視線の威を借る天然娘
新入生オリエンテーションなるものの説明を受けた後、昼休みがやってきた。
三十名ほどのクラスメイト達は出身中学が同じ者でグループを作り、友人がクラスにいない者は仲間を見つけて食事を開始する。
そんな昼食ムードの明るい教室で唯一険悪な雰囲気に包まれた場所が俺の周囲だ。
凶暴な我が幼なじみ佐奈と狡猾な肉食獣の兎里、両者が視線で火花を散らしている。間にノートを挟めばたちどころに燃えそうだ。
しかし、二人の間には今現在、善良な茶髪男子の大桂修一が座っていた。この男、初日から堂々と遅刻する程に神経が太いので女子二人の緩衝材にしてみたのだ。
女子高生に挟まれ、両手に花といった風の修一が目で救いを求めてくる。男の上目使いなんてのは気色が悪い。
俺は遠慮なく顔を背けた。
「なあ、この二人は何でこんなに仲が悪いんだ」
「乙女だからです」
修一が居心地悪そうにしながら訊ねる。佐也香が抑揚のない声で答えると彼は頬をひきつらせた。
「一緒にいたくない男ナンバーワン、大桂修一です……。」
自虐的だな。
修一の言葉に佐奈と兎里もばつの悪さを感じたか、同時に牽制するのをやめた。
「それにしても、佐也香ファンクラブの連中、ぜんぜん来ないね?」
佐奈が廊下の方を見る。
たまに何人かの生徒がこの教室をのぞき込み、俺や佐也香を指差してキャーキャー言うが、教室の中まで入ることはない。
佐奈の疑問に答えたのはファンクラブ会長、兎里だ。
「わたくしから既に通達済みですから、不用意に近づく会員はいませんわ」
「なら、なんであんたはここにいるのよ」
「わたくしはファンクラブ会長としての立場ではなく、一人の友人として同席しておりますもの」
ジト目を向けた佐奈に兎里は白々しく言い切った。
「ああ言えばこう言う」
「言える余地を作って頂けて感謝の念が絶えませんわ」
「っ!」
「まぁまぁ、棚宮さん落ち着け」
と、そこで修一が割ってはいる。
「食事時だろ、和気あいあい、とまではいかないにしろ仲良くしよう、な?」
「……仕方ない。食事はみんなで食べた方が美味しいしね」
「そうですわね。わたくしも宗也さんとのお食事を楽しみにしておりましたもの、雰囲気を悪くするのは本意ではありませんわ」
「あ、俺と佐也香は行くところがある」
と今度は俺が割ってはいると佐也香を除く全員から睨まれた。
軽蔑と困惑がない交ぜになった「お前なに言ってんの?」という目だ。
「いや、ちょっと事情があってだな……。佐也香! 行くぞ!!」
「あっ逃げた!?」
佐奈の罵声をBGMに俺は佐也香の手を引いて教室を後にした。
あいつ等に付き合っていたら昼休みがなくなっちまう。そうなれば聞き込みが出来なくなる。
しばらく廊下を走って後ろを見る。
何人かの生徒が俺達を見ているだけで追っ手の姿はない。
「逃げ切ったか」
佐奈たちは追うのを諦めて、今頃は愚痴をこぼしながら弁当を食べ始めているだろう。
後で機嫌をとらないとな。
ファンクラブへ兎里が出した通達とやらの効果か、見知らぬ生徒に囲まれたりはしない。しかし、移動時間に比例して周りが騒がしくなってきた。
時折聞こえてくるカメラのシャッター音にうんざりしながら廊下を進む。
たどり着いた生徒会室の前に見覚えのある女子生徒を発見して声をかける。
「おい、形蔵!」
俺に呼ばれて振り返ったのはどこか暗い印象のある生徒会書記、形蔵詩波だ。
入学式以来の顔合わせである。
目立つのが苦手な形蔵は俺達を、正確にはその背後を見て露骨に怯えている。彼女の足が生まれたての子鹿のように震えはじめた。
俺の後ろには佐也香ファンクラブの方々が一定の距離を維持しながら付いて来ているのだ。
どうやら、兎里の通達を近づき過ぎなければ問題ないと解釈したらしい。
途中から後ろを確認するのが怖くなるくらいゾロゾロと付いてくるのだ。大半は男子生徒だが瞳がギラギラと光っている。とてつもない威圧感を放つ異様な集団だ。
ピンに見立ててボーリングボールでも投げ込みたい。手元にないのが残念だ。
陸上部の部室なら砲丸があるかもしれないな……。
「生徒会メンバーの写真を見せてくれませんか?」
佐也香が一歩踏み出す。つられて俺が足を進めれば、背後から二十余名の足音が木霊した。
「えぁ、ひぃぅ……。」
形蔵詩波はドン引いている。効果は抜群だ。
佐也香の背中をさり気なく押して続きを促す。このまま精神的な攻撃を加えまくるのだ。
「お願いします。ちゃんと返却しますので、写真を貸して下さい」
俺に押されるままに佐也香がまた一歩廊下を踏みしめる。後に続く俺に合わせて、二十と幾つかの足音が響き渡る。
「ふぇあぅぅ……。」
形蔵詩波は涙目で首を左右に振っている。
あぁ、そんな動作をしたらーー
「そこをなんとか、お願いします」
案の定、形蔵に拒否されたと思った佐也香が二歩床を鳴らす。
もちろん、俺も床を奏でる。一拍遅れの伴奏は二十を超える足音のオーケストラ。高鳴る鼓動、高まる一体感。
「しゅぅ……。」
ライフが無くなった形蔵が壁に手を突き力無く頭を垂れた。
「ありがとうございます」
注目に堪えられなくなった形蔵の様子を了承と受け取った佐也香が頭を下げた。




