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「久しぶりに来たけど、やっぱり王都はにぎやかだな」


 クロードという通行手形により見事審査を通過し、キラたちは王都へと足を踏み入れた。

 やはりセージュ国一番の都市だけあって、店には多くの商品が並び、人通りも多く活気にあふれている。

 以前にも来たことはあったのだが、最近はずっと人のいない山の中で暮らしていたキラである。

 いろいろなものがまぶしくて仕方なかった。


「あまりはしゃぐな。みっともないぞ」


 そんなキラをたしなめるのはルゥである。

 今にも飛び出していきそうなキラの首根っこを押さえてやる。

 もっとも、そんなルゥも香辛料を売る店に目を止め


「ああ、王都には様々な調味料もそろっているんだろうな。あとで買いに行くか」


 などと言っていたのだから、案外浮かれていたのかもしれない。

 結局のところ、一番苦労したのはそんな二人を城へ連れて行くことになったクロードであっただろう。







 セージュ王と王妃は、クロードが連れ帰った医者を見た瞬間、明らかに落胆した様子を見せた。

 おそらくはいかにも隠者や賢者といった感じの、年かさの人物を想像していたのだろう。

 現れたのが小柄な少年では、少なくとも頼りがいがあるようには見えなかったであろうから。もはや一目で性別を勘違いされるのはデフォルトである。


「正式な許可もとらずに出奔しましたこと、いかようにも処罰はお受けします」


 そう言ったクロードに対して、王はちらりと視線を向けた。


「王子のためを思ってしてくれたことだとわかっている。しかし職務を放棄した罪は重い。しばらくは謹慎しておれ」


「は!」


 クロードは驚きに目を瞠り、そして慌ててはっきりとした返事を返した。

 本来なら職を解かれたとしてもおかしくなかった。

 それを謹慎ですませたのは、王にもクロードの気持ちがよくわかっていたからだ。

 苦しんでいるのは王の実の子なのである。なんとかして助けてやりたいと思うのは王とて同じだった。


 次いで王はキラとルゥを見て言った。


「そなたたちも長旅で疲れているだろうし、今日は王子の体調もあまりよくない。人と会わせるのは避けた方がいいだろうと王室付きの医師も申している。とりあえず今日はゆっくり休んでくれ」


 王はそう言って、王妃を連れて退出した。

 王は威風堂々たる体格の持主であったが、去っていくその背はどこか頼りなく、諦めさえ滲ませていたのだった。







 キラたちに用意された部屋は二人用で、これまた明らかにキラの性別を勘違いした配慮であった。

 もっともキラにしてみれば、ルゥと出会って以来離れていた時間のほうが短い。一緒でないほうがむしろ落ち着かないので、これはある意味ありがたかった。


 部屋に入った途端、キラはベッドに飛び込んだ。

 そんなキラを見かねてルゥが声をかける。


「キラ。せめて上着を脱げ。しわになるぞ」


 悪魔に似つかわしくない、非常に人間くさい心配である。

 対するキラはと言えば、まるで駄々をこねる子供のようにベッドに張り付いている。


「もうヤダ。一歩動くどころか寝返りさえもしたくない。面倒…」


「着いた時はあれだけはしゃいでいたくせに」


「あの時はあの時。ちょっとテンションがあがっておかしくなってただけ。大体何のためにキニスの転移魔法陣使ったと思ってるんだ?長旅なんか面倒だからにきまってるじゃないか。俺はごろごろするのが一番好き。必要なとき以外はごろごろして過ごす」


「まったく…」


 ため息をつきつつ、ルゥはキラの体を持ち上げると器用に上着を脱がせていく。

 キラは全身の力を抜いていたのでそこそこ面倒なはずだったが、そこはさすが悪魔…あるいは主夫と言うべきか、あっというまに済ませてしまう。

 脱がせた上着はとりあえず脇へ置いておき、半分抱き抱えた状態のキラの背中をぽんぽんと叩いてやる。まるで、もう大丈夫だと言わんばかりに。

 王たちとの対面でキラが必要以上に気を張っていたと、ルゥは知っていたからだ。

 キラはそれでようやく息をつけたようだった。そしてぽつりと言う。


「ルゥってさ、契約が完了してから妙に優しくなったよな…」


 一緒に旅をしていたときは、ルゥはどちらかといえばキラに対して厳しいことの方が多かった。

 それは無論むやみやたらに、というわけではなく、キラにとって必要だからそうしていたのであるが、キラからしてみればものすごい変わりようなのである。


「俺は、手に入れたものは大事にする主義なんだ」


「ふーん。そんなもんかな」


 納得したようなしていないような。微妙なキラに構うことなく、ルゥはキラをシーツの中へと押し込む。

 もう一度ごろりと横になると、キラの本格的な眠りのスイッチが入った。


「あ、駄目だ。もう即寝れる」


 キラが力なくそう言うと、彼女の前髪がかきあげられた。

 それから触れた温かい感触に、キラが締まりない顔でふにゃりと笑う。


 孤児だったキラは、親の愛情を知らない。

 人間のまっとうな愛情というのも、よくわかっていなかった。

 背中を優しく叩き安堵させてくれる手があることも、悪夢を遠ざける寝る前のおやすみのキスも、キラはすべてこの悪魔から教わったのだから。


 すぐに聞こえてきた安らかな寝息。

 本当に即寝入ったらしいキラの黒髪をいじりながら、ルゥは苦笑する。


「まったく…そろそろ保護者は卒業したいんだがな」


 そう言って、ルゥは再びキラの額に口づけた。

 その口付けに先ほどとは違う意味が含まれているなど、眠っているキラはもちろん気付かなかったのだが。






 翌日、ようやくと言うべきか、第2王子ユリウスとの面会が叶った。

 もう少し王子の体調が回復してから、と王室付きの医師たちは口をそろえて言った。が、生憎キラは王子を見舞いに来たわけではない。診察しに来たのだ。

 おそらく医師たちは自分たちの地位が脅かされるのを恐れているのだろうが、もし手遅れになったら責任がとれるのか?と軽く脅せばあっさり降参した。

 もっとも、これで王子の容体が急変すれば、責任はすべてキラに押し付けるつもりであろうことは想像に難くない。


 クロードがいれば話はもっと話は簡単だったかもしれないが、残念ながら彼はすでに謹慎処分を受けている。

 謹慎中のクロードのかわりに、彼の部下のバックスという大柄な男がやってきた。クロードからの謝罪を携えて。

 救いだったのは、バックスが見かけに反して穏やかな気性の持ち主だったことだろうか。

 だが残念ながらバックスにクロードほどの影響力はないらしく、彼はその大きな体を申し訳なさそうに縮めていたのだが。


 キラとルゥはそのバックスと一緒に、王子の部屋へとやってきた。

 入った瞬間感じたのは、少しつんと鼻にくる消毒液の匂いと、癖のある香り。確か鎮痛効果のある香だっただろうか、とキラは思い当たった。

 同時に苦痛を和らげる程度しか治療をおこなえていないことも想像がついた。

 天蓋付きのベッドには薄い生地のカーテンが張り巡らされている。


「あなたが新しく来た医師ですか?」


 それは細く、けれどどこかはっきりと伝わってくる声だった。

 カーテンの向こうに僅かに確認できる人影が、キラたちのほうを向いている。

 キラは跳ね上がる鼓動を抑えつけ、口を開いた。


「はい。キラ、と申します。カーテンを開けてもよろしいでしょうか」


「ええ、どうぞ」


「…失礼します」


 意を決してキラはカーテンを開けた。


 その瞬間、キラは息をのんだ。

 漂白されたかのような真っ白な髪。それと相反するような黒い瞳。顔は青白くとても健康的とは言えなかったが、目鼻立ちは整っており間違いなく見る者の目を引くことだろう。

 いや、驚いたのはその容姿云々のせいではない。

 直接会ったことはないはずなのに、何故か感じられた言いようのない懐かしさ。

 そして同時に、キラは己の中で癒えたはずの傷口がうずくのを感じたのだった。


 驚いたのはユリウスの方も同じであった。


「驚いたな。まだ若い…僕とそんなに変わらないくらいの人なんですね」


 クッションで体を支えながら上体を起こすユリウスに、キラに僅かに微笑んだ。


「若く見えるだけで、殿下よりは年上ですよ」


 そう言うと、キラはユリウスの手を握った。

 集中するために目を閉じ、ユリウスの内側へと意識を向ける。

 血液の流れにのせて、自らの気を送りこむ。弱ったユリウスの体の負担にならないよう、加減してまんべんなく気をいきわたらせていく。

 同時に、さらに奥へと意識を伸ばす。肉体ではなく、もっと奥にある魂へと。

 見えた輝きが二つ。一つはユリウス、もう一つは…


 そこでキラは目を開け、握った手を離した。

 ユリウスは先ほど以上に驚いた顔をしていた。


「今、何したんですか?急に体が楽になって…」


「応急処置のようなものです。とりあえず一通り診察していきますが、もし途中で気分が悪くなったらおっしゃってください」


 そうしてこの日はとりあえず、ユリウスの体の状態を確かめて終わったのだった。

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