エピローグ
佐也香ファンクラブの会員を介して学校中に知れ渡った『糸澄会長の親を説得する大会』には多くの生徒が出席した。
八割方は物珍しさ手伝っての冷やかしだったろうが、日本人らしい判官贔屓的精神により糸澄会長を応援する生徒がほとんどだった。
はた目には恥ずかしい事この上ないこの集まりに常識人である糸澄夫妻が堪えきれるはずもない。
次々と会場である体育館に入場する生徒が三桁を目前にした頃、糸澄夫妻は娘の交際を認めたのである。
そんな訳で八方丸く収まった。
俺と夏律以外は……。
「……それで二人して部屋に引きこもったのね」
部屋の外から佐奈の声が聞こえる。呆れを多分に含んだその声音に夏律の肩がビクリと震えた。
俺と夏律は同じ布団にくるまって抱き合っているが、色っぽい事は一切ない。
現在、俺たちは二人して世間に怯えている。
「体育館に現れた宗也たちを見た時、まさかとは思ったけど」
「あれが厨二病というモノだったんですね?」
佐也香の確認混じりの質問に俺の心臓が止まる。
この部屋の防音対策を見直さなくては俺の精神が持たない。
窓にはガムテープを貼り、遮光カーテンで覆ってある俺の部屋に近隣住民の視線は届かない。だが、音は別だ。
部屋に戸をノックする音が響く
「宗也、そろそろ出て来なさい。もう二日もたってるんだから」
「そうです。学校の皆さんも、宗也さんに会うのを楽しみにしてますよ」
そうだろうよ。楽しみだろうよ! いじるのが楽しみで仕方ないだろうさ!!
厨二病全開で司会進行役をしたのは不味かった。とてもじゃないが学校に行けない。
同じく進行役を勤めた夏律が俺の腕の中で身じろぐ。
「……宗也、生きてるかい?」
「なんとか、な」
かすれ声での生存確認に小声で返す。
あの日、糸澄夫妻を説得した後で暗黒音を夏律の家に保管しに学校を出たときだ。
佐也香が禁断の言葉を口にしたのはーー
「それが厨二病ですか?」
あの一言で我に返った俺たちはギネス記録を更新する勢いで突っ走り、世間から逃げ出した。
以来、二日間この部屋にこもっている。
俺が研究に没頭することもあるこの部屋には台所やシャワー室も完備している。俺のお手製だが。
引きこもるには最適なこの部屋で俺も夏律も日々を怯えて過ごしていた。
「出て来ませんね」
「今週中に回復すると良いけど……。佐也香、お茶淹れてくれる?」
「はい」
佐也香の返事に続いて階段を降りる足音が聞こえてくる。最後に軽く飛び降りたらしく軽快な着地音が締めた。
一拍おいて控えめに戸が叩かれた。
「宗也、一応の報告よ。佐也香は自信を取り戻したみたい」
そんな事さっきの足音で分かる。
「あんた達も早めに復活しなさいよ」
佐奈の励ましに夏律が低く唸る。うっすらと目に涙を浮かべて頭を振っている。
おそらく俺も似たような顔をしているだろう。
「それと夏律ちゃんに頼まれてた着替えもここに置いておくね」
しばらく反応を伺うべく沈黙していた佐奈は開かれない扉に盛大なため息をついた。
「そういえば、佐也香が言ってたんだけど、『後八十回も活躍できる』って何のこと?」
俺の頬がひきつる。夏律の目が見開かれる。俺たちの顔から血の気が引く。
八十ってそりゃお前……。
「「未回収分の数だよ」」
絶望はまだ続く。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。




