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どっぺる!?  作者: 氷純


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19/32

料理の基本は色味香り。

 生徒会室はひどく散らかっていた。

 三つある机の上には乱雑に紙やファイルが置かれている。試しに一枚読んでみると部活勧誘チラシの見本だった。

 新入生の入学にともなって、生徒会の仕事が増えていることに加え、生徒会長と副会長の不在が重なった。仕事がたまるのも当然だ。

 なにしろ、残った役員がアレだしな。

 少しだけ反省しつつ、部屋の端にうずくまっている書記に目をやる。


「ははは、見渡す限り人でした、注目の的ですよ? はははっ! ……いますぐ生徒会やめたい」


 虐めすぎたようだ。

 佐也香は何が原因かをおぼろげに察したのか、困ったように俺を見る。


「……写真を探すぞ」

「わかりました」


 放っておけばそのうち回復するだろうさ。

 歴代役員の集合写真でもないかと家捜しするが、予想以上に散らかっているため作業は遅々として進まない。

 本棚や机の上に無いことを確かめ、俺は腕を組んだ。

 机の中にあるかもしれないが、持ち主の許可無く開けるのは失礼に当たる。


「痛い発明品とか入っていたら可哀想だし」

「宗也さんの経験談ですか?」


 開けられた被害者だ。ちなみに加害者は佐奈。

 それにしても、このままでは効率が悪い。

 部屋の隅でぶつぶつ呟いている書記の肩を叩く。


「形蔵、何時まで沈んでいる気だ?」

「……あなたがそれを言いますか」


 形蔵が恨めしそうに見上げてくるので、部屋を見回す振りをして視線を逸らす。

 虚ろな瞳をまっすぐ見返せるほど俺の肝は太くない。言うなればナノファイバー製である。


「はぁ。もう良いです。必要なのは写真、でしたっけ?」


 ため息を吐きつつも復活した形蔵が立ち上がる。

 部屋を横切った彼女は会長の物らしい一回り大きな机を前に屈み込んだ。


「写真なんか何に使うっていうんですか?」


 一番下の引き出しを開けて中身を漁った形蔵が一冊のアルバムを持ち上げて聞いてくる。

 彼女の立場なら誘拐事件も耳にしているだろう。とはいえ、調べている理由は個人的なものだから教える訳にはいかないのだ。


「生徒会メンバーの弱みを握るためだ」

「何言ってるか分かってます?」

「形蔵なら協力してくれると信じている」


 俺は握り拳から親指を立ててぐっと突き出した。


「そんな良い笑顔を見せつけられても写真はお渡しできません」

「何故だ?」

「動機が不純です」

「そうか、残念だ」


 形蔵はアルバムを胸の前に抱いたまま手放しそうにない。

 俺はポケットから携帯電話を取り出して操作する。


「ファンクラブの事、知ってるか?」


 俺が話題を変えると形蔵はあからさまに警戒する素振りを見せた。


「し、知ってるも何も、さっきまで廊下にいたじゃないですか」

「そうそう、実は会員はあれだけじゃないんだ」


 形蔵は俺の言葉をゆっくり吟味し、意味するところに気付いたようだった。

 彼女は抱いているアルバムを胸に強く押しつけながら、震える声を出した。


「ひ、人を呼ぶんですか……?」

「呼んでもいいか?」


 普通は立場が逆だよなぁ、と思いつつ、形蔵の顔色をうかがう。

 おぉ、血の気が引いてる。


「何で私ばっかりこんな目に、生徒会やめたい……。」


 机に両手をつき、形蔵はうなだれた。取り落としたアルバムが床に落ちる。

 気落ちした形蔵の背中に手を添えて応援してから、俺はアルバムを拾い上げた。

 佐也香がのぞき込む中、アルバムを開く。今年度の生徒会執行部の集合写真はすぐに見つかった。

 相変わらず頼りなさそうな生徒会長を挟んで副会長と形蔵がかしこまっている。

 俺はアルバムを開いたまま携帯で写真を撮り、メールに添付して夏律に送りつけた。


「そういえば、形蔵ーー」


 メールが返ってくるまでに聞き込み調査をするべく形蔵に話しかけ、姿が無いことに気が付いた。

 視線を転じると彼女はいつの間に立ち直ったのか、机の上に弁当を広げていた。佐也香も隣で弁当を取り出している。

 ちゃんと弁当を持ってきていたのか。てっきり、教室に忘れていると思っていた。


「宗也さんもどうぞ」

「あぁ、ありがとう」


 目の前に掲げられた弁当を反射的に受け取る。

 どうせ、メールの返事がない事には動けないのだ。昼食をとるなら今しかない。


「形蔵、ここで食べてもいいよな」

「疑問系ですらないんですね」


 苦笑する形蔵の前に座り、弁当のふたを開ける。中には佐也香が作った料理が詰まっていた。

 詰まっていたが、なんだこれ?

 俺は妙に厚みと弾力のある緑色の物体を箸で摘んでみる。色合いは茹でた小松菜のようだが、葉っぱにはあり得ない厚みと弾力がある。


「佐也香、これなんだ?」


 作った本人に聞くのが手っ取り早い。そう考えての質問にあっさり返ってきたのは不思議な答えだった。


「コンニャクです」


 オーケー、俺の与り知らぬところで緑色のコンニャクが売り出されているらしい。

 先祖のコンニャク魂に対する冒涜である。ゆゆしき事態だ。

 そもそも、現在の製法ではコンニャクはもっと白く仕上がるのだ。しかし、白いコンニャクでは購買意欲が下がるのでひじき等を混ぜ、あの色を保っている。だから断言しよう。


「緑色のコンニャクなんてあるわけねぇだろ」


 コンニャクに何をした? 先祖伝来、日本独自の食材であるコンニャクへの敬意が足らぬ。群馬県民に謝れ!

 佐也香が首を傾げている。経験不足で緑色のコンニャクに違和感がないようだ。


「煮たら色が変わるものではないのですか?」

「変わらん。普通は変わらん」


 いや、普通では無かったのか?

 冷静に弁当箱を観察する。緑色のコンニャクと一緒に別の何かが入っている。緑色のこれはセロリだろうか。


「ゴボウです」

「なん、だと……!?」


 サプライズすぎる。

 ゴボウ、それも緑色をしたゴボウが箸の先で存在を主張している。


「……なるほど、コンニャクとゴボウを一緒に煮たのか」


 コクリと頷く佐也香。

 決まりである。この緑色コンニャクと緑色ゴボウは食べても体に害はない。


「今度から、コンニャクは湯通ししなさい」


 ゴボウはアルカリ下に置くとクロロゲン酸が緑に変色する。コンニャクの影響で煮汁がアルカリになったのだろう。

 それにしても、味も匂いも変わらない。緑色なだけでこれ程までに食欲を失わせるとは……。

 料理本は読んだのだろうか。むしろ、読んだからこそアレンジしたくなったのか。


「お口直しにどうぞ。アスパラとベーコンのスープです」


 佐也香が水筒から注いだとろみのついたスープはーー


「青い、だと……?」


 アスパラとベーコンと言ったかこの娘。どうやったらその食材でこんな南の海みたいな色を出せるんだ?


「……天罰です」


 向かいの席で暗い笑みを浮かべる形蔵が呟いた。


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