僕の凄さが分かったかね?
映画を見終わり、喫茶店で昼食をとった後、俺達は自宅へと帰りついた。
「はぁ……。」
玄関を見て、思わずため息をこぼす。正確には玄関前で生き倒れている人形に対して。
西洋人形の髪と目を墨で黒く染めたような八十センチ程の人形はアンバランスな美が調和した愛らしい造形だ。着ている衣装は黒のゴスロリドレス。青い羽根飾りの付いた白の帽子を被っている。
しかし、玄関前で仰向けに倒れているのは気味が悪い。通りすがりのお子ちゃまが「うわっ……!」と小さな悲鳴を上げて逃げていった。
「これ、何ですか?」
佐也香が人形を指差して聞いてくる。
その時、人形が滑らかな動作で上体を起こした。そして佐也香を見上げるなりゲラゲラと笑い出す。
通りすがりのおばちゃんがびくびくしながら去っていった。
このままでは近所に妙な怪談話が生まれかねない。
「人様の玄関先で気味悪いマネすんな」
人形の襟首を掴んで持ち上げる。
俺の注意が効いたのか、人形は不気味な笑いを引っ込めた。
「ふむ。この反応は宗也だね」
人形の瞼が閉じられたかと思うと、声が響いた。
佐也香が首を傾げて周囲に人影がないのを確認する。
俺は佐也香の前に人形を掲げて左右に振ってみせた。
「声の正体はこいつだ」
とは言っても、人形が喋っているわけではなく、内蔵されたスピーカーを通して遠方から声を届けているに過ぎない。携帯や無線を想像すれば分かり易いだろう。
「ふむふむ。宗也以外に誰か居るのか」
人形は腕を組んで当たりを聘睨する。
偉そうではあるが俺に襟首を掴まれ猫の子よろしく宙吊りになった人形に貫禄は皆無だ。
「とりあえず、中に入るぞ」
片手に人形をぶら下げたまま俺は家の中に入る。
スニーカーを脱いで靴箱に放り込みながら、人形について佐也香に説明する。
「二年前、俺はある引きこもりに出会った」
意気投合した俺とその引きこもり、山丹夏律は二人して重度の厨二病患者だった。
周囲の人間を置いてきぼりにして、朝から晩まで、布団の上でも食堂でも、所構わず厨二病空間を広げ続けたのだ。
「俺の技術や夏律の知恵を欲する政府機関の魔の手から逃れるべく俺達はーー」
「魔の手が伸びていたんですか?」
「……俺達は数々の発明品をーー」
「宗也、今のは無理矢理すぎないか?」
強引に話を続けようとした俺を夏律の操る人形が窘めてくる。
「良いのか、そんなこと言って」
「なに……?」
俺の物言いに夏律人形が片眉を器用に上げつつ怪訝な表情を浮かべた。
「あの頃の設定を微に入り細にわたり虚飾誇張を織り交ぜて暴露したなら、夏律も只では済まないだろう?」
「ば、馬鹿な……!僕と心中する気か!?」
夏律人形が慌てた様子で暴れ始めた。襟首を掴まれた状態でいくら暴れても意味はない。
「僕の月に二度の登校日を月に一度にする気かい!? この人でなし!」
「大して変わんねえよ! 出席率大丈夫か、お前?」
「中三だからね。世界各地の高校で一般入試を受けることにして公認欠席届を出しておいた」
「本当に知恵だけは回るのな……。」
「素晴らしい計画だろう?」
呆れた計画だが、夏律の事だから実行に移しているのは間違いない。
リビングに入った俺はテーブルの上に夏律人形を座らせ、自分はソファに腰掛けた。
「とりあえず話を戻すと、俺と夏律はいくつかの発明品を共同製作した。この人形はその一つで、建物の中を偵察するのに使えるし、遠方の仲間と連絡を取ることも出来る」
今となっては引きこもりの夏律に代わって俺を訪問したりする。ちょっとしたお使い程度なら十分にこなせるのでコンビニへ買い物に行かせたりもするそうだ。
深夜、客もまばらなコンビニの自動ドアが開く。「いらっしゃいませ」と店員が笑顔を向けた先には一体の人形が……。
コンビニ店員はさぞかし背筋が冷えたことだろう。
「僕の凄さが分かったかね?」
夏律人形はやおら立ち上がると腰に両手を当てて偉そうに胸を張った。
スペックはかなり高いのだが如何せん使用者の使い方がショボすぎる。
「それで、わざわざ人形を寄越してくるからにはメールで済ませられない用事なんだろ?」
俺が来訪理由を訊ねると夏律人形は「うむ」と大仰に頷いた。
テーブルの上に正座した夏律人形は体に比例して小さな手で自らの目を指差した。
「内蔵カメラが壊れてしまってね。修理を頼む」
「分かった。今日中に直して明日の午後にでも持っていこうか?」
「流石だね。でも今日中に持ってきてくれないか?」
「……分かった」
言い終わると、夏律人形は優雅な動作で手を振った。
やがて、瞼が下ろされて全体が弛緩する。遠隔操作でスイッチが切られたのだ。
佐也香が興味深そうに指先でつついても反応はない。
実際の所、カメラを直してしまえば夏律人形は自力で夏律の家まで帰れる。
それを届けさせるのだから、直接会って話したいことがあるのだろう。
おそらくアレ関係だろうが、何か情報でも掴んだか。
頼りになる悪友の小さな姿を頭に思い浮かべつつ、夏律人形を持ち上げる。
「そういう訳だから、夕飯に間に合わないようなら連絡する」
出来るだけ早く済ませるつもりだが、夏律の話の内容次第では夜になるだろう。
そう思って佐也香に留守番を頼もうとすると彼女は首を横に振った。
「私も行きます」
「疲れてないか?」
正直な所、着いて来て欲しくない。
しかし、佐也香の自信が回復し始めたこの大事な時期に、彼女の提案を無碍に扱うのは避けたい。
よって、彼女が提案を引っ込めるのを期待した。
「大丈夫です。問題ありません」
「……分かった。人形の修理が終わるまで休んでいろ」
自信をつけ過ぎるのは考え物かもしれない。
そう思いつつも断り切れなかった俺は人形を持って研究室に向かった。




