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 翌朝、キラが王都へ行く意思を伝えると、クロードは涙を流して喜び、感謝の言葉を述べた。


「ありがとうございます。これで殿下は…」


 必ずしも治るとは限らないが、やっと希望がみえてきた。


「その前にあんたの傷を治さなけりゃ、話にならないぜ、クロードさん。あんたは道案内兼通行手形なんだから」


 生憎キラもルゥも正式な戸籍がない。これでは旅の時に関所で見せる通行手形が発行されない。戸籍がないのは意外に珍しいことでもないが、王都エクリプスに入るのだから、身元の証明は必須になるだろう。

 これは王の住まう場所の治安を維持するため、他の都市よりも審査が厳しく行われるためだ。


 通行手形の代わりに貴族階級の者が身元を保証してくれれば、関所も通過できる。

 今回の場合はクロードがこの保証人になる必要があるため、彼の同行なくしては王都へ旅立てない。


 よって、しばらくの間はクロードの傷を癒やすのに費やすことになった。



 幸いなことに、騎士団で鍛えられ体力があるクロードと、奇跡を起こせると巷で評判の(ということになっているらしい…)医者という取り合わせである。


 クロードの傷はみるみる良くなっていった。

 治療後すぐはふらついてまともに歩けなかったが、半月経った今では傷が多少痛むものの、鎮痛薬なしでも動きまわれるようになっていた。


 キラは自分の行った治療に対して満足していた。

 実は少々医療以外のことを施していたりもしたが、ばれると面倒なことになりそうなので黙っておく。


 そろそろ出発できそうだ。















 朝の空気はひどく澄んでいるように感じる。肌で感じる寒さは、冬の訪れが近いことを予感させた。


 キラはそんな山の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 まだ鳥の囀りも聞こえない。誰もいない空間は、何だか山を独り占めしたような気持ちになって気分がいい。


 まだ日が昇って間もない時間帯だというのに、キラが外にいるのには理由がある。朝早く目が覚めたので、クロードの様子を見に行ったのだが、肝心の患者のベッドが空だったのだ。


 よくよく耳を澄ませると、かすかに空気を切る音が聞こえる。


 家から少々離れた茂みの奥に人影がちらつく。

 クロードであった。


 茂みに囲まれた中にぽっかりとできた空間。

 ようやく顔を出した太陽の光が差し込む森の中、美形の騎士が素振りをしている。しかも上半身裸で。

 クロードの栗色の髪は光を受けてさらに淡く透け、藍色の瞳は鋭く前を見据えていた。滴り落ちる汗さえも輝いて見える。


 まるで劇場の一場面のような光景に目を奪われない女性はかなり少数であろう。


 が、残念なことにキラは過去の経験上いろいろと目が肥えている。

 クロードを見る目は医療者としてのものでしかなかった。

 あとは精々、元冒険者として、剣の技量がどの程度か気になるぐらいか。


「調子はいいようだな」


「―――っ!?」


 キラが声をかけると、クロードは驚いて振り返った。よほど集中していたようだ。


「驚かさないでください…」


「熱心なのはいいが、無理は禁物だぞ。今のその体じゃ、どうやってもまともに戦えやしない」


「わかってはいるのですが…。私には剣のない生活など考えられない。傷を癒すためとはいえ、日々体が鈍っていくのがわかるのですよ」


 そうしていてもたってもいられなり、剣をもちだして素振りをしていたというわけだ。

 見た目の穏やかさに反して、意外と内面は剣馬鹿だ。


「───ティアセド流か」


「!?…わかるのですか?」


「まあな。あんたの剣術、ぱっと見はコナト流だけど、基礎的な部分はやっぱりティアセドだな。幼いころの師匠がティアセド流の使い手だったんだろう」


 コナト流とはセージュの剣術として一般的な流派で、無駄のない動きの中にもどこか優雅さが垣間見える。一方でティアセド流は質実剛健を旨としており、相手を圧倒する力強さが印象的だ。


 セージュではティアセド流はほとんど見られない。

 クロードもティアセド流の師匠について習っていたのは本当に幼いころだけで、あとはコナトで通してきた。クロード自身、自分の動きは完全にコナト流であると思っていたし、騎士団で指摘されたこともなかったのだ。

 それをこの短時間でキラが見切ったことにひどく驚いた。同時にキラがただの医者なだけの人間ではないことに気付いた。

 その洞察に見合った技術と経験が存在しているはずなのだから。


「キラ殿も剣の嗜みが?」


 訝しげに尋ねるクロードにキラは苦笑した。

 医者になるのなら剣術など畑違いで習うはずもない。それでいて小柄で細身で、一合と持たずに吹き飛びそうな体躯では、とても剣を扱うようには見えなかったのだろう。

 実際のところ、キラの体つきは一般女性のそれと変わらなかったが、クロードはキラの性別を誤って認識している。そのことにキラも気づいていた。この状況なら真実を告げても大丈夫そうだが、おもしろそうなのでバレるまでは黙っておくことにしていた。


「嗜みって言うほどのもんじゃない。必要だったから覚えただけだ」


 生き残り、目的を達するためには剣が必要だった。

 ただそれだけを目指して剣をふるい、いつのまにかそんじょそこらの奴には負けなくなくなっていた。


 何といっても、キラの剣の師匠はルゥなのであるから。

 そのスパルタな日々を思い出すだけで震えが走るため、キラは記憶を強制的に遮断した。


「これでも元冒険者だからな。剣の心得も多少はあるさ」


 ややひきつる表情を隠しきれなかったが、クロードは気付かなかったようだ。


「では、完治したらぜひ一度お手合わせ願いたい」


「いいぜ。まあ、旅の間は戦闘面での心配は無用だってことは保証するぜ」


「…もしかして」


「ああ」


 明日王都に向けて出発する。

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