尽くす女、重たい女。
夏律に案内された居間はこの屋敷には珍しく生活感にあふれていた。
中央にはコタツが一つ、それを挟むように座椅子が二席づつおかれており、テレビが笑い所の分からないバラエティーを映している。コタツの上にはノートパソコンが置かれ、夏律人形が座椅子に正座していた。
人形の対面に俺が座ると夏律は何食わぬ顔で隣に腰を下ろした。対面では夏律人形が危なっかしい手つきでお茶を淹れている。
「佐也香君は家にいるのかい?」
夏律は座椅子の背もたれに頬杖を突き、俺を見上げる。
「あぁ。客の相手をしているはずだ」
俺の答えに夏律は目を細めた。
人形が差し出してきたお茶を飲み、夏律は人形に羊羹を渡して一口大に切らせていた。いそいそと羊羹に切り込みを入れていく人形。
「客人か。宗也の部屋に忍び込まないといいけどね」
警戒心を露わにしているのは研究所での一件が尾を引いているからだろう。
人形が羊羹に爪楊枝を添えて俺の前に置いた。役目を終えた人形は正座して待機モードに移行する。改めて、切られた羊羹を見ると測ったように同じ大きさに揃えられていた。
「早速、宗也が調べたことを聞こうか」
ノートパソコンを手元に引き寄せた夏律はその電源を入れながら言った。
俺は学校で聞き込んだ事をそのまま話す。情報の取捨選択や解釈は夏律に任せた方がいい。
頭脳労働において、俺は夏律に及ばない。天才を自負する俺だが素直に負けを認めざる得ないのだ。これが手を動かす、いわゆる技術なら逆の立場になるのだが……。
「人目よくらむ恋仲の会長たちが二人で登校した日に偶然、誘拐されたのだね」
「恣意的な言い回しをするんだな」
夏律はパソコンを操作すると現場周辺の地図を呼び出した。道が黒く塗りつぶされている。
彼女がエンターキーを押す度に道の色が黒から赤へと変わっていく。道それぞれで色が変わる早さにばらつきがあるようだ。
「これは各道路を通る中高生の数を示したものだよ」
夏律が注釈を入れた。そして、画面の右端を示す。そこには時間が表示されている。
夏律がエンターキーを押すと右端の時間が事件発生時刻を表示した。
「平均値ではないから断言はしないけど、現場周辺は生徒がそれなりに利用する道だ。隠れて逢うならもっと適した道がある」
誘拐されなければ会長たちが登校に利用しただろう道を夏律がマウスポインタでなぞる。学校の表門へ向かうその道筋はどう考えても人目に触れる。
地図全体を見渡せば人を避けて登校するのも不可能ではない。それに事件当日は入学式でもあり二、三年生は式に関わる特定の生徒しか登校しない。
「会長と副会長の自宅は分かるかい?」
夏律に促され、俺は覚えておいた二つの住所を告げる。
地図に二つの矢印が現れ、会長たちの家を表示した。
「おやおや。どうやら会長は尽くす女だね」
「もしくは重たい女だな」
矢印と事件現場の位置関係に俺達は感想を述べる。夏律は俺の感想が気に入らなかったらしく頬を膨らませて肘打ちしてきた。
「痛っ。何すんだ、いきなり!」
「推測で人を貶めた罰だよ」
子供っぽく舌をだして俺をバカにした夏律は画面に向き直る。釈然としない気持ちを持て余しつつ、俺も夏律に倣った。
事件現場は副会長の通学路上にあった。
会長と副会長の家の間には人通りの少ない道がいくつかあり、今年で三年生になる会長達が知らないとは考えにくい。
おそらく、会長は副会長を待ち伏せして一緒に登校するつもりだったのだ。
「会長がこんな行動に踏み切った理由が問題だが、夏律の考えは?」
「無理心中」
「……縁起でもねぇな」
流石に冗談だろう。
夏律は曖昧な笑みを浮かべながら肩を竦めた。
「副会長に用事があったのは間違いないね」
「直接会って話さないといけない用事、だな」
一切の男女交際を禁じられているとはいえ、生徒会の仕事に差し支えるからとの大義名分で会長は副会長とメールのやり取りが出来たらしい。
つまり、メールでは済ませられない用事があったのだ。
「入学式に関する事かも知れないね」
心当たりはあるかい、と夏律は俺を見上げてくる。
入学式を思い出す限り問題はなかったはずだ。
俺と佐也香の入れ替わりなど偶発的な問題はあったが、会長に未来予知能力でもなければ副会長と相談したところで避けられなかっただろう。
「つまり、生徒会の仕事ではなく個人的な理由だったわけだね」
朝に会わなければならないほど急を要する用事は入学式に関する事に限られる。それ以外のことならば入学式終了後でも問題ないからだ。
そして実際、入学式は滞りなく終了し、他の問題も起こっていない。
「宗也の話から判るのはここまでかな」
「あぁ、もう何も情報は持ってない」
両手を開いて肩の高さに持ち上げ、手ぶらをアピールする。
「では、次は僕の番だね」
「面白い話があると言っていたな」
夏律は一つ頷くと人形に目をやった。視線を受けた夏律人形が起動し立ち上がったと思うと、何処からか青いファイルを取り出した。見覚えのあるそれは誘拐事件についてまとめた物のはずだ。
「最後のページを見てくれたまえ。素敵な招待状が来ているよ」
夏律に促されるままにファイルを開く。そこにあったのは一枚の手紙だ。
「第二の人生演出家、現在に不満を感じる方へ……なんだこれ」
ネトゲのキャッチフレーズか?
差出人の名前はない。第二の人生演出家が本名ではない事を祈りつつ内容に目を通す。
どうやら、家出を手伝ってくれるらしい。
置かれている状況や所持金から最適な家出を演出します。報酬は二千円、ずいぶんとお手頃だな……。あぁ、逃亡先までの交通費は実費なのか、細かいな。
「これ、何処にあったんだ?」
「今朝、僕の家のポストに入っていたよ。どうやら、僕は現在に不満を抱えた不登校児らしくてね」
心外だ、と言いつつ夏律は苦笑している。
「それで、第二の人生を始めるのか?」
「宗也を手に入れて実現するよ」
「告白みたいだぞ……痛っ」
太ももをつねられて思わず悲鳴を上げる俺を横目に夏律はため息をついた。
「……会長もこんな気分だったのだろうね」
「会長の所にもこの手紙が来ていたのか?」
太ももをさすりつつ問いかける。まだヒリヒリする。
「どうだろうね。証拠の手紙は会長が持って行っただろうから、断言はできない。ただ、怪しいと思わないかい?」
確かに状況証拠しかないが、この線で追っていくのもありだろう。
俺が方向性に同意すると夏律は満足げに頷いた。
「では、宗也を誘拐してみよう」




