何故、娘が?
不定期掲載です。
何だこれは……?
俺は培養機の蓋を開けてそこにいた生き物に愕然とした。
天才であるが故に人に理解されず孤独に過ごしてきた人生、それに終止符を打つ最終兵器を生み出したはずだった。
だがしかし、何だこれは?
培養機の中には天才たる俺を理解できる唯一の存在、つまり俺自身のクローンが入っていなければならないのに……。
何だこれは!?
いや、混乱している場合ではない。俺は失敗したのだ。その現実を受け入れ原因を究明すべきだ。そう考えた俺は培養機の中に居るそいつを観察する。
若干のウェーブがかかった髪と俺を見上げる瞳は艶やかな黒、日に焼けたことのない肌はきめ細かい粉雪を思わせる。理知的なその顔を見間違えるはずはない。
どう見ても俺だ。それ故に納得がいかない。
「何だ、これは?」
俺のクローン、つまり男にはないはずの胸の膨らみに眉を顰める。身長に比して慎ましやかではあるが確かに膨らんでいる。
体格スキャンの過程で間違えたか。だがよく見れば顔立ちもどこか丸みがある。
「ホルモンバランスか!」
ホルモンバランス調整器はこいつの後ろにある。男性ホルモンを注入するチューブが詰まっているのかもしれない。
俺は裸のそいつを培養機から引きずり出して中を調べる。
ーーピンポーン
この忙しい時に玄関チャイムを鳴らす空気を読めない馬鹿は何処のどいつだ。無視だ無視!
俺が培養機の中に座り込んでチューブを点検していると後ろからそいつが声をかけてきた。
「らイ客ですガ?」
生まれたばかりで話すことに慣れていないせいか発音が怪しかった。
「今は手が放せない。代わりに出てくれ」
集中していた俺が振り返りもせず頼んだ事に怒りもせず、そいつは部屋を出ていった。
日常会話に困らない程度の言語力や社会常識をインプットしていたのが思わぬところで役に立った。
こういった抜かりの無さは流石に天才の俺である。等と自画自賛している場合ではない。チューブに異常が見当たらなかったのだ。
「原因は別にあるのか」
原因を考えるべく腕を組んでいると、階下から聞こえてくる声に聞き覚えがあるのに気が付いた。俺の記憶が正しければ段々と語調が荒くなっていくその声は幼なじみの佐奈だろう。
「あのーーたい!!」
何かを叫ぶ声に一瞬遅れて階段を駆け上がる音がした。
……やれやれ、またか。
俺が培養機から這って出るのと同時に扉が激しい音を立てて開かれた。
「おい、佐奈。精密機器があるから埃を立てるなと何時も言ってーー」
部屋に入ってきた幼なじみに向かっての台詞は最後まで紡げなかった。佐奈の拳が俺の腹に叩き込まれたのだ。反動で強制的に立たされるほど強烈な一撃。部屋に入るなり滑るように距離を詰めると共に腰を捻りながら上体をかがめ、螺旋を描いて俺の鳩尾を抉った右ストレート。完成されたそれは達人の域だった。
「ぐぅ、腕を上げたな、拳だけにーー」
「黙れ変態!」
俺に罵声を浴びせながら繰り出された佐奈の回し蹴りが俺の頭を激しく揺らした。繊細にして流麗な重心移動と最大の遠心力が織り成す体重が乗ったその一撃はもはや神業と呼ぶに相応しい上段回し蹴りだった。
「足を上げたな、上段だけに」
冗談言ってみました。上段きついぜ。
「この頭の回転、やはり俺は天さ……。」
俺の意識はそこで途切れた。