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どっぺる!?  作者: 氷純
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俺が居る!?

 渦巻いていた。淀んでいた。負の感情がたゆとう控え室には発生源の少女がうなだれていた。


「なんで、私がこんな目に遭ってるんですか……。」


 両手で持った原稿が軽くひしゃげた。投げ捨てたい衝動を抑えているようだ。

 俺は声を掛けるべきか悩みながらも少女の肩に手を置いた。

 そろそろ彼女の出番である生徒会祝辞が始まるからだ。


「人前に出る仕事は無いってみんなが言うから書記を引き受けたのに、なんでこんなもの読まなきゃいけないんですか……。生徒全員どころか保護者や市長まで居るじゃないですか。よりにもよって私に代役を頼まなくてもいいじゃないですか!」


 結局、生徒会役員で登校したのは書記である彼女、形蔵詩波だけだったのだから仕方あるまい。

 だから、俺を恨めしそうに見るのは筋違いだ。


「さっき校長の話が終わった。出番だ」


 無慈悲に告げた俺に形蔵は何故か怪訝な顔をした。


「私の出番は新入生代表の後ですよ?」

「え?」


 こいつ現実逃避してやがるのか。

 呆れてため息を吐いて見せると形蔵が不愉快そうに唇を尖らせた。


「私が原稿の内容をまだ覚え切れていないから順番を変えたんですよ。ほら、これ」


 差し出されたのは入学式の内容が書かれたパンフレットだ。

 確かに、新入生代表と入れ替わっている。

 ……ということは今、俺の出番じゃないのか?

 慌てて舞台に目を凝らす。


「舞台に俺が居る!?」


 なに言ってるか分からねえと思うが俺も何をされたか分からなかった。

 しかも舞台の俺はスカート姿じゃねえか!

 何がどうしてこうなった!?

 混乱する俺の横で舞台を覗いた形蔵が感動したような吐息を漏らした。


「双子ですか。一卵性は初めて見ました」


 は? 双子?

 疑問が頭を乱舞し、俺は結論に至った。


「……佐也香!」


 あいつ、何してやがる。

 原稿も無しに新入生代表やるつもりか?

 今すぐ舞台に飛び出すのはまずい。式が台無しになる。

 台本を基にカンペを作るか?

 いや、駄目だ。舞台端に視線をやるタイミングがない。保護者達の後ろで掲げても離れすぎていて読めないだろう。

 焦る俺とは対称的に舞台上の佐也香はのんびりと構え、講堂を見回している。

 大物だ、しかし全く安心できない。あれが嵐の前の静けさに思えてならん。

 司会役を務める教頭が俺たちの入れ替わりに気付かず式を進める。

 というか、気付けよ。舞台の俺スカート穿いてるじゃねぇか!

 いや、俺じゃない。佐也香がスカートなんだ。


「もう訳わかんねぇ……。」


 頭を抱えてしゃがみ込んだ瞬間に打開策を閃いた俺は転がるように部屋を出た。

 制止をかける形蔵に構わず、目指すのは上にある放送室だ。

 佐也香が話を始める前にマイクの電源を切り、放送室から俺が原稿を読み上げてしまえ。

 舞台近くの生徒は気付くだろうが大きな混乱は生まないはずだ。

 肩で息をしながら放送室の扉を開ける。


「な、なんだ!?」

「君、いま舞台に……あれ?」


 悠長にノックしてられないので勢いのまま侵入してきた俺に音響担当の先輩が驚いている。

 制御板に飛びついた俺は即座に舞台マイクの電源を切った。

 間に合った。

 胸をなで下ろした直後、講堂を割れんばかりの拍手が満たした。

 不思議に思って舞台を見下ろす。

 佐也香が一礼して舞台裾に消えていった。

 ……放送室まで二分と掛かってないんですけども。

 なんで佐也香は出番が済んだとばかりに舞台裾へと吸い込まれたんでしょうか?

 生徒や保護者が感動の涙を流してるのは何故?

 佐也香ちゃん、何してくれんてんの!?


「もう、本当に訳わからん……。」


 俺は頭を抱えてへたり込んだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 舞台裾で校長と話す佐也香を見つけた。

 舞台上では極度の緊張に固まっている形蔵がいる。

 不安げにそれをみる校長が一方的に話しており、佐也香は無表情で相槌を打つだけだ。

 俺はそんな二人の前に回り込む。


「佐也香、ちょっと聞きたいことがあるんだが、覚悟は出来てんだろうな?」


 校長が俺達を見比べて感嘆の声を漏らした。


「君が佐也香ちゃんか。瓜二つじゃないか」

「俺が宗也だ!」


 この爺さん、まさか勘違いしたまま話してたのか?

 というか何で誰もスカートとズボンの違いで見分けようとしない!?


「宗也さん、そんなに慌ててどうしました?」


 君が原因です。察してくれ……。

 泣きたくなってきた気持ちを深呼吸で押さえつける。


「佐也香が新入生代表をやってたのは何故だ?」


 無理に落ち着いて訊ねる。まずは経緯の把握からだ。


「そこのお爺ちゃんに引っぱられて、何時の間にか舞台に立ってました」

「校・長☆」


 笑顔で振り返る。

 弛みきった顔で孫に小声の声援を送る爺さんがいた。

 どう料理してくれようかと指の関節を鳴らす俺を佐也香が止めた。


「ーーというのは嘘です」


 この流れでお茶目さんだと!?


「落ち着きましたか?」

「むしろ興奮したわ! それっぽい嘘吐くんじゃありません!!」


 一瞬、信じちゃったよ。校長の夫婦関係を台無しにする方策とか考えたよ。


「それで、実際の経緯は?」

「校長に引っぱられて何時の間にか舞台の上にいました」


 それさっき聞いた……嘘じゃなかったようだ。



「落ち着きましたね」

「うん、まぁね……。」


 興奮を振り切って呆れちゃったからね。

 脱力感に苛まれた俺は、それでも何とか気力を振り絞る。


「それで、佐也香。舞台で何をしたんだ?」


 感動で涙を流す人がいたり席を立って惜しみない拍手をしていた人がいたけど、佐也香があの短時間で何をしたのかは分からない。

 どうやればあの空気を作り出せるのだろうか。


「校長のお話が長かったので短歌を詠み、式の時間を調整しました」

「あぁ、短いわけだ」


 短歌だしな。


「って、納得できるかぁああぁ!」


 しかし、文句は言えん。

 感動の渦を巻き起こしたのだし、情緒もある。結果を残している以上俺は何も言えない。

 このやり場のない怒りをどうすればいいんだ。

 決まっている。


「校・長★」


 爺さんの後ろ襟を掴んで引きずる。


「何だね? 後にしてぐっ!?」


 声が漏れないようにしないと。


「じゃあな、佐也香。佐奈が心配するから早く戻れよ」


 無表情で手を振る佐也香に背を向ける。

 さて、この爺さんにお灸を据えてもらいに行こう。

 俺は携帯を取り出して校長宅に連絡した。

 ……その後、俺まで怒られた。

 今まで隠していたから共犯だそうだ。

 もう本当に訳分からんね。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 俺はふらつきながら教室に入った。

 正座で説教を喰らったため脚が痺れている。

 この穂波高校では入学したその日に実力テストを行い、その結果でクラスが分けられる。

 受かった事に安心して勉強を疎かにする奴がいるからこその処置だ。


「203番は……ここか」


 机の隅に貼られた数字と生徒手帳の番号を見比べて、俺は席に着くため椅子を引く。

 前は未だ空席、後ろは机に突っ伏して寝ている茶髪の男子生徒だ。


「……お? 代表じゃん」


 俺が椅子を動かした音で目が覚めたのか、顔を上げた茶髪が声をかけてくる。

 君の見た代表とは別人だが俺は確かに新入生代表だよ。


「女子なのに宗也って変わってるよな」


 聞き捨てならないその言葉に、俺は制服を見せつける。


「ちゃんと見ろ。俺は男だ」

「……女装で壇上に出たのか。似合ってたぞ」

「目を逸らしながら言うな。あれは妹だ!」


 そして似合っていたと言われても嬉しくない。

 茶髪は冗談だと笑いながら手をひらひらと振った。

 俺には分かる。こいつはまだ信じてない。


「信じたって。男装が趣味なんだろ? あんまり似合ってないけど個性って奴は尊重する男だぜ、俺は」


 やっぱり分かってない。

 というか仮に男装だとして似合ってないってのはどういう事だよ。

 こめかみが疼くのを感じながら俺は口を開く。


「いいか、男装じゃなくて俺は男で、壇に上がったのは妹だ。別人だって事は分かるな?」

「分かってるよ。だがその顔で男なはずないだろ」


 茶髪はへらへらと笑いながら続ける。


「妹と顔がそっくりだし一卵性の双子だろ? 片方が女ならもう片方も女って常識じゃん」

「一卵性ではない」


 正確には双子ですらない。


「マジで? 遺伝子強すぎだろ」


 今更のようにやぶ蛇だったと気付いた俺は曖昧に頷く。

 その後、父母どちらに似ているか等の世間話をする内に入学式の話になった。


「校長が30分近く喋ったからひ弱な生徒が運ばれていったりしてな」


 倒れた生徒を思い出してか、茶髪男子生徒、大桂修一の顔に同情の色が浮かんだ。

 なかなか良い奴かもしれない。

 おそらく、校長の話が長引いたのは孫の詩波が台本を暗記するまでの時間稼ぎだ。

 あの爺さん、本物の爺馬鹿である。いろんな意味で。


「それでみんなウンザリしている時に代表があっさりした短歌を詠んで場を閉めたんだよ。カッコ可愛かったぜ!」


 グッドジョブ、とばかりに親指を立てる修一。

 何度も言うが俺は別人である。

 それにしても佐也香の奴、そんな技能を身につけていたとは……。やたらと本やマンガを読みあさっていたのは無駄ではなかったようだ。

 流石は天才の俺が生み出したクローン。学習能力も応用力もずば抜けている。

 圧倒的ではないか我が遺伝子ぐんは!

 俺が妹の成長に鼻を高くしていると茶髪がニヤニヤと口を開いた。


「感動した保護者まで巻き込んでファンクラブが結成されたらしいぜ。よっ、有名人!」


 ……ちょっと待て。

 まさかファンクラブの連中が入れ替わりに気付いてない、なんて事は……。

 慌てて修一を問い詰めようとした時、試験官の男性教師が入室した。


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