友達甲斐のない奴だよ
佐也香と夏律が顔を見合わせる。
夏律は口元に人差し指を当てて一瞬だけ思い出そうとしたが、早々に諦めた。
「生徒会長……。どんな顔をしていたか覚えていないな」
「覚えておけよ」
夏律は俺が入学した穂波高校の中等部三年である。
「僕が凡人の顔を覚えるはず無いだろう。そもそも、引きこもりに何を期待してるのさ」
「偉そうに言うな」
肩を竦めて俺を馬鹿にする夏律にツッコミを入れる。
だが、夏律はますます冗長して、
「引きこもりは古代中国で仙人と呼ばれた。偉いのだよ」
と妙な理屈ばかりこねる。
「お前なぁーーったく」
佐也香に「まぁまぁ」と宥められて、仕方なく俺は追撃を止めた。
「では、明日の登校日を利用して写真を手に入れましょう」
「佐也香君は話が分かるね」
夏律が微笑むと佐也香は照れたように下を向いた。
「ついでに生徒会長と副会長の関係も調べたいところだな」
「評判も聞いてきて欲しい」
真面目に今後の対応を相談し、空が夕日に染めあげられる頃にようやく計画が纏まった。
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玄関まで見送りに来た夏律に別れを告げて外に出ようとした時、服の裾を摘まれて俺は足を止める。
俺の足音が途切れたことを不審に思った佐也香が振り返る。
「佐也香君は外で待っていてくれたまえ」
「……はい」
腑に落ちない、といった表情だったが佐也香は大人しく石畳を歩き、この屋敷と世間を隔てる門をくぐって行く。
夏律は佐也香が門を出るまで待ってから、そっと俺の服を放した。
「宗也に言いたいことはいくつかあるけれど、まず答えて欲しい」
門へと顔を向けたまま夏律は言う。
その横顔に怒りにも似た気迫を感じ取り、俺はつい顔を背けた。
「な、なんだよ」
真正面から向き合っているわけでもないのに気圧されるとは、我ながら情けない。
しかし、夏律は指摘もせずに横目で俺を一瞥した。
「まだ寂しいかい?」
……そうか、それで怒っていたのか。
俺が理解者を創るという行為は『宗也と同じ天才』を自負する夏律の心を傷つけたのだ。
顔を背けていて良かった。
そう思った俺は最低だ。
「僕を見ろ。それでもまだ寂しいというなら殴ってやる」
「悪かっーー」
最後まで聞かずに夏律は開いた手を持ち上げた。
反射的に目を瞑ったが、覚悟した衝撃は来なかった。
目を開けると夏律は俺の頬にあたる寸前で平手打ちを止めていた。
「……考えてみれば、僕には罰を与える資格がない、か」
唇を噛みながら夏律が呟く。
手を降ろした彼女は一歩踏み出すと俺の胸にゆっくりと額を押し当てた。
「夏律……。」
「僕は宗也がいればそれでいい。けれど君は、僕だけでは足りないのだろう?」
顔は見えない。だが、声が震えていた。
胸の奥に直接響く、これは罰だ。
「悪かった」
「……まったく、友達甲斐のない奴だよ、君は」
夏律はため息をついて俺から身を離した。
「さっさと行きたまえ。明日ここに帰ってきたら、腹いせにからかってやるからな」
「あぁ。頼むよ」
「うむ」
指さされた門へと歩き始めながら、俺は努めて明るく手を振った。
門を出ると佐也香が夕焼け空を見上げていた。
「待たせたな」
「いいえ。もういいんですか?」
佐也香は俺の後ろに夏律がいないのを確認しつつ訊いてきた。
「まぁ、一応は」
曖昧な返事に佐也香の目が光った気がした。
「浮気ですか?」
鋭い。言い得て妙だ。
浮気相手に追い討ちをかけられるとは。
「もう二度としない」
「観察記録に書いておきますね」
観察記録?
いや、聞き返すと証拠を残されるのが嫌なのだと邪推されるな。
気になるが無視しよう。
「ところで、生徒会長さん達の写真はどうやって手に入れるんですか?」
佐也香が話題を変えてきた。
「そうだな。生徒会室に行けばメンバーの集合写真くらいあるだろう」
なかったなら各々の教室に出向いて彼女たちの友人を当たればいい。プリクラとかあるだろう。
「プリクラ?」
「そのうちゲーセンに連れて行ってやるよ」
プリクラを知らない佐也香に現物を見せる約束をする。
約束を果たすのは誘拐事件が決着した後になるだろう。
少しずつ暗くなる空に追い立てられながら、俺たちは帰路を歩んだ。
観察記録については『第8部 デートですか?』を参照のこと




