにしろ、双子であると周知徹底させるためにも二人揃って校内を散歩してみせる。

 そうすれば目撃した生徒が俺達を混同しないように各々で対策を考えるはず。

 そうと決まれば善は急げだ。俺が立ち上がると修一も続いた。

 鞄を肩に掛けて教室を出る。

 佐也香たちは別の教室で試験を受けている。その教室に行くには昇降口から遠ざかるのだが、修一が後を付いてきていた。


「帰るんじゃないのか?」


 不思議に思って訊ねると、修一は大げさに肩を竦めた。


「美少女のツーショットってのはそれだけで貴重なんだよ」

「ツーってなんだ。ツーって」

「ツーツー言うな。電話かお前は」


 妙な突っ込みと共に背中を押されては抵抗もできない。

 他のクラスでも実力テストが終わったらしく、廊下は生徒で溢れ返っている。それでも立ち止まらずに進めるのは進行方向の生徒が俺の顔を見ると道を譲ってくれるからだ。

 廊下の端から生徒達の囁き声が聞こえてくる。


「……代表だ」

「代表のお通りだ」

「道開けろ、巻き込まれるぞ」


 道を譲ってるんだよな? 障らぬ神に祟りなし的な言い回しが気になるのは俺だけか。それに何に巻き込まれるんだ?


「修一、なんか注目されてないか?」


 顔を振り向けて訊ねる。

 修一はわざとらしく顎に指を当てて真面目に思案するような顔を作った。


「ここで俺が宗也に告白すれば周囲の圧力で断れまい」

「……お前、そっちの趣味が?」

「まて、誤解だ。冗談くらいは受け流してくれ」


 咳払いして仕切り直した修一は続ける。


「入学式の一件が尾を引いてるんだろうさ」


 物凄い影響力である。舞台上に佐也香が立っていたのはほんの数分だ。俺なら顔なんて覚えられない。それだけ短歌を詠んだのが印象深かったのだろうか。


「おい、宗也。携帯が鳴ってるぞ」


 修一に肩を叩かれた俺は携帯がメールの着信を告げているのを知りポケットから引っ張り出す。

 佐奈からである。メールを開いた俺は文面を読んだ瞬間、顔から血の気が引く音を聞いた。


「嘘だろ……?」


 すぐさま携帯を握りしめて走り出す。


「ーーおい。宗也!?」


 修一の足音が追いかけてくるが今は気にしていられない。

 佐奈からのメールには簡潔に出来事だけが書いてあった。

 ーー佐也香が倒れた、と。

 文字通り血相を変えて走る俺は時々同級生にぶつかりながらも保健室にたどり着いた。


「佐也香!?」


 名を呼びながら保健室に飛び込む。

 数台あるベッドの内、窓側の一台だけ白いカーテンで仕切られている。

 そのカーテンの裾から佐奈が顔を出して唇に人差し指を当てた。

 静かにしろ、そう言いたいのだろう。

 佐奈に手招きされてカーテンをくぐり抜ける。佐也香が静かに寝息を立てていた。


「貧血みたいよ」


 俺が容態を聞く前に佐奈が先手を打った。


「きっと人混みに当てられたのね」

「そういうことか」


 思ったほど大事にはなっていないらしい。壁にもたれて安堵の息を吐いた。

 詳しい話を聞くと、入学式の一件で話題の新入生代表という事で話し好きな生徒達に取り囲まれたらしい。


「俺か佐奈としかまともに話した事が無かったもんな」


 両親は忙しいため家を空けてばかり。自然と佐也香の話し相手は限定されていたのだ。


「……気付かなかった」

「ま、まぁ、仕方がないよ。少しずつ慣らすしかないって」


 佐奈がフォローしてくれる。

 その時、保健室の入り口から息を切らした男子生徒が現れた。修一である。


「いた。宗也、お前なぁ、置いてくって酷すぎだろ。お前がぶつかった相手に何度頭を下げたかーー」


 文句を言いながら俺に詰め寄ってきた修一はベッドの上で眠る佐也香に気が付いて一瞬呆けた。

 何度か瞬きすると俺と佐也香の顔を交互に見た。


「間違え探しか?」

「この空気でボケがかませるお前は大物だよ」

「いや、和むかなと思ってな」


 確かに空気が弛緩していた。

 佐奈が視線で「こいつ、誰?」と聞いてくる。


「大桂修一、教室で知り合った」

「棚宮佐奈です」


 世間様用の穏やかな笑みを浮かべてみせる佐奈。

 本性を知っている俺としてはこのお嬢様然とした笑顔に吹き出す所だったが、『口閉じてろ』とばかりに無言で視線を投げられては溢れる笑いを堪えるしかない。

 素の佐奈を知らない修一が気の毒にも騙されて照れている。

 ご愁傷様。骨は拾ってやる。……残っていればな。


「ーー宗也さんが遠い目をしています」


 佐也香の声がしてベッドを振り返る。俺と同じ艶やかな黒い瞳とぶつかった。

 どうやら起こしてしまったらしい。


「具合はどうだ?」

「少し胸がもやもやします」


 気分は良くないらしい。

 校内を見て回るのは後日に回して早く帰って休ませるべきだろう。


「校内見物はまた今度だな。宗也達の家は近いのか?」


 修一が腕を組みながら聞いてくる。

 徒歩で三十分程だと伝えると渋い顔で唸った。


「倒れた女の子に歩かせる距離じゃないな」

「大丈夫だ。今からタクシーを呼ぶ」


 ベッドの傍らに佐也香の鞄があるのを確認し、俺は携帯を取り出す。

 そんな俺を横目に見て佐奈と修一が顔を見合わせた。


「過保護だな。これも何かの縁だし、持ち合わせが足りない時は出すぞ?」


 修一の申し出は断って、気持ちだけもらっておく。

 会った初日に金を借りるほど面の皮は厚くない。それに発明品で儲けた金もある。


「美少女に借りを作るチャンスだと思ったんだがな」


 悪戯小僧のように笑う修一。気の良い奴だ。

 聞けば彼の家は隣町らしい。我が家に近ければ一緒に送ろうと思ったのだが、定期券を掲げて辞退された。


「それじゃ、俺は帰るよ。同じクラスになれると良いな」


 さわやかな笑顔を浮かべて修一は保健室を出て行く。

 佐奈は作り笑顔でそれを見送り、彼が廊下に出て扉を閉めるなり素に戻った。


「裏の見えない好青年ね」

「普通、裏がないって言わないか?」

「裏がない人間なんて滅多にいないよ。それより、タクシーはすぐに来るの?」

「あぁ。佐奈は佐也香を頼む。鞄は俺が持つから」


 微妙に足取りがおぼつかない佐也香を任せて俺は二人の鞄を持つ。計三人分の鞄だが、今日が入学式であるのが幸いして大した物は入っていない。

 道は空いているらしいから、裏門で待っていればすぐにタクシーも来るだろう。

 裏門に人影はまばらだ。新入生は皆、表門で記念撮影に勤しんでいるから当然といえば当然か。

 裏門を使っているのは式を手伝った上級生がほとんどを占めている。時折、俺と佐也香を見比べる者もいるが、声を掛けてくる強者は居ない。

 行き交う上級生を観察する。時々、生徒会長と副会長の噂話が聞こえてきた。結局、会長達は登校しなかったらしい。

 待つこと数分、タクシーが裏門に止まってクラクションを鳴らした。

 先に佐也香を乗せていると上級生達がこちらを見て何事か囁き合っている。


「ブルジョア代表?」

「新入生代表でしょ」

「本当に双子だよ」

「可愛いな。俺は姉の方で」

「どっちが姉だよ?」


 ……。

 佐也香を狙っているらしい上級生の男子を思い切り睨みつける。


「やっべ、目があった」

「馬鹿、俺と目があっーー」


 少々乱暴に扉を閉めて上級生共の勘違い発言をシャットアウトする。

 タクシーの運転手に睨まれるたのは無視して行き先を告げる。

 勘違い馬鹿に告白されない内に俺が男だと校内に知らしめる必要がありそうだ。

 ついでに悪い虫を駆除しておかねば。


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