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どっぺる!?  作者: 氷純
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書記って誰?

「佐也香、準備できたか?」


 名前を呼びながらクローンの部屋をノックする。

 押しの強い母によって流行のキラキラネーム(金星ビーナスとかそんなの)に決まりそうになったが、常識人である佐奈の徹底抗戦によりクローンの名前は佐也香に決まった。

 佐奈と俺(宗也)の名前から一字ずつ取ってあるのには作為的な何かを感じるのだが、佐奈に聞いてもはぐらかされるだけだった。

 男の俺では気が回らないことまで面倒を見てもらっているので強くは聞けずに高校入学の今日を迎えた。


「佐也香?」


 返事がないのでもう一度ノックする。

 佐也香のやつ、未だに羞恥心を身につけていないからな。許可無く開けたら下着姿だったり、報告を受けた佐奈に殴られたりするのはもう嫌だ。

 この半月は生傷が絶えなかったぜ……。

 あれ、おかしいな。体の節々が痛い。またフラッシュバックか?


「できました」


 佐也香が扉を開けて出てきた。

 しっかりと制服を着ている。ぱっと見は問題がない。


「念のために聞いておくが、下着はつけているな?」


 スカートをめくる訳にもいかないのでセクハラ染みた質問をする。佐奈がこの場にいたら俺の傷が増えていただろう。


「……。」


 廊下に出ようとしていた佐也香が足を部屋に引っ込めて無言のまま扉を閉めた。


「忘れてたのか……。」


 佐也香の高校入学に必要な書類を金や力や情報で揃えるのに掛かり切りだったので、本人の教育に時間を割けなかった。

 よって、この有様である。

 あまりにも当たり前すぎることを俺がインプットし忘れており、男を想定した教育プログラムの弊害で女としての自覚も薄い。

 一応は佐奈が色々と教えているので最低ラインには達してーー


「これですか?」


 突如開けられた扉。

 佐也香が右手に掲げた物を見て俺は即座に引ったくる。


「これは俺のパンツだ!」


 見あたらないと思ったら佐也香が持ってたのか。

 男物と女物の区別もつかないとは……。

 多難な前途を憂いて俺は天井を仰いだ。

 俺の心配をよそに佐也香は玄関に歩き出す。


「ちゃんと靴を履けよ」


 背中に声をかけると彼女は肩越しに振り返って頷いた。

 俺も鞄を持って後に続く。

 我が家の玄関は余裕がある造りなので佐也香の隣に座って靴を履いても窮屈に感じない。

 玄関扉に手をかけた俺は佐也香を促そうと振り返り、彼女の手元を確認してすぐに制止する。


「おい、下駄を履いていく気か?」


 俺の問いかけにキョトンとした顔を向ける佐也香。


「ダメでしょうか?」

「お前の靴はこっちだ」


 靴箱にあった佐也香のローファーを取り出すと彼女は両方を見比べて首を捻る。


「下駄の方が音が楽しいです」


 ……ローファーの靴底にカスタネットでも仕込んでやろうか?

 名付けて、ダンシングーー

 いかん、ぶり返すところだった。


「どうかしましたか?」


 ローファーを履いた佐也香が訊ねてくるのを適当にいなして、玄関扉を開く。

 佐奈が鞄を片手に待っていた。


「二人ともおはようーーって、宗也は何で防御姿勢をとってんのよ」

「理不尽な暴力から逃れるためだ」


 顔の前で縦にそろえた腕の間から答える俺に佐奈はため息をこぼす。


「佐也香、大丈夫だよね?」


 やっぱり、佐奈も下着の心配するんだな。


「……。」

「見せなくていいから!」


 スカートの裾を持ち上げる佐也香を佐奈が慌てて止める。


「白か」


 純粋な佐也香に似合っている。

 黒の下着でも肌の白さが強調されて良いかもしれないが、佐也香にはやはり白が適切だろう。

 早い話が眼福である。


「……宗也、今なんて言った?」


 やばい。口に出しちまってた。

 佐奈が笑顔で詰め寄ってくる。

 ふっ。だが、この俺の鉄壁のガードは破れまい。

 そう思った瞬間には形のいい拳が眼の前に制止していた。


「えっ……?」

「宗也は新入生代表だから今日は許してあげる」


 拳を引きながらにっこりと微笑む佐奈に唖然とする。

 まるで動きが見えなかった。

 俺のガードもちゃっかり弾かれてるし。

 愕然とする俺に不敵な笑みを見せた佐奈は拳を引いて、佐也香の手を取った。


「遅刻する前に行くよ」


 歩き出す二人の背中を追いながら、俺は空に祈った。

 どうか、佐奈とは別のクラスになりますように。

 暴力に怯える生活はもう嫌だ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 校長室に通された俺は頭を下げて挨拶を述べた。


「よ、よく来たね。えっと、そうだ。ご入学おめでとう」


 白髪のナイスミドルが上擦った声で歓迎してくれた。

 引き吊った笑顔を浮かべる彼に教頭らしき男が同情の視線を送っている。


「校長先生、緊張なさらないで下さい」


 落ち着かせようと笑顔を向けたが、校長の顔が青ざめるだけだった。

 そんなに怖がらなくても良いだろうに。

 キャバクラ通いなんて今時恥ずかしいくもない。


「奥さんはお元気ですか?」

「あぁ、お陰でな。仲良くやっているよ」


 恥ずかしくなくても恐いんだね。奥さんとか世間の目とか。

 教育者は大変である。


「佐也香さんだったか。妹さんは息災かね?」

「お陰さまで本日入学の運びとなりました」


 そうでないと脅しーー交渉した意味がないからな。


「ところで、式の流れを確認したいんですが、変更はありますか?」


 含みのあるやり取りを済ませて本題に移る。

 リハーサルも昨日済ませたので変更など無いと思っていた。


「それが、生徒会長の糸澄さんがまだ登校していなくてな」


 困った顔で校長が言う。

 生徒会長と言われてぼんやりと思い出すのは眼鏡の先輩だ。

 小動物チックな大人しい人だった。何かの罰ゲームで会長になったんじゃないかと心配してしまう程に頼りない印象の女子生徒だった。

 入学式をすっぽかす度胸があるとは思えない。


「遅刻しているだけでしょう。もし来なかったら副会長が代わりをやるんですか?」


 会長と正反対の雰囲気を持つ優男な男子生徒を頭に浮かべながら訊ねると校長は首を横に振った。


「彼も来てなくてね。今朝、糸澄さんと歩いている姿を見た生徒はいるが、連絡がつかない」


 ゴシップ記事の匂い!

 冗談はさて置いて、代役無しか。別にプログラムをとばしても構わない気はする。


「代わりは書記の形蔵さんが務める」


 誰だよ。

 流石に書記の顔まで覚えてない。


「因みに、君と同じ一年生だよ。中等部から生徒会に入っているからね」


 中高で一つの生徒会を運営してると聞いてはいたが、こんな事態にもなるのか。

 同じ新入生、今日は主役だというのに歓迎役まで兼任とは、可哀想な奴である。


「それで、形蔵さんとやらは何処に?」


 この天才に挨拶もないとは、恥ずかしがり屋さんめ。

 さして広くもない校長室に俺以外の生徒はいない。

 となりの生徒会室にいるのだろうか。

 そう思って壁をなんとはなしに見る。

 物言わぬ白い壁が立ちふさがっていた。


「形蔵さんは生徒会室にいるよ。緊急で台本に目を通しているからそっとして置いてほしい」


 校長が眉を八の字にして言った。

 がんばる孫を応援するような口振りなのは、校長の名字も形蔵というのが関係しているのだろう。

 ……十中八九、孫だな。

 俺は壁に向い手をメガホン代わりにして口を開く。


「校長の行き着けはーー」

「喋るな!」


 威勢の良い台詞と裏腹に縋ってくる校長がうるさいのでメガホンを解く。


「孫の晴れ舞台を作るべく生徒会長並びに副会長を誘拐するとは何たる事か。校長よ、見損なったぞ!」

「唐突に濡れ衣とな!?」

「えぇい、黙れ! 証拠なんぞ三時間で揃えてみせる。大人しく縛につけえぃ!」

「揃っとらんじゃないか! 見切り発車でトンでもないことを言い出すでないわ!!」


 年甲斐のない言葉の応酬に校長は息を切らしている。

 しかし、その顔は若い輝きに満ちていた。


「やるな、校長。これが年の功か」

「ふふふ。若い者のボケ程度、的確にツッコミを入れてみせるわい」


 校長は生涯を賭けて倒すべきライバルに出会ったような満足げな顔で握手を求めてくる。

 俺はそれを受け、固く固く握り込んだ。

 結論、この校長《爺さん》は悪乗りし易いバカだ。


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